2026 年 66 巻 3 号 p. 176-178
私は蛋白質アクチンの構造生理学の研究者です.ここでは,研究者として何を研究するか,どのように研究するか,それらの考えがどのように形成されてきたか,について書くことにします.
私は,1967年に東京大学に入学した当時は,何か理科系の研究をしたいと考えていました.そんな時,教養学部の少人数論文講読で,永井克孝さん(後に東京大学医学部教授,理研国際フロンティア研究システム長)の指導で,David Phillipsによる卵白リゾチームの結晶構造解明の論文1)を読みました.これははじめての酵素蛋白質の原子座標の解明の研究成果を,研究者本人がScientific Americanという雑誌に一般向けに解説した論文です.一般向けとは言っても,解明された構造の記述,構造とその他の知見から組み立てた基質(細菌の細胞壁を形成する多糖鎖)を結合する部位の同定,多糖鎖を切断するメカニズムの提案,など非常に内容の濃い論文です.当時の私は,細かい点までは十分に理解できなかったと思いますが,今や生物学では,蛋白質の原子座標という世界が開かれているのだという強い印象を受けました.これは高等学校時代には全く知らなかった新しい世界であると.この論文が掲載された号の表紙には,リゾチーム分子の原子模型の美しいスケッチがカラーで印刷されており,記憶に残っておりました.
1972年に,理学部物理学科を卒業した私は,考えがあって,名古屋大学の大沢文夫さんたちの研究室(大沢文夫,朝倉昌,秦野節司の3名の教授が一つのグループを形成)で,修士・博士課程を始めました.この時までに,自分は何となく生物物理学の研究をすると決めていましたが,それ以上の具体的な考えはありませんでした.
修士課程ではほとんど毎日,午前中は講義と論文講読,午後は各研究室を回っての実験実習でした.特に強い印象を残したのは,毎週金曜日の午前中の,朝倉昌さんが指導された,論文講読です.その中で特に,Max Perutzによるヘモグロビンの原子座標およびそれによる協同性のメカニズムに関する論文2)には強烈な印象を受けました.
この論文では,ヘモグロビン4量体の原子座標に基づいて,肺から(筋肉など)組織に酸素を輸送する機能メカニズムをみごとに解明しています.例えば,4量体の各サブユニット間の協同性のために,単量体相当の1分子からの期待値に比して,組織でより多くの酸素を放出できます.この協同性は,各サブユニットにあるヘムへの酸素結合強度が,他のサブユニットへの酸素飽和度に影響されることによって説明されます.また,組織のpH低下(プロトン濃度上昇)とCO2濃度上昇によって酸素放出量が増えるBohr効果についても,そのメカニズムが原子レベルでの変化によって説明されています.「エフェクター分子」であるBPGの作用メカニズムについても,T型を安定化することによって,協同性がさらに強くなることを示しました(図1).これらの知見は,我々の身体内での血液循環による酸素輸送という生理現象を,その中心を担うヘモグロビン分子レベル現象として,というより正確に言えば,分子を構成する原子間の相互作用の変化として説明できることを示しています.生理学の課題が,原子間の物理化学の言葉で解決されたのです.

大沢さんは,よく対面での会話に時間を割いてくれました.ある時,生物学と化学,物理学はどういう関係にあるか,という議論になりました.大沢さんがまず指摘したのは,生物学とは各論的な学問である,蛋白質は著しく個性的であるから,まずは個々の蛋白質の特性を徹底的に個別的に明らかにする必要がある.その意味では化学的と言える.生物学で物理学的な様相を呈してくるのは,各論的な研究がある程度進んでからである.そこではじめて共通の物理化学の研究となる.しかし,生物物理学をやる人は,徹底的な実験的な研究を各論的な段階から実行する必要がある,と.これは大沢さん自身の経験に裏打ちされた発言だったと思います.大沢さんたちが確立したアクチン重合過程の理論化の仕事は,物理学の凝集過程であるとの気づきから始まったのですが,それに至るまでは,目的も方向も定まらないまま,やみくもに実験した,そうして集めたデータがあったからこそ理論化できた,との体験がありました.
大沢グループでは,私は一貫して筋肉の「細いフィラメント」(アクチン重合体にトロポミオシン,トロポニンが結合した複合体)ないしはアクチン重合体を研究しました.アクチンは筋収縮,筋収縮のカルシウム調節,と多方面の役割を持っている.それゆえ,解明すべき問題がたくさんあるに違いない.それに加えて,筋収縮を研究するならミオシンを研究しなくては,という「常識」に抗って,いやアクチンの方が重要かもしれないという大沢さん一流の「反骨精神」が気に入りました.しかし,何をどのように研究したいのかはっきりしませんでした.
1979年,私は前年に博士号を取得して,ドイツ・ハイデルベルグのKenneth Holmesの研究室でポストドクとして研究を開始しました.ドイツでの研究生活は,合計14年になりましたが,EMBLハンブルグに独立した後も,Ken(Holmes)には何かと支援してもらっており,Kenの研究室に出入りしていました.
Ken(Holmes)も,大沢さんのように時間をとって対面での議論をよくしてくれました.また彼の研究室を見ていると,Kenがどのような考えで研究室を組織しているかよく理解できました.
1990年,Kenの研究室で単量体アクチンの原子座標の解明にはじめて成功しました3).実は,Ken(Holmes)の研究室では1980年にアクチン単量体とDNaseI複合体の結晶ができていましたが,大変難しい問題があり,その解決に10年かかりました.私はその仕事には全く関与していませんが,研究室の内側でその経緯を直接見聞したことは大変勉強になりました.
アクチン単量体は高濃度にすると重合してしまい結晶を作りません.結晶化するにはアクチンと結合して複合体を形成する蛋白質を見つける必要があります.Kenの研究室のHans Georg Mannherzは,1970年ごろからその検索を続け,ついに脾臓のDNaseIを見つけ,アクチンと1 : 1の複合体として結晶化しました.ところが,回折強度の測定ができません.当時は回折強度を写真フィルムに記録していました.一つのデータセットを収集するのに複数の結晶からのデータを合わせる必要がありますが,結晶によって結晶格子の長さにばらつきがあり,それができないのです.結局,当時入手可能になった2次元X線検出器を使うことにしました.が,今度はそれを動かしてデータを抽出する計算機プログラムがありません.結局,研究室のWolfgang Kabschが,測定から構造モデル作成までの一連のプログラムを書いてこの問題を解決しました.
Kenは,課題を解決するには,それに相応しい試料系を自分たちで開発して,自分たちで調製すべきとの信念を持っていました.これは彼の博士論文を指導したRosalind Franklinの信念でもあったようです.Rosalindは,Watson & CrickがDNAの二重らせんモデルの基礎になったB型DNAのX線回折パターン4)を撮ったことでよく知られていますが,あの実験の肝は配向DNA試料の作成にありました.また課題の解決のためには,自分たちで装置を開発し,プログラムも書くことも必要であると.このような哲学は,W. L. Braggによって始められた英国の構造生物学派に共有されており,Kenもその一員としての自覚と誇りを持っていました.
単量体アクチンの原子座標解明はアクチン研究にとって画期的でした.しかし,アクチンの2大活性(重合能とATPase活性)のどちらも単量体アクチンでは説明できません.重合体中での分子間接触もわかりませんし,単量体はATPase活性を持ちません.これは始まりであって,次の目標は重合体の原子座標解明です.
そもそも私がドイツに渡ったのは,筋収縮中のアクチン線維の構造変化を知るため,シンクロトロン放射X線を使いたかったのが主な理由ですが,しかし,この方法ではX線回折強度の時間変化を測れても,それを蛋白質の構造変化として解釈することができません.それに対して,結晶構造を解明すれば,静止構造という制約はあるものの,原子座標から機能メカニズムを解明することができます.Max Perutzのヘモグロビンの研究も,Ken Holmesたちの単量体アクチンの研究も,原子座標を得ることの意義を十分に示しました.
1990年,ドイツでの研究生活もあと3年となった時,私はようやく自分でどうしてもやり遂げたい研究課題を見つけました.トロポニンの結晶構造解析です.トロポニンは筋収縮のカルシウム調節を担う蛋白質です.江橋節郎さんが1964年に発見してから26年にもなるのに,結晶構造が解明されていませんでした.当時,DNA情報の翻訳過程の研究が進んで,選択的splicing現象が解明され,筋肉中から調製したトロポニン分子は多くのisomerの混合物であり,これが結晶化を妨げている可能性があると考えました.それゆえ,この研究では,自分たちでcDNA配列を決定することから始め,すべての蛋白質を大腸菌で発現して用いました.日本に帰国してから2003年に原子座標を解明することができました.Ca2+が結合したトロポニンCがトロポニンIをアクチンから引きはがし,筋収縮抑制が解除されるとのメカニズムが解明されました5).
その後,研究室の同僚と共に,アクチン重合体中のアクチン分子の原子座標の解明の研究を始めました.カルシウム調節メカニズムのさらなる解明のためにもトロポニンの「土台」であるアクチン重合体そのものの構造の解明が重要です.まず重合体の原子座標を解明しました6).アクチンは単量体と重合体中で分子の形状が異なることを発見しました.さらに重合体中のアクチン分子相互間の接触の詳細がわかりました.この研究はクライオ電子顕微鏡の技術革新以前であり,自分たちで新しい試料を開発し,新しい構造解析法を開発して達成しました.
最近では,さらに“単分子でも重合体型”の結晶を得て,重合体型アクチンの1.15 Å分解能の原子座標を得ることができました7).従来,重合体型は重合体中に限られると考えられてきましたが,ある種の蛋白質が1 : 1で結合すると,単分子アクチンでも重合体型に捕捉されることを発見したのです.1.15 Åという分解能になると,活性部位の水分子の位置まで正確に決まります.水分子,結合ATP,蛋白質原子の正確な座標を基にその間での電子の動き,化学結合の形成・切断を,量子化学計算で正確に予測することができます.この結果からアクチンのATP加水分解反応の重要な特性(反応が非可逆であることなど)のメカニズムを解明できました.(反応が非可逆とはADP + Pi→ATPの活性化障壁が高く,逆反応が事実上無視できること).こうしてアクチンの主要な生物活性を原子間の相互作用の物理化学として説明することができました.
多くの蛋白質の中で,メカニズムが原子間の物理化学として理解されている蛋白質はまだ多くありません.アクチンもやっとその仲間になったのです.これは今後の研究にとって重要な意味があります.というのは,原子間の物理化学の理解が可能になると,他のATPaseとの直接比較が可能になり,比較という新しい視点を獲得するからです.
ATP加水分解反応については,これまでモーター蛋白質3種(F1-ATPase,キネシン,ミオシン)で,反応メカニズムが解明されています.アクチンをそれらと比較すると,ATP加水分解過程は共通であること,しかしその後のPi放出過程から大きく異なることがわかります.一般に(加水分解過程ではなく)Pi放出過程こそATPaseのエネルギー変換の肝だと考えられています.モーター蛋白質はどれもPi放出に伴って蛋白質の形状が変化し,それがパワーストロークとして瞬時に力学的仕事をするとされています.それに対して,アクチンでは,Pi放出後も形状は変化せず,その代わり重合体型が不安定となり,遅れて重合体という構築物が崩壊(脱重合)します.アクチンでのPi放出は,例えて言えば,耐震構造物から梁を抜いて,構造物の崩壊を準備するようなものです.モーター蛋白質のようなタイプを「スイッチATPase」,アクチンのようなタイプを「タイマーATPase」と呼ぶことにします.実は大腸菌のシャペロニンであるGroELもアクチンと同じく,Pi放出で形状は変わらないが遅れての構築物の崩壊を準備します.すなわち,ATPaseには,「スイッチATPase」の他に,エネルギー変換様式を異にする「タイマーATPase」という別タイプのATPaseが存在するのです.
これまでATPaseによるエネルギー変換のメカニズムを解明するには,「スイッチATPase」を相手に,その形状変化を調べてきました.それゆえ形状変化にこそすべての謎を解く鍵があるとの「神話」があるようです.では「タイマーATPase」を相手にする時には,何を調べればよいのでしょう.「タイマーATPase」はPi放出後に形状は変化しませんが,構造が不安定になるので,構造揺動が亢進するに違いありません.アクチンのPi放出から脱重合に至る過程のメカニズムを解明するには,Pi放出前後の構造揺動を調べることこそ中心課題だと考えています.アクチンの静的な原子座標を解明した今,次の目標は分子の構造動態を解明することです.そのためには,固体NMR法を使うこと,それに適した同位体標識アクチンの発現システムの開発が必要です.
エネルギー変換メカニズムを解明するには,「スイッチATPase」の形状変化を調べるよりも,「タイマーATPase」の構造揺動を調べるのが近道かもしれません.特にアクチンはこの研究に最適かもしれません.Pi放出前後で形状変化が無く,活性部位の構造が簡単,揺動のモードも単純と思われます.ここで,アクチンは最も「重要な」ATPaseであることも付記しておきます.哺乳類細胞が消費するATPの実に約50%はアクチンが消費しています(残り50%はNa-K-ATPaseです).これからのアクチン研究は,否応なくATPaseによるエネルギー変換の解明に直結しそうです.
前田雄一郎(まえだ ゆういちろう)
名古屋大学大学院情報学研究科客員教授