生物物理
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解説
David Baker博士のノーベル化学賞
巽 理恵古賀 信康
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2026 年 66 巻 2 号 p. 77-83

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Abstract

2024年のノーベル化学賞は「計算によるタンパク質の設計」でデイビッド・ベイカー博士に授与された.ベイカー博士は,タンパク質の折り畳みや構造予測などの研究を通してタンパク質を理解し,ゼロから計算機で新しいタンパク質をデザインすることを目指してこられた.本稿では博士のこれまでの研究の軌跡を辿る.

Translated Abstract

The 2024 Nobel Prize in Chemistry was awarded to David Baker “for computational protein design”. Protein design is equivalent to solving the inverse protein folding problem: Given a specific three-dimensional structure, what amino acid sequence folds into that structure? Dr. Baker has aimed to design new proteins computationally from scratch through understanding proteins from a variety of studies, including protein folding and structure prediction. Here we trace the path of Dr. Baker’s research career to date.

1. はじめに

2024年のノーベル化学賞は,「計算によるタンパク質の設計」においてワシントン大学のDavid Baker博士に,「タンパク質の構造予測」においてGoogle DeepMind社のDemis Hassabis博士とJohn Jumper博士に授与された.

「計算によるタンパク質の設計」では,自然界に存在しない全く新しいタンパク質を計算機を用いてゼロから設計し創り出した功績が評価された.また,「タンパク質の構造予測」では,近年発展がめざましい人工知能分野における深層学習技術をタンパク質の構造予測に用いることで,その予測精度を飛躍的に向上させた功績が受賞につながった.タンパク質の「折り畳み問題と逆折り畳み問題」についての研究が評価されたと言ってよい.

タンパク質は20種類のアミノ酸がペプチド結合で鎖状につながった分子であり,アミノ酸の並び(配列)に応じて特有の立体構造に折り畳み,その構造に応じて機能を発現する.しかし,ある特定のアミノ酸配列が与えられた時に,どのような構造に折り畳むのかという問いは,半世紀以上にわたって「折り畳み問題」として研究者を悩ませてきた.この問題に対して,ニューラルネットワークモデルを基盤とした深層学習を用いて,タンパク質の立体構造予測を行うソフトウェア「AlphaFold」を開発し,大きく進展させたのがHassabis博士とJumper博士である.

一方で,ある立体構造を考えた時に,その立体構造に折り畳むようなアミノ酸配列は何かという問いは「逆折り畳み問題」と呼ばれる.例えば,100残基からなるタンパク質を考えた時に,アミノ酸配列の組み合わせは20の100乗(約10の130乗)通りも存在する.「逆折り畳み問題」とは,この広大なアミノ酸配列空間の中から,ある特定の立体構造に折り畳むアミノ酸配列を探し出すという問題であり,これがタンパク質の人工設計に相当する.この問いに対して,物理化学に基づくタンパク質構造予測・設計ソフトウェアであるRosetta1)を開発し,解決の道を切り開いたのがBaker博士である.

本解説では,Baker博士の研究を中心に据え,1990年代後半に始めたタンパク質の折り畳み研究と,物理化学に基づくタンパク質構造予測ソフトウェアRosettaの開発,さらにそのRosettaを人工設計に応用することで2000年代に始めたゼロからのタンパク質設計研究,そして近年,これら研究を飛躍的に加速させている深層学習を用いた研究に至るまで,これまでのBaker博士の研究人生を筆者らの視点から振り返る.

2. タンパク質の折り畳み研究

筆者らが大学院生の頃(2000年前後)に初めてBaker博士を知ったのは,タンパク質の折り畳み研究においてだった.なかでもコンタクトオーダーと折り畳み速度との相関を示した研究2)図1)には強いインパクトを受けた.コンタクトオーダーとは,あるタンパク質が折り畳んだ構造(天然構造)において,主に近くにある残基同士がコンタクト(相互作用)しているのか,それとも遠くにある残基同士がコンタクトしているのかを表す指標であり,おおよその天然構造の形状を反映した値である.具体的には,コンタクトしている残基間のアミノ酸配列上の距離の平均をそのタンパク質の鎖長で割ったもので定義される.この研究は,天然構造において主に近くの残基がコンタクトをしているタンパク質は速く折り畳み,逆に遠くの残基がコンタクトをしているタンパク質は遅く折り畳む傾向があることを示すものである.つまり,アミノ酸配列の詳細というよりも天然構造の形状というシンプルな1つの要素が折り畳み速度を主に決めていることを示している.また,Baker博士らを含む3つの研究グループは,天然構造における相互作用のみを考慮したシンプルなモデル3)が,実験による折り畳み速度や経路をおおよそ説明することを示した.このことは,天然構造の形状は,タンパク質の折り畳み速度だけでなく折り畳みの経路も主として決めていることを示している.当時,筆者らも天然構造における相互作用のみを考慮したモデルを用いた折り畳みシミュレーションで,タンパク質の折り畳み経路や速度について研究していたが4),タンパク質は,構成するアミノ酸残基が種々の物理化学に基づいて相互作用した結果,特定の立体構造に折り畳んでいることを考えると,その折り畳みの速度と経路が,アミノ酸配列の詳細というよりも,シンプルに天然構造の形状によって決められていることは驚きであった.

図1  天然構造のトポロジーと折り畳み速度の関係.文献2をもとに作成.

3. 物理化学に基づくタンパク質構造予測Rosetta

Baker博士のグループは,前述の折り畳み研究と時を同じくして,折り畳み後の構造をアミノ酸配列から予測する「構造予測」にも精力的に取り組んだ.1994年に始まったタンパク質構造予測コンテスト「CASP(Critical Assessment of techniques for protein Structure Prediction)」は2年に一度のペースで開催されており,Baker博士のグループは1998年の第3回から現在に至るまで参加している.彼らのグループが開発したタンパク質構造予測ソフトウェア「Rosetta1)」は,長い間,この構造予測の分野を牽引してきたと言えるだろう.CASP当初における構造予測手法は,タンパク質構造データバンク(PDB)に登録された自然界のタンパク質構造の中から,予測したいアミノ酸配列に似たアミノ酸配列を持つタンパク質構造を見つけ出す,というものだった.あるアミノ酸配列からタンパク質構造をゼロから組み立てる有効な術がなかったからである.ここでBaker博士らは,この問題に対してフラグメントアセンブリ法と呼ばれる手法を開発した5).フラグメントアセンブリ法は,PDBに登録された自然界のタンパク質構造の中から,配列の似た構造断片(フラグメント)を取ってきて,物理化学に基づくエネルギー関数で安定性を評価しながら,断片を組み合せることで,タンパク質立体構造を構築する(図2b).この構造予測の問題を解くために開発したフラグメントアセンブリ法が,Baker博士の構造予測はもちろんのこと,ゼロからのタンパク質設計の礎となった.

図2  球状タンパク質構造「Top7」の新規設計7).(a)設計図(文献7をもとに作成).(b)設計フロー.

4. Rosettaを用いた主鎖からのタンパク質構造設計

タンパク質の人工設計は1990年頃に始まる.当時はタンパク質分子構造を計算機であらわに扱う技術がまだ発展していなかったため,タンパク質の設計は,紙や分子模型を使いながら,タンパク質の構造特徴(例えば,疎水性アミノ酸は構造内部に,親水性アミノ酸は表面になど)を反映するように行われていた.この頃に設計されたタンパク質は,二次構造は形成しているものの,疎水性アミノ酸による構造内部のパッキングが失われ,“かっちりとした”三次構造を形成しないモルテングロビュール状態であったと言われている.計算機を用いた設計技術の開発は1990年代後半ごろから,Mayo博士らなどにより,自然界のタンパク質の主鎖構造をそのままに,側鎖構造(アミノ酸配列)を再設計することを狙いとして始まった.特にMayo博士らは,ロタマー(回転異性体)ライブラリーと呼ばれる,アミノ酸の側鎖構造を自然界で典型的に見られる側鎖構造で離散的に表現したものを考え,エネルギーが最小になるロタマーの組み合わせを探索する手法を開発し(図2b),これを用いてZinc finger motifの側鎖構造を再設計することに成功した6).これにより,疎水性アミノ酸によるタンパク質構造内部パッキングを含め,与えられた主鎖構造を安定にするような側鎖構造を設計できるようになった.この側鎖構造の設計手法と,前述のフラグメントアセンブリ法,これら2つの手法が揃ったことで,主鎖構造を含めたゼロからのタンパク質構造設計への下地が整った.そして2003年,Baker博士らによって,タンパク質構造予測・設計ソフトウェアRosettaを用いて,αヘリックスとβストランド両方からなるタンパク質「Top7」が,世界で初めてゼロから生み出されたのである7)図2b).

Baker博士とKuhlman博士らは,Top7を設計する際に,まずそのトポロジー,つまり,αヘリックスとβストランドの空間配置と,それらがループでどのように連結されているかを考え,さらにこれら各パーツの長さを決めることにより,Top7の主鎖構造設計図を描いた(図2a).次に,この主鎖構造設計図に基づいて,Rosettaの二次構造に基づくフラグメントアセンブリ法を行うことにより,タンパク質の主鎖構造を構築した.さらに,ロタマーライブラリーを用いて,その主鎖構造を安定にするロタマーの組み合わせを探索することにより,最終的にTop7のアミノ酸設計配列を得た(図2b).そして,この設計したアミノ酸配列を持つタンパク質を実験的に検証したところ,計算機で設計した構造と原子レベルの精度で同じ構造を形成することが示され,世界で初めて,計算機を用いて自然界に存在しないタンパク質をゼロから設計することに成功したのである.

このようにしてTop7が誕生したのだが,実はその配列が狙った通りの構造に折り畳んだのには,彼らが描いた主鎖構造設計図に秘密があった.筆者らは,その後のBaker研究室での研究において,望みのトポロジーを形成しやすい主鎖構造設計図とそうでない設計図があることに気づいた.折り畳みシミュレーションを繰り返し,自然界のタンパク質構造を解析する中で,設計図を描く際に決める二次構造やループの長さとそれらが形成しやすい三次構造モチーフとの間に関係性があることを発見し,これらをルールとして体系化した8),9).その後,この主鎖構造ルールを用いて,折り畳み後の構造を形成しやすいように主鎖構造設計図を描くことにより,様々なαβ型トポロジーのタンパク質がゼロから設計された8)-11).また,二次構造と三次構造モチーフとの関係性を応用して,αヘリックスからなるα-toroid構造10)やβストランドのみからなるJelly roll構造10)を持つタンパク質もゼロから設計された.これらの主鎖構造ルールを用いたゼロからのタンパク質設計の成功は,望みの構造へと折り畳むタンパク質の設計において,最終的にはアミノ酸配列を設計するにも関わらず,最も重要なのは「望みの構造へと折り畳みやすいような主鎖構造を作ること」であるということを示している.このことは,2節で述べた,タンパク質はアミノ酸配列が与えられると相互作用して天然構造へと折り畳むにも関わらず,「その折り畳み速度や経路は,アミノ酸配列の詳細というより天然構造の主鎖の形によって決まる」という知見と,「詳細なアミノ酸配列よりも主鎖構造が重要である」という概念を共有していると言える.

5. 深層学習を用いたタンパク質構造予測と設計

上述してきたタンパク質の構造予測・設計研究は,人工知能分野における深層学習技術の発展の影響を大きく受けることになる(表1).前述の主鎖構造ルールと人工設計に関する論文を筆者らが発表した2012年,人工知能の世界では,深層学習モデルAlexNetが画像認識コンテストで圧勝し,人工知能技術のビッグバンが起きていた.これ以降,タンパク質フォールディング問題を解くための技術が期せずして開発される.2013年の「word2vec」はアミノ酸配列を“言語”として扱い,アミノ酸残基(単語)のその文脈的意味をベクトルで表現する手法の萌芽となる.2016年「AlphaGo」の成功は,天文学的な組み合わせを持つタンパク質の構造探索も,深層学習と探索アルゴリズムで攻略可能であることを示唆した.そして2017年,決定的な技術となる「Transformer」が登場する.このモデルは,一次配列上で離れたアミノ酸間の相互作用を捉えるのに理想的であり,折り畳み問題を解く上で,まさにぴったりの技術であった.こうした深層学習における一連の知見と,これまでのタンパク質科学で得られてきた知見を応用・統合することで,Hassabis博士とJumper博士らは,タンパク質構造予測ソフトウェアAlphaFold212)を開発し,精度の高い構造予測を実現した.

表1 Baker研究室の研究と深層学習の発展

Baker研究室の研究成果 深層学習の重要イベント
1997 物理化学と構造情報に基づく構造予測ソフトウェアRosettaの開発(文献15
2003 Rosettaを用いた新規タンパク質Top7の設計(文献7
2008 自然界にない化学反応を触媒する人工酵素の設計(文献2324
2011 インフルエンザウイルスのヘマグルチニンに結合するタンパク質を設計(文献16
2012 理想タンパク質の設計原理の構築と新規タンパク質の設計(文献89 AlexNetが画像認識コンテストで圧勝し,深層学習ブームの火付け役となる
2013 低分子(ジゴキシゲニン)に結合するタンパク質の設計(文献20 word2vecが登場し,自然言語処理における単語のベクトル表現が進展
2014 DeepMind社がAlphaGoプロジェクトを開始
2017 標的タンパク質に結合する新規タンパク質の設計(文献17 Transformerモデルが発表され,その後のAI技術に大きな影響を与える
2018 ゼロから設計したバレル構造の内部に,蛍光物質が結合するタンパク質の設計(文献22
2020 OpenAIが大規模言語モデルGPT-3を発表し,その高い文章生成能力が注目を集める
拡散モデルが,高品質な画像生成技術として台頭し始める
2021 深層学習による構造予測ソフトウェアRoseTTAFoldを開発(文献13 DeepMind社がAlphaFold2を発表(文献12
2022 深層学習による配列生成ソフトウェアProteinMPNNを開発(文献15 拡散モデルを用いた画像生成AI(Stable Diffusion等)が一般に普及し始める
2023 深層学習の拡散モデルによるタンパク質構造生成ソフトウェアRFdiffusionを開発(文献14
RFdiffusionを用いたタンパク質結合タンパク質の新規設計(文献14
2024 RFdiffusion All-Atomを開発:タンパク質だけでなく小分子や核酸なども扱えるようになる(文献25
RFdiffusion All-Atomを用いた低分子結合タンパク質,酵素の新規設計(文献25
Baker博士が「計算によるタンパク質の設計」でノーベル化学賞を受賞 DeepMind社のHassabis博士とJumper博士が「タンパク質の構造予測」でノーベル化学賞を受賞

これに対してBaker博士らも深層学習の手法を研究に積極的に取り入れていたが,AlphaFold2に後塵を拝することになった.しかしBaker博士らは,AlphaFold2を参考にしながら,多重配列アライメントに基づく1次元配列情報,残基間の距離・方向を表す2次元情報に加え,独自に3次元座標情報を明示的に考慮し,これらが並行して相互に情報を交換しながら学習することで,最終的な3次元構造の精度の高い予測を可能にするRoseTTAFold13)を開発した(図3).

図3  RoseTTAFoldのネットワークアーキテクチャ13)文献13を参考に作成.

さらにBaker博士らは,構造設計において,拡散モデルを用いた骨格構造生成プログラムRFdiffusion14)と,主鎖構造を与えると配列を生成する配列生成プログラムProteinMPNN15)を開発した.RFdiffusionは,PDBに登録されたタンパク質構造に徐々にノイズを付加し拡散させ,徐々にノイズを除去する逆過程を学習することで,多様な骨格構造の生成を可能にした(図4).この手法は,単量体タンパク質の生成に限らず,タンパク質―タンパク質複合体の生成にも応用された.鎖の数と長さ,対称性の指定をするだけで,対称多量体構造の生成が可能となり,二量体から二十面体構造までの様々な多量体構造が設計された14)

図4  RFdiffusion14).(a)拡散モデル.(b)600アミノ酸からなる生成タンパク質構造.文献14より転載.

6. Rosettaを用いた機能タンパク質の設計

Baker博士らは,上述のタンパク質構造設計だけでなく,機能を持つタンパク質の設計にも,長年取り組んできた.近年では深層学習を用いた機能の設計がなされているが,まずはRosettaを用いた物理化学に基づく機能タンパク質の設計について振り返る.

Baker博士らによる機能タンパク質の設計は大きく次の3つに分けられる:1)タンパク質結合タンパク質,2)低分子結合タンパク質,3)酵素.まず1)については,2011年に,インフルエンザウイルスの表面にあるヘマグルチニンというタンパク質に結合するタンパク質がRosettaを用いて設計された16).このタンパク質は,ヘマグルチニンの表面形状に相補的で,かつヘマグルチニンとの結合に重要と考えられるホットスポット残基を埋め込むことができるタンパク質を,自然界のタンパク質構造の中から探し出し,ホットスポット残基を提示しかつ界面の残基をヘマグルチニン結合に最適化するようロタマー探索で改変することで設計された.さらに,2017,2020年には,Rosettaを用いてトポロジーや二次構造の長さが異なる構造ライブラリーを生成し,その中からホットスポット残基を埋め込むことができる構造を探し出し結合界面を設計することで,ヘマグルチニンのみならずボツリヌス神経毒素に結合するタンパク質17)やSARS-CoV-2のスパイクタンパク質に結合するタンパク質18),シグナル伝達に関わる受容体や病原体,全部で12個の異なるタンパク質に結合するタンパク質19)を新規に設計することに成功した.

2)の低分子結合タンパク質の設計については,2013年にステロイドの一種であるジゴキシゲニン(DIG)に結合するタンパク質20),2017年に強力な鎮痛剤(麻薬にもなる)フェンタニルに結合するタンパク質21)が設計された.これらは,低分子結合に重要だと思われる部位を考え,これを自然界のタンパク質に埋め込むことで設計された.さらに2018年には,8本の反平行ストランドからなる環状のβバレル構造をゼロから設計し,そのバレル内に蛍光物質結合部位を埋め込むことで,低分子結合タンパク質の設計に成功した22)

3)の酵素設計については,2008年に,自然界のタンパク質が持たない触媒機能を有する2つのタンパク質:ケンプ脱離反応と呼ばれる炭素からの脱プロトン化を触媒する酵素23)と,レトロアルドール反応と呼ばれるβ-ヒドロキシカルボニル化合物の炭素-炭素結合開裂反応を触媒する酵素24)を設計することから始まった.これらの酵素は,反応過程の遷移状態にある活性部位の構造を,自然界のタンパク質構造に埋め込むことで設計された.これら設計されたタンパク質は,酵素活性を示したが,その活性は天然の酵素に比べて非常に低かった.

7. 深層学習を用いた機能タンパク質の設計

次にBaker博士らの,深層学習に基づく機能設計について解説する.Baker博士らは,前述の構造生成プログラムRFdiffusion14)の開発と,続いて核酸,小分子などの非タンパク質分子を取り扱えるように発展させたRFdiffusion All-Atom25)を開発した.

RFdiffusionは,タンパク質の骨格構造を生成することができる.この生成において,機能部位に関する構造条件を課すことによって,機能を持つタンパク質の設計に応用することが可能である.例えば,ターゲットタンパク質との結合に重要と考えられる部分構造を保持した新規タンパク質を生成することで,新規バインダーを設計することができる.この手法により,免疫チェックポイント分子PD-L1など5つの異なるタンパク質に結合するタンパク質14),ヘビの神経毒タンパク質に結合するタンパク質26)図5),腫瘍壊死因子受容体(TNFR)に結合するタンパク質27),ペプチドと結合するタンパク質28),30~40残基の天然変性タンパク質と結合するタンパク質29)などの設計に成功している.

図5  ヘビの神経毒タンパク質αコブラトキシン(紫色)に結合するよう設計されたタンパク質(水色).文献26をもとに作成.

さらに,小分子等をあらわに扱うことのできるRFdiffusion All-Atom25)を用いることで,低分子結合タンパク質や酵素をゼロから設計することが可能になった.低分子結合タンパク質の設計では,酵素の補因子であるヘム,色素であるビリン,先述のジゴキシゲニンに結合するタンパク質が設計された25).酵素設計においては,活性部位にセリンを含み基質の加水分解を触媒する酵素であるセリンヒドロラーゼ30)図6)や,活性部位に亜鉛を含むヒドロゲナーゼ31)の計算機設計に成功し,それだけで自然界の酵素に近い活性を示す酵素が得られるようになってきている.今後,計算機設計でどこまで自然界の酵素が示すような高い活性を持つ(言い換えると反応の律速段階が拡散となるような)酵素をゼロから設計できるのかが焦点となるだろう.

図6  人工設計されたセリンヒドロラーゼ.触媒残基をstickで表示.文献30をもとに作成.

8. 生命科学研究の今後の展開

以上,Baker博士の2024年ノーベル化学賞に至る軌跡を解説した.振り返って見ると,「折り畳み問題」と「逆折り畳み問題」という,タンパク質科学の根幹に関わる問いに対する,Baker博士の長年にわたる不断の挑戦と圧倒的な研究量が見えてくる.そして,Baker博士のこの“熱量”にインスパイアされ,多くの研究者がこれらの問題に取り組んできたことは見逃せない.つまり,2024年ノーベル化学賞は,Baker博士を中心とする多くの研究者の長年の挑戦が結実したことを象徴していると言ってよいだろう.さて,このノーベル化学賞はタンパク質科学の終着点というよりも,新たな出発点を与える.例えば,深層学習は高い精度の答えを与える一方で,なぜその答えが導かれるのか,という原理を説明するものではない.問題が解かれるということは理解することであると考えるならば,真の意味で「折り畳み問題」と「逆折り畳み問題」はまだ解かれていないと言える.今後,深層学習が何を学習したのかブラックボックスの内部に潜むパターンや法則性を明らかにすることで,「折り畳み問題」「逆折り畳み問題」の解明が進む可能性がある.また,予測する配列と似た配列が自然界にない場合に,正しく構造予測できないことや,設計においては,自然界に見られるような複雑な構造の(例えば長いループを含む)タンパク質を設計することが難しいことが指摘されている32).今後の進展によって,これらの課題が克服される可能性はあるが,同時に,深層学習の適用範囲や限界も明らかになっていくだろう.そのため,深層学習がどのような構造に“強く”,どのような構造に“弱い”のか,どのような情報が欠けているのかを丁寧に検証することが,今後の発展に不可欠である.

また,タンパク質の構造が高い精度で推測可能になってきたことで,これまでは「構造が分からないから機能が分からない」ということが多くあったが,今後は構造を先に推測した上で,そこから機能を予測し,仮説を立てて検証をするといったことが当たり前になるかもしれない.生命現象を分子レベルで解明しようとする試みが,新たな計測技術の開発とあわさることで,一層加速するだろう.

一方で,自然界に存在しない新しいタンパク質を計算機で設計することで,生物の性質そのものを制御・再構築するという,かつては夢物語であったアプローチが,現実の研究課題となりつつある.こうしたアプローチは,医療や創薬,バイオエンジニアリングなど多くの応用分野への波及効果が期待されるとともに,生命とは何かという根源的な問いに対して,アプローチする手段をも提供する.生命を「観察する対象」として捉えるだけでなく,生命を「設計しうるシステム」として捉えることで,生命現象の理解はより深く,より多角的なものへと拡張されるであろう.

このような視点から見ても,2024年のノーベル化学賞は,これまでの知の蓄積に対する栄誉であると同時に,未来の科学への道を切り拓く“はじまり”を示す出来事だったと捉えることができる.David Baker博士に,これまで分野を大きく牽引されてきたことに,心からの感謝を申し上げるとともに,本ノーベル賞が本分野のさらなる発展につながることを願っている.

文献
Biographies

巽 理恵(たつみ りえ)

大阪大学蛋白質研究所助教

古賀信康(こが のぶやす)

大阪大学蛋白質研究所教授,自然科学研究機構生命創成探究センター(兼任)教授

 
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