生物物理
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トピックス
アミロイドβ線維の成長メカニズムの解明とアルツハイマー病の進行を阻止する新たな手がかり
矢木 真穂
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2025 年 65 巻 6 号 p. 325-327

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Abstract

高速原子間力顕微鏡により,アルツハイマー病の原因とされるアミロイドβ線維が2本のプロトフィラメントを交互に伸ばしながら断続的に成長する様子を可視化した.さらに,モンテカルロシミュレーションでこの成長過程を再現するとともに,成長末端に選択的に結合し線維の伸長を阻害する抗体の作用機構も明らかにした.

1. はじめに

アルツハイマー病は,アミロイドβ(Aβ)線維が脳内に異常に蓄積し,神経細胞の機能を損なうことで記憶障害や認知機能の低下を引き起こす神経変性疾患である.Aβの線維形成は,モノマーAβが集合してオリゴマーやプロトフィブリルといった中間体を経ながら,段階的に進行すると考えられている.このような線維化プロセスの動態を分子レベルで明らかにすることは,疾患の発症機構を理解し,効果的な治療法を開発するために極めて重要である.これまでAβの線維形成は,蛍光プローブを用いた速度論的解析によって特徴づけられてきたが1),線維の成長速度や構造変化といった個々のAβ線維の形成動態の詳細は十分に解明されていなかった.

我々は,高速原子間力顕微鏡(high-speed atomic force microscopy: HS-AFM)を用いて,Aβ線維の成長を単一分子レベルでリアルタイム観察することに成功した2).本稿では,その観察結果に基づいて明らかとなった,Aβ線維の断続的な成長様式および,成長末端に選択的に作用する抗体4396Cの特異的な阻害機構について紹介する.

2. 伸長と停止を繰り返して成長するAβ線維

HS-AFMによる観察の結果,Aβ42線維の成長は単調に進行するのではなく,「伸長期(extension phase)」と「休止期(resting phase)」が交互に出現する断続的なパターンであることが明らかになった2),3)図1).さらに,HS-AFMの高い時間・空間分解能を活かして伸長期を詳細に解析したところ,この伸長期も連続的ではなく,「伸長ステップ(elongation step)」と「一時停止ステップ(pause step)」が繰り返されていることが判明した.

図1 Aβ線維の断続的な成長過程.HS-AFMによるAβ線維のタイムラプス画像(上)と対応するカイモグラフ(中).Aβ線維は,伸長期(桃色)と休止期(水色)を繰り返しながら成長した.伸長期を拡大すると,さらに伸長ステップ(桃色)と一時停止ステップ(青の網掛け)が交互に現れる精緻な成長パターンが観察された(下).文献2より引用・改変.

すなわち,線維は連続的に伸びているように見えて,実際には数ナノメートル単位で進んでは止まりを繰り返す,動的なプロセスであることがわかった.また,Aβ線維は2本の細い線維(プロトフィラメント)から構成されており,これらが交互に1ステップずつ伸長する様子も観察された(図2).片方のプロトフィラメントが先に伸びると,その後にもう片方が追いつくように伸び,両者の先端が揃うと成長が一時的に停止する,というパターンが繰り返されていた.

図2 Aβ線維末端における交互伸長と一時停止の特徴.HS-AFM画像(上)から,2本のプロトフィラメントが交互に伸長する様子が観察された.棒グラフ(左下)は伸長時の交互伸長の割合を示し,多くが「交互」に分類された.一方,一時停止時には両端の位置が揃っている(ギャップなし)割合が高く,両プロトフィラメントの先端位置が揃っていることが成長の停止に関与している可能性が示唆された.文献2より引用・改変.

3. 4396C抗体による成長末端に特異的な阻害機構

3種類の抗Aβ抗体(6E10, 4G8, 4396C)を比較した結果,4396C抗体は他の抗体とは異なり,線維の側面ではなく成長末端に特異的に結合することが確認された.さらに,4396C抗体は,「停止状態」にある線維末端に選択的に結合し,線維の成長を長時間停止させる現象が観察された(図3).

図3 HS-AFMスナップショット.4396C抗体がAβ線維の末端に数分間結合し続け,線維の伸長を阻害している様子を示す.白い矢印は抗体の位置を示す.文献2より引用・改変.

このことから,4396C抗体は停止状態にある線維末端の特異構造を認識し,固定することで,線維の伸長を効果的に阻害していると考えられる.

4. モンテカルロシミュレーションによるモデル構築

このようなAβ線維の成長様式を理論的に検証するため,モンテカルロシミュレーションを実施した(図4, 5).初期モデル(Model 1)では,モノマーがプロトフィラメント末端に結合した後,一定時間(τlag)をかけて構造転移する過程を組み込むことで,実験で観察された交互伸長のパターンを再現することができた.しかし,このモデルでは「休止状態」が十分に再現されなかった.そこで,線維先端が揃った際に,一時的に成長が停止する確率(Pstop)と停止する時間(τstop)を導入した改良モデル(Model 2)を構築した.その結果,HS-AFMで得られた実験結果とよく一致する,伸長と停止を繰り返す成長挙動が再現された.

図4 Aβ線維伸長を2つの異なるモデル(Model 1:左,Model 2:右)で再現したモンテカルロシミュレーション結果.上段は線維長の時間変化,下段は各ステップでの変化量を示す.Model 1では比較的一定の伸長が見られるのに対し,Model 2では休止期を挟んだ段階的な伸長が再現されている.下段は各モデルのAβ線維(赤)とモノマーAβ(白)の動態のスナップショットを示す.文献2より引用・改変.
図5 2本のプロトフィラメントが交互に伸長する機構.線維末端のプロトマーは互いに等価ではなく,先に組み込まれたプロトマーは次のモノマーを受け入れやすい構造状態に変化する傾向がある.プロトフィラメント末端の結合プロトマー(白)は,中間状態(桃色)を経て活性状態(赤い矢じり)へと構造転移し,次のプロトマー(白)を受け入れる.この構造変化は,単純なモノマー結合よりも遅いプロセスである(τlag).一方,先端が揃った場合では,2つのプロトマーが時間差で構造転移を起こすため,一時的に不整合(ピンクの六角形)が生じ(τstop, Pstop),これが伸長を停止させる要因となる.この「停止状態」は,4396C抗体が認識する特徴的なエピトープを呈していると考えられる.文献2より引用・改変.

5. 線維末端の構造変化による成長停止と抗体認識機構

Aβ線維の成長過程に見られた「交互伸長→先端が揃う→停止」という挙動は,プロトフィラメント末端でのコンホメーション変化が関与していると考えられる.すなわち,Aβモノマーが結合した直後はまだ構造柔軟性に富んでおり,完全にβシート構造に組み込まれるまでにわずかな「待ち時間」を要する.その構造変化に伴う遅延が「停止」状態として顕在化していると考えられる(図5).

統計解析の結果,線維成長過程の87%が休止または一時停止状態にあり,成長よりも停止が支配的であるという予想外の特徴も明らかとなった.この停止状態は,プロトフィラメントの成長末端の構造的柔軟性や不整合によって引き起こされ,成長の律速要因として機能していると考えられる.

興味深いことに,こうした構造的律速段階で形成される一過的な末端構造は,4396C抗体によって選択的に認識されることも明らかとなった.4396Cはもともと,ヒト脳皮質から単離されたGM1ガングリオシド結合型Aβに対する抗体として作製されており4),我々のNMR解析により,GM1膜上で形成されるAβ集合体は特異的な逆βシート構造を形成し,その疎水性領域の一部をエピトープとして認識していることが示されている5).したがって,Aβ線維が停止状態にある際の末端構造は,GM1結合型Aβが呈する逆βシート構造に類似しており,その特徴的な構造を介して4396Cが高い選択性で結合している可能性が高い.

6. おわりに

本研究は,Aβ線維成長の動態とその抑制機構を単一分子レベルで明らかにした点で,アルツハイマー病の分子病態理解と創薬に重要なインパクトを持つ.特に,アミロイド線維の成長末端における一過的な構造状態に着目し,それを特異的に認識して伸長を停止させる抗体の存在は,従来の抗Aβ抗体とは異なる新しい治療戦略を提示するものである.

今後は,初期核形成や二次核形成,膜脂質との相互作用,さらには液-液相分離などの環境要因を考慮した多階層的なアミロイド形成機構の理解が必要であり,HS-AFMをはじめとする単一分子観察技術はその中核を担うと期待される.

謝辞

本トピックスで紹介した研究成果は,金岡優依氏(名古屋大学),宮島将吾氏(名古屋大学),伊藤暁博士(ExCELLS),奥村久士博士(ExCELLS),柳澤勝彦博士(筑波大学),内橋貴之教授(ExCELLS/名古屋大学),および加藤晃一教授(ExCELLS/名古屋市立大学)と共同で行ったものである.この場を借りて感謝申し上げる.

文献
Biographies

矢木真穂(やぎ まほ)

名古屋市立大学大学院薬学研究科准教授

 
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