日本物理学会誌
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最近の研究から
反対称化分子動力学による軽い原子核の第一原理計算―ジャストロー法にかわる新しい相関関数法―
明 孝之
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2017 年 72 巻 12 号 p. 867-871

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抄録

原子核は複数の陽子と中性子が核力により自己結合する系である.最近の原子核研究の方向性として,生の核力から出発して原子核を記述する「第一原理計算」が発展している.核力の特徴は強い短距離斥力と非中心力である大きいテンソル力である.この記事では,筆者らが最近構築した原子核の新しい第一原理計算法「テンソル最適化反対称化分子動力学」(Tensor-Optimized Antisymmetrized Molecular Dynamics,以下TOAMD)を紹介する.

反対称化分子動力学(AMD)は,1990年代に構築された原子核の構造と反応を統一的に記述する理論である.原子核構造として特に軽い質量数の原子核の記述に威力を発揮し,原子核内でα粒子などの数個の核子が集まり分子的な形状を呈するクラスター構造の生成と消滅を扱うことができる.ただし,AMDでは核子がガウス型の波束であるため,生の核力が持つ短距離斥力とテンソル力を扱うことができない.代わりに原子核の実験データを再現する現象論的な有効核力を用いる枠組みとなっている.

一方,筆者らはこれまで一粒子描像に基づく殻模型を採用して,その基底関数に核力が生む重要な多体相関,特にテンソル力が生む相関を取り込む研究を行ってきた.その模型をテンソル最適化殻模型とよぶ.一般に殻模型は一粒子描像がよく成り立つ状態の記述は得意であるが,炭素12原子核に現れる3個のα粒子が緩く結合したホイル状態など,クラスター状態の記述は不得意である.

クラスター状態は原子核の重要な形態であり,原子核反応や元素合成に直接関係する.そこで筆者らはAMDを基底関数に採用し,核力の特質に対応した相関関数を掛けることで生の核力を扱える方法を発展させた.相関を波動関数に掛ける場合,「ジャストロー法」が有名である.ジャストロー法では2粒子間にはたらく相関関数を定義し,それを全ての粒子間に作用させる.この方法は原子核のみならず,物性や原子・分子などの幅広い分野で使われている.TOAMDにおいても相関関数をAMD基底関数に掛けるが,相関関数Fによる冪級数展開(1+FF 2+…)を行う.それはジャストロー法と以下の違いがある.

1. 各粒子間に作用する相関関数は複数ある.

2. 各冪に含まれる各相関関数は全て独立に扱われる.

3. 全ての相関関数は,系の全エネルギー変分計算により最適化される.

TOAMDではハミルトニアンと相関関数の多重積が出現し,それをクラスター展開法で扱う.クラスター展開のため,核力は2体力でも,扱う演算子は2体以上の多体となり質量数までの多体項が生じる.TOAMDでは,相関関数の冪級数から生じる全ての多体項を取り入れることでエネルギー変分原理が保持される.相関関数は複数個のガウス関数で展開され,その展開係数を全系のエネルギー固有値問題を解いて決定するため,相関関数の形状に先見的な要素は入らない.したがって,用意した全ての相関関数が求めた原子核の各状態ごとに独立に最適化される.これらの効果により,TOAMDは軽い原子核の精密計算のエネルギーを再現することが示された.

TOAMDは基盤が完成しその有効性が示された.発展性のある方法であり,今後はより質量数の大きな原子核への適用,核力に基づくクラスター状態の理解,および核力のなかでも3体核力の効果を検証する方法として適用していくことが考えられる.

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