生物物理
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談話室
光遺伝学とノーベル賞
神取 秀樹
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2026 年 66 巻 3 号 p. 172-173

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1.  はじめに

2025年も光遺伝学のノーベル賞受賞はならなかった.私は最近,10月の発表シーズンとなると,新聞社からコンタクトがある.自分が候補者でもないのに「光遺伝学に決まったらコメントをお願いします」と言われるのは複雑な心境もあるが,光遺伝学にはたいへんお世話になっているので,喜んでスタンバイしている.2005年の光遺伝学創始から20年が経過した今,改めてノーベル賞候補という視点から光遺伝学について考えてみたい.

2.  2010年頃に思っていたこと:カールか山中か?

私は自宅で晩酌するとき,様々な思索をめぐらせるが,未来の予想も肴になる.ワールドカップの優勝国や次のダービー馬,学生が出した予想外の結果などに加えて,2010年頃,思っていたことに「Deisseroth博士と山中博士はどちらが先にノーベル賞を取るだろうか?」というものがあった.

米・スタンフォード大のKarl Deisseroth氏は2005年に光開閉型の陽イオンチャネルであるチャネルロドプシンを神経細胞に発現させることで神経興奮の光操作を実現した(図1)1).ただし同様の研究アイデアは,例えば東北大の八尾寛氏によって同時期に発表されている2)ことを忘れてはならない.特定の神経細胞だけを外部から活動させるという脳科学者の「夢」は,2002年にチャネルロドプシンが発見されるや否や3),多くの研究者によって神経興奮の光操作として試みられたのである.その中で,光学(optics)と遺伝学(genetics)から光遺伝学(optogenetics)という魅力的な言葉を生み出したことや,その後の圧倒的な仕事量により,『脳科学に革新をもたらした光遺伝学(optogenetics)はDeisseroth博士により2005年に始まった』と歴史に刻まれることになるだろう.実際,Deisseroth氏は光駆動クロライドポンプであるハロロドプシンを用いて光による神経抑制も最初に報告し(図1)4),光遺伝学はNature Methods誌が選ぶ2010年のブレークスルーとなった5).一方,ご存じ山中伸弥氏は2006年にiPS細胞の論文を発表していた6).タイムマシンのような時間を逆戻りさせる凄い仕事だなと驚いたのをよく覚えている.

図1  光遺伝学のツール.静止電位は–70 mV程度なので,正電荷が細胞に流入するか,負電荷が流出すると細胞は脱分極する.最初に用いられたチャネルロドプシンはイオン選択性が低いが,生理条件ではNa+が流入する.内向きH+ポンプも脱分極ツールとしてはたらく.しばしば誤解されるが,神経細胞が脱分極して神経興奮に至るのは電位依存性Na+チャネルによるものであり,光遺伝学ツールはその引き金を引くのである.一方,神経抑制のためには,正電荷が細胞から流出するか,負電荷が流入すると細胞は過分極する.最初に用いられたのはCl–を細胞に取り込むポンプであり,外向きH+ポンプ,Na+ポンプも用いられた.しかしながら,ポンプよりチャネルの方が大きな電流を流すため,陰イオンチャネルに続き,待望されていたK+チャネルが自然界から発見され,大きな期待を集めている.通常の神経細胞において,脱分極した細胞を元の過分極に戻すのは電位依存性K+チャネルである.

当時,私は10年以内に両先生ともノーベル賞を受賞するだろうが,どちらが先かな,ということを考えていたのである.結果は歴史が物語るところであり,山中氏は英国のガードン氏とともに「体細胞の初期化と多能性」に関して2012年にノーベル生理学・医学賞を受賞する一方,Deisseroth氏は現在に至るまで受賞はなく,残念ながら私の予想は外れたことになる.

3.  2015~2020年に思っていたこと:生理学・医学賞か化学賞か,そして受賞者は誰に?

山中氏が受賞し,Deisseroth氏の受賞が実現しない中,そもそも光遺伝学はどのノーベル賞なのかということを考えるようになった.山中氏は,細胞の再プログラミングという生命科学の本質に切り込んだ受賞となった一方,光遺伝学が選ばれるとしたら生理学・医学賞であるのか,化学賞であるのか,という点である.「操作」ではなく,「観察」の主役となった緑色蛍光タンパク質は生命科学を革新させるツールとなったが,2008年に与えられたノーベル賞は化学賞であった.

光遺伝学のノーベル賞はどちらの分野かという問いと同時に興味深いのは,その受賞者である.最初の論文1)の筆頭著者であるBoyden氏もMITで精力的な研究を展開し,有力な候補である.ドイツのMiesenböck氏は光による操作という概念の先駆者であり,2002年に動物のロドプシンをツールとする神経活動制御を実現している7).実際に2018年のガードナー賞はBoyden氏が,2022年のホロウイッツ賞や2023年の日本国際賞はMiesenböck氏が,Deisseroth氏と共同受賞している.

ツール開発という観点からすると,ロドプシン研究者の登場となるが,なんと言ってもチャネルロドプシンがその主役となる.少し複雑なのは,最初の発見論文3)におけるNagel氏,Hegemann氏,Bamberg氏はいずれも年齢が近く有力なドイツ人研究者という点である.この論文の責任著者は筆頭著者であるNagel氏であるが,これまでの受賞実績などを見るに,Hegemann氏が最も有力とみなされているようだ.ロドプシン分野における最も権威ある国際会議がInternational Conference on Retinal Proteins(ICRP)であり,メカニズムに関する議論を徹底的に行うが,その論客の筆頭がHegemann氏であった.私も学生の頃からよく知っており,彼が受賞したならば「ロドプシンの受賞」という思いを強くするであろう.

私は以前,某国際賞から受賞者の推薦依頼を受けた際,Deisseroth氏,Hegemann氏に加えて,光駆動プロトンポンプ・バクテリオロドプシンの発見者であるOesterhelt氏を推薦した.光遺伝学にはイオン輸送性ロドプシンが必須であり,ポンプのOesterhelt氏,チャネルのHegemann氏,というロドプシン研究者ならではの人選であった.結局,私の推薦は受け入れられなかったが,数年後,ラスカー賞をこの3人が受賞した際には「さすがラスカー賞」と感心したものである.残念ながらOesterhelt氏はラスカー賞の翌年,逝去されたため,私がベストと考えるこの組み合わせでのノーベル賞はなくなった.

4.  おわりに:今,思うこと

光遺伝学がノーベル生理学・医学賞を受賞するとしたら,思考や記憶のメカニズム解明など脳科学に全く新しい景色を見せてくれた場合であろう.光遺伝学を用いた画期的な脳研究の成果は数多くあるが,我々の脳のはたらきがそんな簡単に解明されるはずはない,というのが私の直観である.やはり「脳研究などの基礎研究を支えるテクノロジー」として緑色蛍光タンパク質のような化学賞になる方がより有力であろうか.

一方,医療応用という点から近年,注目されているのが光遺伝学を用いた視覚再生である.網膜色素変性などによる失明者の網膜細胞に対して,チャネルロドプシンの遺伝子治療が行われ,ものが見えるようになった8).これは光遺伝学の応用研究として画期的な成功例であり,光感度の高いツールを用いた治療薬開発が激しい国際競争となっている(筆者らが発見・創成したロドプシン9),10)もベンチャーに).新しい科学技術が実用化されたとき,そのルーツにノーベル賞という歴史からすると,光遺伝学的視覚再生の薬が世に出たときがその機会なのかもしれない.

本稿では,生命科学に強いインパクトを与えた光遺伝学になぜノーベル賞が与えられていないのかという点について,その時々に思ったことを書き連ねた.ロドプシン研究者として,ロドプシンをこれだけ上手にツールとして使ってくれた光遺伝学に対し,改めて謝意を表すとともに,数年後のノーベル賞を期待して見守りたい.

文献
Biographies

神取秀樹(かんどり ひでき)

名古屋工業大学特別教授

 
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