生物物理
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特集:生命システムを読み解くアクティブマター物理学~基礎解明から機能実装まで~(前編)
流体を介した相互作用が創発するスケール横断的な生物学的機能~細胞内から細胞単体,細胞集団まで~
市川 正敏木村 暁石川 拓司
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2026 年 66 巻 1 号 p. 35-40

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Abstract

生体分子モーター,繊毛,遊泳細胞.物体としての大きさや働く階層は全く異なる三者であるが,それぞれ自己駆動する自律運動素子である.各々が多数集まって協働することで,単体からでは予想できない生物学的機能を発揮する事例を紹介し,流体を介したアクティブマターの視点でそのエッセンスを議論する.

Translated Abstract

We discuss how fluid-mediated interaction of active matters emerges biological functions in living systems. Focusing on three scales defined by unit size and functional stage, we first introduce large-scale switching of cytoplasmic streaming inside a single cell driven by collective motion of molecular motors; second, behavioral strategy of a single-cell swimmer regulated by arrays of surface cilia; finally, curvature dependent transition between predatory and motile modes in clusters of multicellular swimmers. Through these studies, we show that fluid-mediated active matter elucidates mechanisms by which biological functions emerge across hierarchical scales of biomacromolecules, cell, and cellular collective.

1. はじめに

生物の多様で複雑なシステムを理解する切り口として,多数の素子の集団的な振る舞いを記述するアクティブマター,特に流体相互作用を陽に取り入れたシステムや,アクティブなマテリアルの流体力学的記述によるアプローチが注目されている1).流体相互作用に影響を受けるアクティブマターに限っても数多くの事例があり,網羅的に紹介すると紙面が不足する.そこで本稿では,現象一般の解説や理論面の詳細は省略し,生体システムにおける多様な機能創発の例を,筆者らの研究を中心にトピックを絞る形で紹介する.

アクティブな運動素子が流体の中で如何にして集団として振舞い,どのような機能が生み出されるのか.機能発現のスケールに基づき細胞内・細胞単体・細胞集団の三つの階層を設けた.第二節では,分子モーターの協働が引き起こす単一細胞内の細胞質流動の大規模スイッチングを解説する.つづく第三節では,細胞表面にある繊毛の運動の応答が制御する単細胞遊泳体の行動戦略を概説する.最後に第四節では,遊泳細胞集団が形成するクラスターの曲率によって制御される捕食・移動モード転移を紹介する.これら多階層の空間スケールと多様な集団性を俯瞰し,流体相互作用を通じてアクティブマターが機能を創発する多様なメカニズムを明らかにしていく.

2. 細胞内部で創発する生物学的機能

細胞内部の空間構築や物質輸送は,生体分子の集団的な運動によってダイナミックに制御されている.なかでも,微小管やアクチン線維といった細胞骨格は,モータータンパク質との協働的なアクティブな運動により,細胞スケールに及ぶ構造や流れ場を形成する.たとえば,微小管による星状体の自己組織化2)や,膜で仕切られない細胞様コンパートメント構築のプロセス3)は,その代表例である.これらは,素子単体の性質を単純に積み上げるだけでは説明が困難な,アクティブな力学的・流体的相互作用を通じて創発する機能である.

本節では,細胞骨格の集団的相互作用により生じる細胞質流動に焦点を当てる.細胞質流動とは,細胞質が細胞内を方向性をもって移動する現象であり,栄養分の均質化や細胞極性の形成といった生命機能に深く関与する.たとえば,細胞表層においてアクチン-ミオシン系の収縮応力に勾配が生じると,表層流が誘起され4),その流れが流体力学的に細胞内部へと伝播することが知られている5),6).また,異なる方向からの流れが衝突することで,細胞骨格が流れと垂直方向に整列し,これが分裂溝形成を導くリング状構造の出現に結びつくことも報告されている7)

では,こうした流動の方向はどのようにして決定されるのだろうか.極性のような既存の空間情報に依拠する場合もあれば,細胞内の自発的な相互作用によって秩序ある流れが生じることもある.たとえば植物細胞では,アクチン線維が流体力学的な相互作用を通じて配向し,それが細胞質流動を駆動するという理論が提唱されている8)

私たちは,線虫Caenorhabditis elegansの受精卵(長径約50 μm,短径約30 μmの楕円球型,図1a-c)をモデルとして,細胞質流動の方向が確率的に反転する現象に着目し,その創発的な仕組みを明らかにしてきた.この場合,流動の駆動力はアクチンではなく,微小管とキネシンによって担われている.私たちは,微小管の整列が小胞体(Endoplasmic Reticulum, ER)によって媒介されることを実験的に示した.キネシンによって輸送されるERが,隣接する微小管を力学的に再配向させることで,微小管の整列が自己強化的に進行し,同一方向に動くキネシンによって細胞全体に統一された流れが創出される(図1d9)

図1  線虫C. elegans胚の受精直後に見られる細胞質流動.(a-c)小胞体(ER)に局在するタンパク質を蛍光標識し,2秒間隔で撮影した画像を異なる色(左下に表示した赤から青の順番)で重ね合わせた図.スケールバーは5 μm.(a)通常細胞では同じ方向に流動が生じている.(b)動力源であるキネシンを阻害した細胞.流動は止まっている.(c)ERを断片化し,力学的相互作用を阻害した状態.やはり大域的な流動が生じておらず,相互作用の重要性が示される.(d)細胞質流動の自己組織化と反転の模式図.線虫受精卵において,微小管とキネシンモーターが原動力となって細胞質流動が生じる.キネシンにより微小管上を輸送されるERが,近傍の微小管の整列を媒介し,流動方向が確定する.微小管の不安定性とERの弾性により,流れの反転が確率的に起こる.(a)-(c)は文献9で発表している.(d)は文献10より改変の上転載CC BY 4.0.

しかし,このような正のフィードバック機構は,観察される流れの反転を説明することは難しいように思える.私たちは,数理モデルと実験観察を通じて,流れの反転が微小管の動的不安定性に起因することを明らかにした9).当初は,ERの効果を細胞質の粘性上昇に限定していたが,近年,ERの弾性を明示的に導入した三次元数値シミュレーションにより,細胞内で観察される流動とその反転が,この弾性的性質によって支えられていることを理論的に裏づけた10).この結果は,微小管の方向性が三次元的自由度をもつ場合には,実細胞で見られる粘性のみでは流れの反転は再現できず,ERが付与する弾性がその実現に不可欠であることを示唆している.

ERの流動への寄与は,植物細胞におけるアクチン線維の整列を通じた細胞質流動にも報告されており11),ERによる弾性が流動形成に寄与するというメカニズムは,細胞種や骨格種を越えて普遍的である可能性がある.弾性の導入は,これまで粘性中心に論じられてきた細胞質流動研究に対し,新たな次元を開く視点を提供するものである.

このようにして生じる細胞質流動は,単なる物質輸送を超えた機能も担っている.たとえば,微小管依存の流動によって,精子由来の極性決定因子(SPCC)が偶発的に細胞内を移動し,それにより対称性が破られ,最終的に細胞の前後軸が決定されることも私たちは明らかにしている12).このように,確率的な分子挙動が空間パターンを創出するという点においても,アクティブマターの創発性が明瞭に表れている.

以上のように,タンパク質というnmスケールの素子が相互作用を通じて,μmスケールの細胞内の秩序ある流れや機能を創出する現象は,アクティブマターの特徴を表している.それは,分子の個別的な性質だけでは導き出せない,集団的かつ非線形な創発機構の理解に直結し,今後の細胞機能制御や合成生物学への応用においても重要な知見を提供すると期待される.

3. 細胞表面の運動器官が創発する生物学的機能

水生微生物のTetrahymena pyriformis(テトラヒメナ)は細胞表面に無数の繊毛を抱えた単細胞生物である.繊毛は繊毛打と呼ばれるむち打ち運動を推進力にして細胞を遊泳させる.多数のテトラヒメナをシャーレの中で観察していると,水面と水底に多くの細胞が存在し,バルク中の個体はやや密度が低いことに気づく13).この状態は自然界での代表的な生息場所,水底の石や落葉などの表面,と定性的に一致している.しかし,テトラヒメナに対応する推力均一な遊泳体は,流体力学の理論によると壁面に対して反発的であり,飛行機が滑走路でタッチアンドゴーするような動きを示す14).この実験と理論の差異はどこから来るのかに興味をもち,顕微鏡観察実験と流体力学シミュレーションの両面から検討した.繊毛打を詳しく観察すると,壁に接触する程度に近接している箇所だけ繊毛打が制限されていた.壁面近くの一面のみ部分的に推力を失った非対称な推進力となっており(図2),これにより推力と壁との流体相互作用,そして壁との接触の反作用力の間のトルクバランスに安定点が発生し,結果として壁に接触したまま滑走することが明らかになった15).これはT. pyriformisが,繊毛のメカノセンシングと流体力学を利用し,細胞形状の調整によって壁面に滞在する性質を獲得していることを意味する16).自然界の壁面は有機物が多い場所であり,状況的には生存に有利である.これは,多数の繊毛というアクティブマターによる生態・機能の創発と言える.

図2  T. pyriformisの写真と模式図.細胞の辺縁部に見える棘状や毛状に見えるものが繊毛.繊毛打が後方への推力を発生させ,その反作用で細胞は前方に進む.テトラヒメナの形状は前後方向に延伸された回転楕円体形状で,進行方向前方の頭部がやや円錐的に細い.繊毛打の範囲に固体壁面が存在すると,繊毛打の自由度が減り,繊毛運動は停止するか極めて遅くなる15)

さらに,上記の壁に居つく性質は,水に流れがあった場合に,流れに逆らって泳ぐ走流性を導くことが明らかになった17).走流性は川や水路のような流れの中に住む魚類によく見られる習性である.近年,精子やバクテリアなど単細胞の遊泳体や這行運動体で流体力学的相互作用によって走流性が導かれる事例が報告されていたが18)T. pyriformisもまた流体と先の壁面上の滑走による流体相互作用によって流れに逆らう走流性を発揮していることがわかった.図3のように,壁の近くでは流速は均一ではなくせん断流になる.T. pyriformisは軸方向にやや長く,せん断流から姿勢に応じたトルクを受ける.壁を滑走するときのトルクバランスと細胞の姿勢にせん断流が合わさると,流れ上流に進行方向を向ける安定固定点が発生し,細胞の推力が勝る範囲のものは安定的に上流へと進んでいくことが実験と流体シミュレーションの両方から示された17).この実験はマイクロ流路を用いた数十秒・ミリメートル程度の限られた領域での実験ではある.しかし,数値的には,川のような強い流れであっても,水底では流れに抵抗したり,さらには逆らって上流に向かう能力が発揮されることを示す結果となった.

図3  実験の模式図と走流性を発揮するT. pyriformisの様子.せん断流は細胞を壁から引き剝がす向きのトルクを与えるが,繊毛運動の非対称はそれに打ち勝つトルクを与える.下は流体シミュレーションによって,実験が再現された様子.文献17より改変の上転載CC BY-NC.

水中の微生物の運動器官は,化学物質や光からの刺激を受けている例も知られている.それらと流体を介したアクティブマターがどのような協働現象を見せるのか,あるいはひそかに見せているのか,今後の研究によって,より俯瞰的な理解と解明が期待される.

4. 細胞集団が創発する生物学的機能

細胞は,集団となることでさまざまな機能を創発するが,それらを網羅的に解説することは紙面の都合上難しい.ここではその一例として,襟鞭毛虫の群体が創発する遊泳機能と摂食機能を解説する.襟鞭毛虫を例として選んだ理由は,さまざまな形の群体を形成するため構造と機能の関係性を議論しやすいことと,多細胞動物のモデル生物であるため生物学的にも重要だからである.

襟鞭毛虫は,図4a, bに示すように体長が5 μm程度の単細胞生物である19).1本の長い鞭毛をもち,その基部を襟と呼ばれる構造が環状に取り囲んでいる.鞭毛が波打つことで水流を誘起し,その流れで運ばれるバクテリアなどを襟で捕獲して摂食する.襟鞭毛虫のSalpingoeca rosettaは,球形の群体構造や鎖状の群体構造を形成する.こうした群体は培養液中を自由に泳ぎ,壁面には付着しない.群体構造が生み出す生物学的機能は,動物の多細胞化という進化過程における潜在的な競争優位性を議論するうえで重要である.

図4  襟鞭毛虫とその群体(a, b)バクテリアを摂食する(a)襟鞭毛虫の模式図と(b)S. rosetta文献19から転載CC BY 4.0)(c)S. rosettaモデルを用いた解析.細胞あたりの摂食流量に及ぼす群体形状の影響.挿入図:鎖状の群体周りの流れ場の解析例.文献20から転載CC BY 3.0.

Kirkegaard and Goldstein20)は,境界要素法を用いてS. rosettaの群体周りの流れを詳細に解析した(図4c挿入図).各細胞の鞭毛は襟を通過する摂食流れを作り出すが,その流量は群体を形成する他の細胞の鞭毛運動の影響を強く受ける.群体形状が細胞あたりの摂食流量に及ぼす影響を,図4cに示す.細胞あたりの摂食流量は遊泳単細胞が最大となり,群体中心から細胞中心を結ぶ方向に鞭毛が伸びた群体が最小となった.これらの結果は,流体を介した相互作用によって群体の摂食機能が大きな影響を受けることを示唆している.

Brunetら21)は,襟鞭毛虫Choanoeca flexaの半球膜形状の群体を報告している.S. rosettaと異なり,C. flexaの鞭毛は半球膜形状の群体の内側に向いている.興味深いのは,この膜状の群体は光強度の変化に迅速に反応し,膜の曲率を逆転させるのである.周囲環境が明るい状態から暗く変化すると,膜状の群体は裏返り始め,内向きの鞭毛が数秒で外向きに反転する.一方,周囲環境が暗闇から明るく変化すると,膜状の群体は再び裏返り,外向きの鞭毛が内向きに反転する.光刺激が群体に劇的な形態変化を引き起こす理由は,生物学的にも興味深い問いである.

Fungら22)はこの問いに答えるべく,流体力学的な解析を行った.C. flexaの個々の細胞を半径aの球で表し,それを図5に示すように球面上に配置することで,C. flexaの半球膜状の群体をモデル化した.各鞭毛が生み出す力は,曲面の法線方向に8a離れた位置に,法線方向に作用する力として表現した.ストークス流れの境界積分方程式と,群体の運動条件(合力と合トルクが0)を連立し,境界要素法で数値的に解くことで,自由遊泳する群体周りの流れ場を求めた.

図5  C. flexaの半球膜状の群体モデル.(a)外向き鞭毛の群体周りの流れ場(左:実験室座標系,右:群体中心からの相対座標系).(b)内向き鞭毛の群体周りの流れ場.(c)曲率を変化させた群体モデル.(d)遊泳速度と摂食流量に及ぼす群体膜の曲率の影響.Fは細胞の面積率を表し,外向き鞭毛では0.53,内向きでは0.31程度である.文献22から転載CC BY 4.0.

図5aに,実験室座標系と群体から見た相対座標系における,外向き鞭毛の群体周りの速度場を示す.一方,図5bは内向き鞭毛の群体周りの速度場を示す.実験室座標系の2種類の群体形状の速度場の比較から,外向き鞭毛ではコロニー周囲に大きな流れが生じ,内向き鞭毛では流れが群体内部に集中することがわかる.この違いにより,外向き鞭毛の群体は内向き鞭毛よりも速く泳ぐことができる.

相対座標系における速度場は,膜状の群体を通過する流体の流量を評価するのに有用である.この流量はC. flexaが襟でろ過するバクテリア量に直結するため,摂食流量と言い換えることができる.2つの群体形状を比較すると,内向き鞭毛の群体は外向き鞭毛に比べ大きな摂食流量を生み出すことがわかった.

群体形状の影響をさらに詳細に調査するため,Fungら22)は,外向鞭毛から内向鞭毛まで,図5cのように曲率を連続的に変化させた解析を行った.遊泳速度と摂食流量に及ぼす群体膜の曲率の影響を図5dに示す.外向き鞭毛の群体では,遊泳速度が最大値に達する一方,摂食流量は小さい.これに対し,内向き鞭毛の群体では,摂食流量が最大値に達する一方,遊泳速度は小さい.これら結果から,外向き鞭毛は遊泳に,内向き鞭毛は摂食に適していることが明らかになった.

解析で得られた結果は,暗い領域にいる外向き鞭毛の群体は速く泳ぎ,そこから早く離れることを示している.一方,明るい領域にいる内向き鞭毛の群体は,遊泳速度が遅いためそこに長く留まり,摂食量を増やすことを示している.C. flexaが生息する環境では,明るい領域は暗い領域に比べ栄養分が豊富である可能性がある.そのため,光刺激に応じて外向き鞭毛と内向き鞭毛を切り替え,遊泳機能と摂食機能を切り替えることは,生存に有利であろう.こうした流体力学的な利点が,多細胞動物への進化における選択要因であった可能性がある.

5. むすび

運動素子や機能発現のスケールが大きく異なる現象でありながら,流体を介したアクティブマターという切り口で,単体の運動からでは予想や説明が難しい生物学的機能が創発する例を紹介させていただいた.流体相互作用を伴うアクティブマターがさまざまな階層でマクロな機能を創発する,そのような視点が多様な生命システムの一片を理解するアプローチになり得ることを読者に共感してもらえたら望外の喜びである.

文献
Biographies

市川正敏(いちかわ まさとし)

広島大学統合生命科学研究科教授

木村 暁(きむら あかつき)

国立遺伝学研究所教授

石川拓司(いしかわ たくじ)

東北大学大学院医工学研究科教授

 
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