2025 年 65 巻 6 号 p. 344-345
私は2023年4月にドイツのゲッティンゲン大学にある分子生物科学センターのポスドクとして着任し,2024年4月から現在まで同大学の神経病理学研究所でポスドクを務めています.本稿がドイツでの研究に興味がある方や,博士課程修了直後に海外に研究留学したい方など,様々な方の参考になれば幸いです.
私は2023年3月の学位取得まで北海道大学の姚閔・尾瀬農之研究室でX線結晶構造解析を用いた構造生物学を学び,特に酸化に脆弱なtRNA成熟化酵素TtuAの反応機構を研究しました.私が大学院生だった頃,多くのX線結晶構造解析の専門家がクライオ電子顕微鏡(クライオ電顕)の単粒子解析にも取り組み始めるようになり,世界的にクライオ電顕を用いた構造解析が普及し始めました.そのため,私が将来も構造生物学を軸に酵素反応の研究を続けるためには,X線結晶構造解析とクライオ電顕を研究対象に応じて使い分けられるだけでなく,+αの技術を持つことが望ましいと感じていました.そこで2021年,博士2年生の夏から,これらの技術を習得できる研究室を探し始めました.
その結果,超高分解能X線結晶構造解析とクライオ電顕の単粒子解析,そして共同研究として量子化学計算を融合して酵素の反応機構を解析するKai Tittmann研究室を見つけました.Tittmann教授は2021年に蛋白質内のリジンとシステインの酸化還元スイッチ(NOS架橋)の発見でNature誌の表紙を飾っており1),ポスドクとして構造生物学の専門性を高めるのに最適な環境だと思い,全く面識のないTittmann教授にメールを送りました.しかし,当然ながら最初は返信が来ず,姚・尾瀬研究室のゼミで前述の論文を紹介した時の資料も添付して,研究の理解度と熱意をアピールすることで,ようやく面接のアポを取れました.英語でのZoom面接は自己採点で100点中30点で,フェローシップを取れたら来てもいいよと言われる始末でしたが,幸いにも上原記念生命科学財団のフェローシップ(2023年4月-2024年3月)に採択されたため,ドイツでの研究生活を始めることができました.
ゲッティンゲン大学はドイツ有数の大学都市ゲッティンゲンにあり,量子物理学・生化学を中心に45名のノーベル賞受賞者を輩出しています.また,数学者のガウスや文学者のグリム兄弟,北大生なら誰もが知るクラーク博士もゲッティンゲン大学と深い関係があります.ゲッティンゲン大学の学生が約2万2000人,教員が約4000人なので,ゲッティンゲン市民の20%以上が大学関係者です.そのため人口12万人の町の割には若者が多く,町に活気があって治安もよいです.
ただし自転車の盗難は多く,鍵をかけて停めていた私の自転車が,翌朝タイヤだけ残っていたことがありました.また,大学では英語が通じますが,小さな店や市役所の総合窓口では通じないなど,非英語圏ならではの不便もあります.ドイツに来た当初は言語と文化の違いで,住民登録や家探しで2ヶ月以上かかりましたが,研究室のドイツ人や大学の留学生センターに相談すると解決しました.海外生活の序盤は特に,周囲に迷惑をかけないように心がけていましたが,問題を抱えて本業に集中できない方が迷惑をかけるので,困ったら早く相談する方がよいと学びました.
Tittmann研究室には当時,教授・秘書・技術補佐員が1名ずつ,私を含めてポスドク3名,博士学生5人,その他ラボローテーションの学生が数名の合計12-15名のメンバーがいました(図1左).日本とは違い,修士・学部生は3つの研究室で数ヶ月ずつ研究し,その中から1つの研究テーマを選んで卒業論文を執筆するようです.幸いにも2ヶ月で研究が軌道に乗り,学部2年生の学生実験と学部4年生の卒論指導,ドイツの大型放射光施設DESYを使った深夜の遠隔測定も経験できました.その結果,1年間で脱炭酸酵素の反応中間体3個を含む12個の結晶構造と3個のクライオ電顕構造を決定することができ(論文執筆中),X線結晶構造解析とクライオ電顕の単粒子解析の専門性を高めるという当初の目標を達成することができました.

一方,フェローシップの有効期限のため,量子化学計算には取り組めませんでした.任期を更新するために,前回は補欠不採用だった海外学振に再挑戦しましたが,今回は不採用Bでした.また,フンボルトフェローシップは審査員の満場一致で不採択で,Tittmann教授が申請したドイツ版の科研費(DFG)も残念ながら不採択でした.順風満帆に見えた研究生活の終わりが決まった時は落ち込みましたが,州都ハノーファーの傷心旅行は,今となってはよい思い出です.その甲斐もあり,独立した研究者としてクライオ電顕を使えるようになるために,あと2年間はゲッティンゲンで専門性を高めたいと思うようになり,クライオ電顕を管理しているRubén Fernández-Busnadiego研究室の門を叩きました.質疑応答含めて1時間の研究発表とラボメンバーとの個別面接30分×9回を経て,2年間(2024年4月-2025年12月)雇ってもらうことができました.
Fernández-Busnadiego教授は,クライオ電顕のトモグラフィー解析を用いて,細胞内の蛋白質や細胞小器官を可視化するin situ cryo-ETの専門家で,特に神経変性疾患に関連する蛋白質凝集が細胞毒性を引き起こす機構に興味を持っています2).そのため私は,クライオ電顕の単粒子解析とトモグラフィー解析を学び,分子レベルの構造生物学を細胞生物学に展開したいと考えています.Fernández-Busnadiego研究室には2025年11月現在,教授1名,秘書1名,技術補佐員3名,クライオ電顕スタッフとデータサイエンティストが1名ずつ(どちらもPh.D.),私を含めてポスドク7名,博士学生7名とラボローテーション生が数名います.また,プロテアソームの構造生物学の研究をしている坂田絵理研究室と合同で毎週金曜日に進捗報告ゼミがあり,実験器具も共有しているため,実質的には合計25名以上のメンバーがいます(図1右).
Fernández-Busnadiego研究室では,前任者からの引き継ぎが上手くいかなかったため,最初の1年半の研究成果は芳しくありません.しかし,ヒトや酵母細胞での蛋白質発現や,クライオ電顕の単粒子解析の試料調製から基本的なデータ解析まで一通りできるようになったことは大きな収穫でした.また,いくつかの共同研究や学部・修士の学生指導にも携わることができ,充実した日々を過ごすことができました.そして最近,重要な生化学データを得ることができ,標的蛋白質のクライオ電顕解析が視野に入りました.
さらに,学部・修士・博士を同じ研究室で過ごしてきた私にとって,ドイツで2つの研究室を経験できたことは,私がPIとして研究室を運営できる日が来たら必ず役立つと感じました.特に,「休む時はしっかり休む.定時に帰る」というドイツ式の研究文化は勉強になりました.たとえば,平日は9時から17時まで働きますが,ラボメンバーで学食に行ったり,コーヒータイムで集まったりして,集中力が切れた状態での仕事を避けています.また,金曜日は少し早く帰宅する人が多く,休日は基本的に私以外は誰も研究室に来ません.日曜日と祝日は閉店法のため多くの店が休業しており,私がドイツに来た直後は日曜日と祝日に研究室に入れませんでした.さらに,年間30日ある有給休暇の消化率は100%で,教授が2週間の夏季休暇を取ることも普通です.このように働きやすい一方,担当者の休暇やストライキで,試薬の到着が遅れることもあります.私もドイツに来てからオン・オフ切り替えを強く意識するようになり,平日の仕事終わりにラボメンバーとボルダリングやボウリング,クイズバーなどに行きました.また,2つの研究室を経験したことで交流の輪が広がり,BBQや誕生日会,博士号取得の祝賀会などに参加したりしてドイツでの生活を満喫しています.
海外での研究に興味がある方は,やらぬ後悔よりやる後悔の精神で,ぜひ挑戦してみてください.新しい手法や研究対象を習得して,成果を論文発表するなどの目的を持てば,有意義な研究生活を送れるはずです.私自身,言語の壁で悩むこともありますが,ドイツに来てよかったと断言できます.幸いにも3度目の挑戦で海外学振に採択されたので,2027年12月末まではドイツで現在の研究を発展させ,皆様に研究成果やドイツでの研究経験を還元したいと考えています.
最後に,本稿執筆の機会をくださった日本生物物理学会と編集委員会の皆様,ドイツ渡航の機会をくださった上原記念生命科学財団,ドイツでの研究継続の機会をくださった日本学術振興会に感謝を申し上げます.