Abstract
微小管モーティリティアッセイ系に基質を通して外部から周期的な一軸伸縮を加えると,伸縮軸に対して特定の角度に沿った微小管高密度バンドパターンが現れる.この角度が現れる理由と,それをふまえた自走粒子系のモデリングによってこのパターン形成を説明する.自走粒子系ダイナミクスの新しい制御手法の可能性を探る.
1. はじめに
生体内環境では,心拍や呼吸のリズム,筋収縮などの影響により,細胞は常に時間的に変動する力学的刺激を受ける.これらの刺激に対する細胞の応答を理解するため,基質を通して細胞に一軸方向の周期的伸縮(uniaxial cyclic stretching)を与える培養実験が広く行われてきた.内皮細胞,平滑筋細胞,線維芽細胞などの研究で,細胞形状の長軸方向や,細胞内部のアクチンストレスファイバーが伸縮軸に対して一定の角度で整列することが報告されている1)-4).この角度は,伸縮軸に対して60度に近いが,数度ずれている.
興味深いことに,類似の角度は微小管(microtubule, MT)モーティリティアッセイ系でも観察される.MTモーティリティアッセイ系では,基板上のモータータンパク質により駆動されるMTフィラメントが衝突や相互作用を繰り返し,マクロな渦構造などの様々な振る舞いが現れる5).Inoueらは,MTモーティリティアッセイの基質に周期的な一軸伸縮を加えたとき,細胞実験と同様の角度にMTが整列することを報告した6)(図1a).この結果は細胞内アクチン構造とMT集団が示す力学的応答に共通する物理的原理の存在を示唆する.さらに,MT系では高密度のバンド構造という特徴的なパターンが観察されるが(図1a),その配向角やパターン形成のメカニズムは明らかでない.MTモーティリティアッセイ系はアクティブマターの代表的実験系でもあり,その理解は自走粒子群の力学的刺激に対する集団応答やダイナミクスの制御の一般原理の解明にもつながる.本稿では,著者達が報告した,このMT系の実験結果を再現する数理モデルを紹介する7).
2. 魔法角(Magic Angle)
まず,周期的一軸伸縮下で特定の角度が現れる理由を考えよう.フィラメントが表面に接着している基質をx軸方向に引っ張ると,y軸方向には収縮する(図1b).したがって,フィラメントが引っ張り軸と平行ならばフィラメント自身も引っ張りを受け,垂直ならば圧縮を受ける.このことは,基質の変形に対して引っ張りも圧縮も受けない角度が存在することを意味する.細胞にしろMTフィラメントにしろ,引っ張りや圧縮を受けるのを嫌うとすれば,この角度方向に揃おうとする傾向を示すだろう.
この角度を求めよう.フィラメントの方向と長さを表すベクトルをpとする.基質の変形が,点X0が点X = X0 + uへと移るものであれば,これに伴うフィラメントの変形は,変形勾配テンソル𝔽=∂X/∂X0を用いて𝔽pとなる(図1b).フィラメントの長さ変化に対する以下のポテンシャルエネルギーを導入する.
|
U
S
=
K
2
(
|
𝔽
p
|
2
−
|
p
|
2
)
2
≈
K
2
(
p
T
(
𝔼
T
+
𝔼
)
p
)
2
|
変形して長さが変わらないとき(|p|=|𝔽p|)にエネルギーは最低値0をとる.ここで𝔼=∂u/∂X0は歪テンソル,Tは転置を表す.x軸方向の周期的一軸伸縮は
|
𝔼
=
ε
sin
(
ω
t
)
(
1
0
0
−
ν
)
| (1) |
で与えられる.νはポアソン比で,基質のx軸方向の伸長に対するy軸方向の収縮の比率である.𝔼をUSの表式に代入する.ただし,数時間かけて起こるMTのパターン変化に対して伸縮周期は十分に短いので(0.1~1Hz),時間平均をとり,また,フィラメントの長さがほとんど変わらないとすれば,方向θがエネルギーを実質的に決める.最終的に実効的なUSは
|
U
S
(
θ
)
≈
ε
2
p
2
K
(
cos
2
θ
−
ν
sin
2
θ
)
| (2) |
となる(図1c).θm=tan−1(1/ν)として,US(θ)は±θmおよびπ±θmの4つの角度で最低値0をとる.つまり,フィラメントがこれらの角度のいずれかを向いていれば,引っ張りも圧縮も受けない.細胞系,MTモーティリティアッセイ系で現れる角度はこの値に近い(細胞系について上の議論を楕円などに拡張した詳細な議論はGiversoら4)を参照).特に基質が非圧縮(ν=0.5)の場合,θm=54.74∘となるが,この角度は“Magic Angle”として知られる.フィラメント構造を含む物体では,この角度で力学的強度が最適化されるなど(例として,水撒きホースに巻かれたワイヤーの角度),興味深い性質が知られている8),9).
3. 自走粒子モデル
MTモーティリティアッセイ系で観測される多様なダイナミクスは,これまで自走粒子モデルによってよく再現されてきた5).本研究では,標準的な自走粒子モデルに,式(2)のエネルギー項を導入して周期的一軸伸縮の効果を取り入れた.
|
d
r
i
d
t
=
v
0
e
[
θ
i
]
−
1
γ
∑
j
≠
i
∂
U
WCA
(
|
r
i
j
|
)
∂
r
i
|
|
d
θ
i
d
t
=
α
N
i
∑
|
r
j
−
r
i
|
<
R
sin
[
m
(
θ
j
−
θ
i
)
]
−
1
η
∂
U
s
(
θ
i
)
∂
θ
i
+
ξ
i
(
t
)
|
ri(t)とθi(t)は,それぞれ時刻tでのi番目の自走粒子の位置と自己推進方向である.v0は自走粒子の自己推進速度,e[θi]=(cosθi,sinθi)は自走方向の単位ベクトル,Weeks-Chandler-AndersenポテンシャルUWCA(|rij|)は粒子間の排除体積効果を表す.αを含む項は距離R内にいる他の粒子との相互作用による推進方向の変化で(Niは相互作用粒子数),微小管の場合は衝突による方向変化を表すので,互いに平行もしくは反平行に整列するネマチック相互作用(m=2)を仮定する.ξi(t)は白色ガウシアンのノイズ項である.Us(θi)を含む項が周期的な一軸伸縮の効果を表す項となる.
粒子数をN=10,000として,この方程式を粒子位置も自己推進方向もランダムな初期条件から,周期境界を持つ2次元正方ドメインの上で数値的に解いた.数値計算結果の例を図2a,bに示す7).外力がないとき,すなわちでUS(θ)に含まれるパラメータK がゼロのとき,粒子の分布は一様でランダムのままだが,K = 1.7として周期的一軸伸縮の効果を取り入れたところ,粒子は衝突を繰り返し,徐々に実験で見られるような高密度バンドパターンを形成した.粒子は±θmおよびπ±θmのいずれかの方向を向き,一つのバンドには反対向きに運動する粒子群が混在した.この結果は実験とも整合的である.シミュレーションでは,交差するバンドは競合し,最終的には単一軸方向のバンドが残った.
パラメータをいろいろ変えてバンドパターンが現れる条件を調べたところ,自己推進速度v0が0の場合には粒子密度は一様なままで,高密度バンドは形成されなかった.また,ポーラーな相互作用(m=1)の場合にもバンド構造は形成しない.ポーラー相互作用では,粒子の進行方向に対して粒子分布が横に広がるVicsek waveが支配的となり,実験で見られるような粒子移動方向とバンドの軸方向が一致した構造を形成しにくいと考えられる.これらの数値計算結果は,MTモーティリティアッセイ系実験に見られる高密度バンドの形成には,周期的一軸伸縮とともに,自走性とネマチック相互作用が不可欠であることを示唆する.
4. 基質変形によるパターンの制御
ここまで力学的刺激として式(1)で与えられる一軸伸縮のみを扱ってきた.実際,実験でも主に一軸伸縮が調べられてきた.しかしながら,我々の定式化は一軸伸縮に限らない,様々な基質の変形に対する自走粒子系の集団的応答を調べることを可能とする.例えば,y軸方向に波打つような基質変形
|
𝔼
=
ε
sin
(
ω
t
)
(
1
0
0
sin
(
6
π
y
/
L
)
)
| (3) |
を加える場合を考えてみよう(図2c).ここでLはシステムの一辺の長さである.この基質変形に対応するポテンシャルエネルギーUS(θ)を導出し,数値計算を行うと,歪んだ六角形状のホールが周期的に並ぶ非自明なパターンが出現する(図2d).異なる基質変形に対しては,また異なるパターンが現れるが,どのような結果になるのかを直感的に理解・予想するのはなかなか難しい7).これらの数値計算の結果は,今後の実験によるモデル検証になる.さらに,基質変形を変えることによる微小管(より一般にアクティブマター)のパターンダイナミクスの操作手法へ発展する可能性を提示している.
5. まとめ
本研究では,基質変形を通して周期的な伸縮を受ける自己駆動粒子系の振る舞いを,フィラメントの伸縮に抗する弾性エネルギーを導入した数理モデルを構築して説明した.一軸方向の周期的伸縮に対して導かれたエネルギーが特定の4方向にエネルギー極小値を持つことからわかるように,伸縮は粒子の推進方向を制約する.この結果,粒子密度の一様状態が不安定化して,実験観察と整合的な高密度バンドパターンが生じる.シミュレーションの結果から,バンド形成には適度な自己駆動速度(v0>0),十分な変形強度(K>0),およびネマチック相互作用(m=2)が重要であることが明らかになった.
本モデルで用いた弾性エネルギーの定式化は,より複雑な基質変形にも適用可能である.設計された基質変形によって,パターンを制御できる可能性を示した.また,MTモーティリティアッセイ系に限らず,様々なアクティブマター系に拡張できる.今後,連続体モデルを用いた解析的手法の導入などによる異なる動的相の境界条件の理論的決定や,アクティブマターのパターン制御手法の発展が期待される.
文献
- 1) Takemasa, T. et al. (1998) Eur. J. Cell Biol. 77, 91-99. DOI: 10.1016/S0171-9335(98)80076-9.
- 2) Livne, A. et al. (2014) Nat. Commun. 5, 3938. DOI: 10.1038/ncomms4938.
- 3) Lucci, G. et al. (2021) Math. Biosci. 337, 108630. DOI: 10.1016/j.mbs.2021.108630.
- 4) Giverso, G. et al. (2023) J. Theor. Biol. 572, 111564. DOI: 10.1016/j.jtbi.2023.111564.
- 5) Sumino, Y. et al. (2012) Nature 483, 448-452. DOI: 10.1038/nature10874.
- 6) Inoue, D. et al. (2019) ACS Nano 13, 12452-12460. DOI: 10.1021/acsnano.9b01450.
- 7) Tagaki, T. et al. (2025) Phys. Rev. E 112, 034405. DOI: 10.1103/qysz-9fk3.
- 8) Goriely, A. (2017) The Mathematics and Mechanics of Biological Growth, Springer, New York, NY. DOI: 10.1007/978-0-387-87710-5.
- 9) Horgan, O., Murphy, R. D. (2022) Not. Am. Math. Soc. 69, 22-25. DOI: 10.1090/noti2398.
Biographies
石原秀至(いしはら しゅうじ)
東京大学大学院総合文化研究科准教授

田垣匠海(たがき たくみ)
東京大学大学院総合文化研究科
