生物物理
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トピックス
光学的に非対称なヤヌスナノ粒子を用いた回転分子モーターの1分子観察とトルク計測
大友 章裕, 飯野 亮太
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2025 年 65 巻 6 号 p. 322-324

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Abstract

光学的非対称性を持つヤヌスナノ粒子を用いた回転分子モーターの1分子観察法を確立した.シリカビーズの半球面を金コートしたヤヌスナノ粒子の位相差顕微鏡観察でV-ATPaseの回転運動を直接可視化し,回転速度と発生トルクを測定することに成功した.本手法は様々な分子モーターの動態解析への応用が期待される.

1. はじめに:分子モーターの1分子研究

分子モーターは,様々な形態のエネルギーを機械的な一方向性運動に変換することで多彩な生理機能を発現する生体分子機械である.回転運動は分子モーターの重要な作動様式の一つであり,アデノシン三リン酸(ATP)の合成やイオンの能動輸送,細菌の遊泳運動など,生命活動の基盤となる多くの過程で利用されている1).興味深いことに,キネシンのような直進運動をする分子モーターでさえ,歩行時に回転を伴うことが報告されている2).このような分子モーターの作動原理や設計原理を解明するためには,光学顕微鏡を用いて個々の分子の回転運動を直接可視化する1分子観察が有効である.

回転分子モーターの1分子観察では,ガラス基板に固定した分子の回転軸にシリカ,ポリスチレン,金コロイドなどのナノ粒子をプローブとして結合させ,そのプローブの円軌道上の動き(並進運動)からモーターの回転運動を解析するのが一般的である3),4).しかし,この方法では,プローブがモーターの回転軸の真上に位置すると並進運動が検出できないため,回転の観察が困難になる.この課題に対応するため,2個の粒子が連結した非対称な形状を持つタンデムナノ粒子が用いられてきたが,その調製過程はランダムな凝集に依存するため均一なサイズや形状の粒子を得ることが容易でなく,1分子観察の効率を下げる要因となっていた.このような背景から,回転分子モーターの動きを直接可視化できる新たなイメージングプローブの開発が求められていた.

2. 非対称な光学特性を持つヤヌスナノ粒子

本トピックスでは,我々が最近取り組んだ光学的に非対称な特性を持つヤヌスナノ粒子を用いた回転分子モーターの1分子観察について紹介する5).ローマ神話の二面神「ヤヌス」に由来する名を持つこのナノ粒子は,2つの半球面が異なる特性を持ち,バイオマテリアルやアクティブマターの分野で近年注目されている6).非対称な光学特性を活かしたイメージングプローブとしての利用も報告されており,粒子が平面上を移動しながら同時に回転する様子が示されている7),8).

本研究では,直径500 nmのシリカナノ粒子をガラス基板上に単層配置し,片面の半球にクロム(5 nm)と金(25 nm)を順次熱蒸着することで,均一なサイズを持つシリカ/金のヤヌスナノ粒子を得た.この粒子をATP加水分解駆動の回転型ナトリウムイオン(Na+)ポンプである腸球菌Enterococcus hirae由来V-ATPase(EhVoV1)に結合させ,位相差顕微鏡下でその回転運動の1分子観察を行った(図1).

図1 ヤヌスナノ粒子を用いたEhVoV1の回転1分子イメージングの模式図.rとRはそれぞれ回転半径とヤヌスナノ粒子の半径を示す.実際の縮尺とは異なる.文献5,Figure 1より転載.

3. EhVoV1の1分子回転観察

まず,ガラス基板上のナノ粒子を位相差顕微鏡で観察したところ,シリカナノ粒子は暗いコントラストを示したのに対し,ヤヌスナノ粒子は暗い領域と明るい領域からなる半月状の像を示した(図2a).これにより,ヤヌスナノ粒子の暗い領域がシリカ半球に,明るい領域が金コート半球に対応することが確認できた.1分子回転観察では,回転子c-ringに導入したヒスチジンタグを介してNi2+-NTAで修飾したガラス基板上にEhVoV1を固定し,金コート半球側にチオール基を介して導入したビオチン-ストレプトアビジン結合により固定子A-subunitにヤヌスナノ粒子を標識した(図1).5 mMのATPおよび300 mMのNa+存在下でEhVoV1の回転運動を1000フレーム/秒(時間分解能1ミリ秒)で観察したところ,ヤヌスナノ粒子の明暗のコントラスト領域が反時計回りに連続的に回転する様子を捉えることに成功した(図2b).

図2 (a)シリカナノ粒子(上)とヤヌスナノ粒子(下)の位相差像.(b)5 mM ATPおよび300 mM NaClの存在下でのヤヌスナノ粒子を用いたEhVoV1の回転1分子観察の時系列像.1ミリ秒の時間分解能で計測した画像を20ミリ秒ごとに抽出して表示している.スケールバーは500 nm.文献5,Figure 2より転載.

明るいコントラストを示す金コート半球の重心位置を追跡することで,異なる9分子の回転軌跡を解析したところ,回転中心から重心位置までの距離(回転半径)が234 ± 18 nm,回転速度は5.0 ± 0.9回転/秒と算出された(図3).理論上,ヤヌスナノ粒子は金コート半球の様々な位置でEhVoV1と結合しうるが,解析した9分子の回転半径が比較的均一であったことは,半月状のコントラストを示す粒子は分子への結合位置が類似していることを示唆している(結合位置によっては,半月ではなく満月に近い像も得られる).観測された回転速度は,低負荷プローブである40 nmの金ナノ粒子を用いて測定された約40回転/秒よりもかなり小さい9).本研究,先行研究ともに基質結合が律速とならない高濃度のATP(5 mM)とNa+(300 mM)を用いているため,観察された速度の差はプローブの大きさの違いによる水の粘性抵抗の違いによるものと考えられた.

図3 ヤヌスナノ粒子を用いたEhVoV1の1分子回転解析.(a)ヤヌスナノ粒子金コート半球の重心のXYプロット.rは回転半径を示す.(b)回転半径のヒストグラム(N = 9).(c)異なる9分子のEhVoV1の回転軌跡.(d)回転速度のヒストグラム(N = 9).文献5,Figure 3より転載.

次に我々は,揺らぎの定理に基づく解析法を用いてEhVoV1のトルク計測を行った.揺らぎの定理は熱揺らぎの影響が無視できないミクロな系において成立する非平衡統計力学の関係式であり,林らによって回転分子モーターのトルク計測に初めて応用された10).この解析法の利点は,プローブの粘性係数を見積もる必要がなく回転運動の角度変位の確率分布から直接トルクを算出できる点にある.解析では,角度変位Δθ(=θ(t + Δt) – θ(t))の確率分布P(Δθ)と逆方向の角度変位の確率分布P(–Δθ)の比の自然対数をΔθ/kBTに対してプロットし,その傾きからトルクを求めた(図4).得られたトルクは22.2 ± 5.6 pN·nmであり,粒径287 nmのポリスチレンタンデムナノ粒子を用いた先行研究の結果(23 ± 10 pN·nm)4)とよく一致していた.これらの結果から,回転分子モーターの1分子観察プローブとしてのヤヌスナノ粒子の有用性と,揺らぎの定理に基づくトルク計測法の汎用性が実証された5).

図4 揺らぎの定理を用いたトルク計測.(a)回転の角度変位の確率分布.(b)Δθ/kBTに対するln[P(Δθ)/P(–Δθ)]のプロット.傾きよりトルクが得られる.文献5,Figure 4より転載.

4. おわりに

本研究で確立したヤヌスナノ粒子を用いた回転運動の1分子観察は,V-ATPase以外の様々な分子モーターにも適用可能である.また,ヤヌスナノ粒子の非対称な光学特性は三次元配向解析にも適用可能であり,生細胞内イメージングプローブとしての有効性も報告されている8).将来的には,生体内での分子モーターの三次元動態観察への展開も期待される.

謝辞

本研究はインディアナ大学のYan Yu教授からのサバティカル滞在の申し出から始まった国際共同研究の成果である.2か月という短期間の滞在であったが,Yan教授のヤヌスナノ粒子に関する専門知識と我々の分子モーター研究の融合により,新たな1分子イメージング技術を開発することができた.日本学術振興会の短期招へい事業の支援と共著者の皆様に心より感謝する.

文献
Biographies

大友章裕(おおとも あきひろ)

京都大学大学院理学研究科化学専攻助教

飯野亮太(いいの りょうた)

自然科学研究機構分子科学研究所教授

 
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