2026 年 66 巻 2 号 p. 95-99
非平衡性をもつ粒子の集団であるアクティブマターは,生命との関連で研究が進む一方で,新種の物質系としても魅力的だ.アクティブマターにはどのような物質相があり,どのような特性が通常物質と異なり,生命現象や生命機能とどう関係するだろうか? 高密度バクテリア集団に関する我々の研究の紹介を通して議論したい.

Inspired by animals and cells, active matter refers to a group of particles that behave actively by consuming energy from their environment. Here we argue that dense bacterial populations provide an excellent platform for exploring various phases of this active matter, which often exhibit characteristic phenomena and functions at the collective level. Specifically, we review our recent studies showing active liquid, active glass, and active liquid crystalline states of bacteria. Based on the experimental and theoretical understanding we gained, we describe our perspectives on some future challenges and potentials regarding the emergent functions of these active phases of matter.
アクティブマターという語は多くの場合,自発的に動く要素の集団を表す.動き回る細胞の集団や動物の群れなどが引き合いに出されることが多い.自発的に動くにはエネルギーが必要であり,各粒子は周囲の環境からエネルギーを取り込むことでそれを実現させている.実はこの,粒子単位で周囲からエネルギーや物質を取り込み,何らかの活動に利用することこそがアクティブマターの本質であり1),取り込んだエネルギーや物質の使いみちは必ずしも運動でなくてもよい.細胞は物質を取り込んで成長し分裂する.酵素も,反応の過程で構造変化をするなど,内部自由度と反応の結合によって様々な非平衡性を示すことが知られている.いわば,非平衡性をもった粒子の集団こそがアクティブマターなのであり,無数の生体分子からなる細胞基質にせよ,細胞の集団である組織にせよ,多種多様な個体が相互作用する生態系にせよ,生命はアクティブマターの宝庫だといっても過言ではない.
では,そのような粒子が集まったとき,相互作用の結果として,全体にどのような性質が現れるだろうか.「アクティブマター」とはすなわち「活性物質」であるが,これを非平衡な「分子」からなるある種の物質と考えてみる.そのとき,そこにはどのような物質相があって,どのような支配原理・支配方程式で記述され,どのような新奇物性や集団機能が現れるだろうか.こうした疑問に答えていくのが,物質科学としてのアクティブマターの一つの立ち位置だろう.生命がアクティブマターの宝庫であることを思い出せば,その物理学体系はきっと生命現象の理解に役立てられるはずだ.
そこで本稿では,アクティブマターの一つのモデル実験系であるバクテリア集団2)に着目し,その高密度状態で現れる様々なアクティブマター物質相を紹介する.物質相を探求し,特有の性質や機能を調べてきた著者らの最近の研究の紹介を通して,バクテリア以外の生命系との関わりや展望についても議論したい.
大腸菌や枯草菌などのバクテリアは,べん毛を回転させることで液体中を遊泳する.簡単のため,走性が働かない均一な条件下での運動を考えよう.希薄な菌液では,一匹一匹のバクテリアはバラバラな方向に遊泳する(図1a).これは気体的な状態である.しかし,このような菌液を培養し,濃縮させてみると,状況は一変する(図1b).高密度のためバクテリア同士の距離は短く,流体を介した相互作用や排除体積効果などによって近くにいるバクテリアは泳ぐ向きを揃え,集団的な遊泳が見られるようになる.これは,運動が強く相関しているため,液体的な状態と言える.そして,流体相互作用に由来する不安定性のため,集団遊泳の向きは長距離では乱れ,渦が自発的に生じて,乱流的な状態となることが知られている2),3).水など普通の液体は大きな温度勾配を与えるなどしないと乱流化しないが,高密度バクテリア懸濁液は自発的に乱流化してしまう.これはアクティブ乱流と呼ばれ,バクテリアのほか哺乳類細胞集団や自己駆動コロイド懸濁液などでもよく似た現象が観察されている3).理論的には,このような特徴をもった液体的なアクティブマターがどのような流体方程式で記述できるかに関心がもたれており,特にバクテリア懸濁液では現象論的な流体方程式が提案されている2).

では,このように乱流的なアクティブ液体状態がもつ機能とは何だろうか.流れの向きが乱れているので,機能とは一見縁遠いように見える.しかし,アクティブ液体が何らかの構造物と接すると,途端に様々な面白い現象が起こり始める.例えば,図1cのように歯車状の構造物を微細加工で用意し,バクテリア懸濁液に入れてやると,歯車は揺らぎながらも一方向に回り続けることが報告された4),5).これが水だったら,歯車が勝手に回らないことは熱力学第二法則で保証されている.しかしアクティブ液体の場合は,至る所で粒子がエネルギーを取り込み消費(散逸)しているおかげで第二法則の制限を免れ,一見それに反するような現象が起こってしまうのだ.より抽象的には,アクティブマターは平衡状態と異なり,時間反転対称性が内在的に破れた状態にある.そのため,構造物などで境界条件を工夫することで,方向性をもった現象を様々に生み出すことができる.著者らのグループでは,図1dのようにラチェット型の流路にバクテリア懸濁液を入れることで,懸濁液が方向性をもって流れること,つまり整流できることを見出した6).これを活用すれば,所与のパターンで持続的に流れ続ける流路ネットワークを作ることもでき,ネットワーク構造に由来した集団現象と機能6)の探求へと発展させられる.
このような発展を推進するためにも,アクティブ液体と構造物の相互作用を理解し,それに基づいてアクティブ液体の制御手法を確立することが重要だ.流れを整える最も素朴なやり方は,集団運動の相関長程度の円形領域にアクティブ液体を閉じ込めてしまう方法である.著者らは最近,円形領域の半径を広げていくと,生じる流れが定常的な渦から周期的に反転する渦対に変化し(図1e),さらに大きな半径では拍動的挙動などを経て乱流化していくことを,数百個もの円形領域を同時観察する大規模実験によって見出した7).こうした流れの不安定化は,バクテリア懸濁液の現象論的流体方程式でも再現できるほか,非線形科学の手法に基づいて少数自由度の有効理論も構築できた7).バクテリアの乱流状態は,規則的に柱を並べて整えることもでき8),こちらも流体方程式に基づく理解が得られている9).実験と理論を突き合わせ理解を重ねていくことで,図1c,dに例示したような,より大規模かつ複雑で,機能性を伴うアクティブ液体現象へと歩みを進めていく段階にあると言えるだろう.
冒頭に記したとおり,アクティブマターを構成する粒子の要件は自発的運動に限られず,成長や分裂でもよい.生物個体や細胞にとっては,成長や増殖は本質的要素とも言える.そこで,前節で議論したような運動するバクテリア集団において,培養により細胞数密度が増えていく状況を考えてみよう.当初は,適度な密度のバクテリアが泳ぎ回るはずだ.しかし,バクテリアが増殖し密度が高まると,徐々に混雑して動きづらくなり,やがて満員電車のように全く動けなくなってしまうことが想像できるだろう.高密度化に伴い固まってしまう現象は,物理学では液体やコロイドのガラス転移や,粉体のジャミング転移などの例がある.バクテリアの例は,いわばそのアクティブマター版と思われるが,共通する特徴はあるだろうか.逆にアクティブマター特有の性質は存在するだろうか.
実験は,図2aのようなメンブレン型の微小流体デバイス「広域マイクロ灌流系10)」で行われた.長時間培養しながら転移の統計的特徴を明らかにするには,時間的に一定かつ空間的に一様な培養条件を維持する必要があり,本デバイスによってそれが実現できる.Lamaら11)は,本デバイスを用いて運動性大腸菌を擬二次元的な一定面積の領域内で培養し,大腸菌の面積充填率

バクテリアのガラス転移は,ごく最近フランスのグループからも報告があり,寒天上の緑膿菌では,二段階転移は観察されなかった13).水野らのグループは,マイクロレオロジーの手法で,高密度バクテリア集団にジャミング転移に似た臨界的剪断特性を報告しており14)(本特集,水野らの記事も参照),これら異なる実験を包括的に説明できるよう,理解を組み立てていくことが望まれる.
アクティブマターでガラス的挙動が見られるのはバクテリアに限らない15).例えば細胞内は,様々な生体分子で満たされた混雑環境にあり,細胞抽出液で同じ濃度を実現しようとするとガラス化してしまう.しかし興味深いことに,生細胞では,その活性のために流動性が保たれることが報告されている15).細胞組織も,細胞が隙間なく密集した状態であり,ガラスとの関係が様々に調べられている15).充填率などの僅かな違いで運動の時間スケールが大きく変化する特徴は,生命にとって有用な場面もあるかもしれず,実際にクマムシはそれを活用して乾燥環境から身を守っているという話もある16).生命は意外とガラスの物理を活用しているのかもしれず,今後の研究の拡がりに期待したい.
前節で,大腸菌同士が向きを揃える秩序について言及した.Lamaらのガラス転移実験11)では向きの秩序が発達する距離は短いのだが,条件によっては,より発達した配向秩序が生じることがある.特に,非運動性の大腸菌が増殖してコロニーを形成する際は,図3aに例を示すように目立った配向秩序が発達する場合が多い.位置に関する秩序はないので,これはネマチック液晶に対応するアクティブマター状態である.液晶と同様,配向秩序が局所的に乱れた点である,トポロジカル欠陥(図3aの記号の箇所)も現れる.様々な哺乳類細胞や細胞骨格繊維でも,よく似た配向秩序の出現と配向パターンが報告されている17),18).

では,通常の液晶と異なるアクティブ液晶の特徴は何だろうか.細胞の場合,液晶分子と違って,運動や成長をする.その効果は,細胞の長軸方向に向く力の双極子として表すことができる.それを粗視化すると,配向方向と紐づいた,アクティブ液晶特有の応力があることが言える.この応力のため,アクティブ液晶には様々な特徴的な現象が生じる.特に,トポロジカル欠陥の周囲には特徴的な応力が生じるため,細胞を引き寄せたり遠ざけたり,細胞死を引き起こしたり,刺胞動物ヒドラの場合は再生時の形態形成の位置決定との関係が示される19)など,様々な生命現象や生命機能との関係が議論されている17),18).バクテリアの場合も,欠陥が細胞を引き寄せ,コロニーを僅かに隆起させる20)(図3b)などの役割が明らかになってきた.
生命における配向秩序と生命機能との関係は,機能制御の観点からも極めて興味深い.液晶分野では,ディスプレイ技術のニーズもあって様々な配向制御手法が開発されている.例えば,所定の位置に欠陥を設けることもでき,細胞集団への応用も始まっている18).最近では,トポロジーの知見を活用して,再生するヒドラの頭の数を変えるようなことも実現された19).アクティブ液晶は,現状,生命機能との距離が一番近いアクティブマター分野と言ってよいかもしれない.
本稿では,バクテリア集団をはじめ様々な生命系で,アクティブマターの諸物質相が現れることを紹介した.それぞれの相には通常物質とは異なる特徴があり,新しい材料としての潜在的な魅力や,生命機能との関係が見え始めていることなどを紹介した.とてもエキサイティングな様相であるが,分子生物学が解き明かしてきた,遺伝子や生体分子由来の高度かつ多彩な機能と比べれば未だ極めて限定的で初等的だ.物性物理学で著名なPhilip W. Anderson博士は,“More is different”という論考で,構成粒子の理解だけでなく,粒子が集団になって初めて生まれる性質の理解も重要であることを論じた.同様の役割を今のアクティブマターに求めるのは夢物語であるし,アクティブマターだけでは全く足りないとも思うのだが,夢を見るのが特集号の役割だということにして,むすびの言葉としたい.
本稿で紹介した著者らの研究は,研究室内外の多くの方々との共同研究や議論の賜物である.特に,佐野雅己氏,若本祐一氏,Igor Aranson氏,Hugues Chaté氏,Andrey Sokolov氏,それに研究室関係者の内田善人,嶋屋拓朗,白谷空,古田祐二朗,山本真大,横山文秋,Hisay Lamaの諸氏に感謝申し上げたい.また,本研究は様々な科研費,JSTさきがけ・創発などの研究資金のご支援により実施された.なお,本稿で紹介した研究の一部は西口の東京大学在籍時に行われたものである.