生物物理
Online ISSN : 1347-4219
Print ISSN : 0582-4052
ISSN-L : 0582-4052
特集:生命システムを読み解くアクティブマター物理学~基礎解明から機能実装まで~(前編)
バクテリアの走化性を再現する自己駆動粒子
末松 J.信彦
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2026 年 66 巻 1 号 p. 41-43

詳細
Abstract

環境の勾配に応答して適切な条件の領域に集まる機能は走性と呼ばれる.本稿では,質点と見なせるほど小さな大腸菌が実現する走化性の戦略を,水面滑走する自己駆動粒子で再現した実験,その仕組みを説明する簡単なランダムウォークモデルを用いた数値計算,そして実験結果と数値計算結果の整合性について紹介する.

1. バクテリアの走化性戦略

微生物は走化性や走光性,走地性など,さまざまな走性を示すことが知られている.これらの機能によって,空間非一様な環境下において,より生存に適した場所への移動を実現している.しかし,体長の小さい微生物は,周囲の環境差から適切な方向を見出すことは難しい.そのため,例えば直線運動(run)と方向転換(tumble)を繰り返しながら遊泳する大腸菌は,周囲の濃度差の代わりに,遊泳に伴う濃度の時間変化から濃度勾配を検出している1).この際,方向転換は等方的だが,濃度が高くなるほど方向転換が起こる頻度が低くなることで,誘因物質の濃度が高い領域に長く滞在することに成功している.

2. 自己駆動粒子の外部環境応答性

物理化学的な材料においても力学的な駆動力を生成して動き回る系が多数報告され,物理的・化学的に精力的に研究されている2).自己駆動粒子と呼ばれるこれらの系においても,さまざまな環境応答性が実現されている.例えば,濃度勾配に応じて運動方向を変えたり(走化性)3),光強度の勾配に応じて運動方向を変えたり(走光性)4)する走性や,粒子の大きさ5)や環境における化学濃度6)を変数とした運動モードの転移などが実現されている.

その一方で,大腸菌のように確率的に環境に応答する機能の実現は限られている.先述のように大腸菌は,遊泳に伴う周囲の誘因物質濃度の時間変化に応じて方向転換の頻度を調節することで走化性を実現している.この戦略は系が小さくても応答可能であるため,さまざまな系に応用できる可能性がある.本稿では,筆者らが物理化学系の自己駆動粒子で実現したrun-and-tumbleによる確率的な走化性について,実験結果と理論解析について紹介する7)

3. フェナントロリン粒子の確率的走化性

水面滑走する自己駆動粒子の一つにフェナントロリン粒がある.フェナントロリンは水に難溶な有機物で,水相表面に展開すると表面張力を下げる.そのため,水にフェナントロリン粒を浮かべると,粒の周囲に表面張力の勾配が形成され,自発的な運動が誘起される.ここで,金属イオンが水相中に存在すると,粒は停止と運動を周期的に繰り返す振動運動(または間欠運動)を示す6).これは,錯イオン形成反応(図1a)により駆動力を失い停止した状態と,反応による金属イオンの枯渇によりフェナントロリンが展開されて駆動力を得た状態(運動)が繰り返されることで実現される.

図1  フェナントロリン粒子(直径1 mm)が示す確率的走化性.(a)フェナントロリンの錯形成反応.(b)鉄イオン濃度勾配のある水相表面における運動の軌跡.(c)速さの時間変化.(d)粒子の存在確率分布.(e)ジャンプの方向の分布.文献7より転載.

筆者らは,この運動を大腸菌のrun-and-tumbleに見立てて確率的な走化性を実現した7).まず,水相の左端に硫酸鉄水溶液(50 mM)を染み込ませたガラスフィルターを置き,60分間静置することで鉄イオンの濃度勾配を用意した.そこにフェナントロリン粒を浮かべたところ,粒はごく短時間の直線運動(ジャンプ)と数秒の静止を繰り返した(図1b, c).

粒の運動を1分間観察する実験を8回繰り返し,粒が存在する確率の位置依存性を求めたところ,濃度の低い領域(水相の右側)に存在する確率が高いことが明らかになった(図1d,青色).なお,フェナントロリン粒の静止している時間は,鉄イオン濃度が高いほど長くなるため,空間不均一な存在確率の分布は静止時間が原因ではなく,粒が低濃度領域に行きやすいためであると考えられる.しかし,ジャンプする方向は濃度勾配に関係なくほぼ等方的であった(図1e).一方で,濃度勾配を作らずに,空間均一な硫酸鉄水溶液(1 mM)に粒を浮かべた結果,粒は領域全体にほぼ均一に存在することが示された(図1d,橙色).

4. 確率的走化性の単純なモデルとパラメータ

フェナントロリン粒の実験から,ジャンプの方向が等方的であるにも関わらず,環境の濃度勾配に応じて存在確率が非一様になることが示された.この仕組みを理解するために,筆者らはシンプルなランダムウォークモデルを提案した7).粒子は各ステップで運動方向(θ)をランダムに決め(tumble),距離lだけ移動する(run)ものとする.ただし,運動方向(θ)は一様乱数で決まるものとし,移動距離は始点のx座標に依存するものとする.さらに,濃度勾配を上る場合と下る場合とでジャンプ距離が変わることを反映するため,方向バイアスξ(θ)を移動距離にかける.以上をまとめると,粒子の位置の時間発展は次の式で書くことができる(図2a, b).

図2  (a)確率的な走化性を再現するランダムウォークモデルおよび(b)方向バイアスの模式図.(c)数値計算結果.文献7より転載.
  
{ r ( n + 1 ) = r ( n ) + l ( x ( n ) ) ξ ( θ ) e ( θ ) ξ ( θ ) = 1 + b cos θ (1)

ここで,最も簡単な勾配としてl(x)=l0+axという線形勾配を用いて,方向バイアスの強度(b)を正の値に限定して考える.これはすなわち,始点が右にあるほど,また,同じ始点でもジャンプの方向が右向きであるほどジャンプ距離が長くなることを意味する.この設定で,a=0.01に固定して,bの値を変えて数値計算を行うと,bが小さい時には左側(ジャンプ距離の短い側)に,逆にbの値が大きい時には右側に集まることが示された(図2c).なお,数理的な解析から,baが1より大きければジャンプ距離の長い側に集まることが示されている7).フェナントロリン粒の運動データの解析からa, bの値を見積もると,baが1より大きいことが確認されており,低濃度領域(ジャンプ距離の長い領域)に集まるというフェナントロリン粒の実験結果をよく説明している.

5. まとめ

バクテリアに見られる確率的な走化性戦略を物理化学的な自己駆動粒子で実現することができた.また,単純なランダムウォークモデルで観察結果を再現し,正・負の走化性を示す条件を明らかにした.アクティブマターの周囲の環境勾配に時間変化で応答する仕組みの実現は,微小な系にも適用可能な普遍的な仕組みであるだけでなく,より複雑な分布に対して局所的なスポットにフィックスされないなど,確率的な応答性の利点が生かされる有用な戦略であり,今後の発展,応用が期待される.

謝辞

本研究は池田幸太氏(明治大学)と小田切健太氏(専修大学)との共同研究の成果を元にしています.両氏の協力に感謝します.また,科研費基盤研究C(19K03676)の助成を受けて行われました.

文献
Biographies

末松 J. 信彦(すえまつ のぶひこ)

明治大学総合数理学部専任教授

 
© 2026 by THE BIOPHYSICAL SOCIETY OF JAPAN
feedback
Top