炭素の二次元結晶であるグラフェンで「質量のない(massless)」二次元ディラック電子系が2005年に実証され,これを表す模型に交番磁束やスピン軌道結合(SOC)を導入することで,二次元チャーン絶縁体(CI)や二次元トポロジカル絶縁体(TI)が理論的に発見された.これらの成果を契機として,二次元物質や固体中ディラック電子,トポロジカル絶縁体・半金属といった新概念に関する実験的・理論的研究が爆発的に発展して現在に至っている.確立したと思われていたバンド物理に,このような飛躍的発展の余地が残されていたことは驚くべきことである.
導電性の分子性結晶である有機導体において,ディラック物性やトポロジカル物性を実現することは困難であると考えられてきた.結晶対称性が低く,バンド幅が狭く,SOCが小さい有機導体では,バンドの交差や反転が生じにくいと考えられるためである.しかし2006年にグラフェンに次いで固体中で2番目となる二次元masslessディラック電子系が,α型有機導体α-(ET)2I3(ETはBEDT-TTFの略称,αは結晶構造の指標)で発見された.本系の研究は,当初は有機導体分野の中で独自に進展していたが,近年α-(ET)2I3や類縁物質α-(BETS)2I3において,二次元物質や無機三次元トポロジカル系と共通する種々の現象が観測され,分野を超えた一般的視点から研究されるようになってきた.ここではその例を紹介する.
α型有機導体はバルク層状結晶であるが,理論研究では通常,層間結合を無視して二次元系として扱われる.強束縛模型により,傾斜した線形分散を持つ二次元masslessディラック電子系が再現される.これは高圧下のα-(ET)2I3に対応する.また面内SOCを導入すると二次元TI相となり,常圧下のα-(BETS)2I3に対応すると考えられる.
二次元masslessディラック電子系は,磁場中で離散的ランダウ準位に量子化されるが,スピンとバレー(波数空間内のディラック点位置)について縮退した最低次ランダウ準位が常にディラック点に現れるという顕著な特徴を持つ.この性質は指数 ± 2, ± 6, ± 10, ...の量子ホール効果を導く.グラフェンでは,縮退が解けた指数0や±1の量子ホール効果も加えて観測され,その機構と電子状態が議論されてきた.α型有機導体においても,指数1の量子ホール効果が観測されたが,これは交換相互作用による最低次ランダウ準位の自発的バレー分裂に起因する量子ホール状態で,そこでは空間反転対称性が破れ,電荷・スピン密度の空間変調が生ずると理解されている.
二次元系として振舞うバルク層状結晶では,層間結合が温度に対して無視できなくなる低温領域において,三次元系の性質が顕在化する.α型有機導体では,α-(ET)2I3において低温で三次元ディラック半金属またはワイル半金属を示唆する磁気伝導現象が観測され,α-(BETS)2I3では「強いTI」を示唆する全表面伝導が報告されており,単純な層間結合に基づく予測を覆した.I3-イオン電場による層間SOCを考慮すると,α-(ET)2I3はディラック半金属となって実験結果を説明できる一方,α-(BETS)2I3は「弱いTI」となり,実験結果の説明には何らかのトポロジカル転移が必要になる.
α型有機導体は,単一物質系で多様なトポロジカル相や伝導現象を実現できる系であり,トポロジカル物性を探求する上で有用なプラットフォームであるといえる.
量子コンピュータを自由に使えるとしたら,皆さんは何がしたいだろう?場の理論の非摂動的解析や物性理解のためのエネルギーレベル計算,あるいは暗号鍵の解読,夢は広がる.
この原稿を書いている私たちの夢は,量子コンピュータを使って暗黒物質を発見することである.そう聞いて,量子コンピュータと暗黒物質という一見関連の薄いテーマがどのように結びつくのか,疑問に思う方も多いであろう.ここでは,その疑問に答えつつ,「量子コンピュータを使って暗黒物質を見つける」とは具体的にどういうことなのか,その背景や着想とともに解説していこうと思う.
量子計算を行うには,量子2準位系である量子ビットを実現し,そこに様々な量子操作(ゲート操作)を施す必要がある.多くの量子ビットに関して,これらの操作は電磁波(マイクロ波)を作用させることで実現される.これは,量子ビットが電磁波に対して非常に高い感度を持っており,同時に高感度な量子センサーとしても機能することを意味している.この特性を活かし,未発見の暗黒物質の検出を目指すことが,本稿の主題となる.
現在の素粒子・宇宙分野の大きな問題のひとつに,暗黒物質の存在が挙げられる.暗黒物質は宇宙のエネルギー密度の約26%を占める「物質」であり,様々な天文・宇宙的観測からその存在が確認されている.しかし,その素粒子的性質に目を向けた時,まず強調されるべきことは「暗黒物質は素粒子標準模型に含まれる粒子ではありえない」ということである.すなわち,暗黒物質がどのような粒子あるいは場であるかについて,我々は何も知らない.そのような未知の粒子(あるいは場)である暗黒物質を直接的に検出するべく,世界中で様々な探査実験が進められている.しかし熾烈な努力と競争にもかかわらず,未だ暗黒物質の直接検出には成功していない.
近年,電磁場に対して極めて高い感度を持つ超伝導量子ビットを暗黒物質探査に応用するという提案がなされた.ある種の暗黒物質は,質量を持った電磁場のように振る舞い,非常に微弱な電磁場を発生させる.そして,この暗黒物質由来の電磁場により,超伝導量子ビットの励起が起こり得る.超伝導量子ビットについて,暗黒物質による励起確率を見積もってみると,暗黒物質の相互作用の弱さにもかかわらず,検出可能なレベルに達する可能性があることがわかる.このことは,超伝導量子ビットを活用した暗黒物質探査実験の実施を強く後押しするものである.
そして現在,超伝導量子ビット励起を暗黒物質探査実験に利用する機運が高まりつつある.私たちは,超伝導量子ビットを用いた暗黒物質探査実験(DarQ-Direct実験)を始動させた.この実験により,従来の手法ではアクセスできなかった暗黒物質に関して,新たな知見が得られると期待されている.さらに,中長期的には,量子ビットの量子性を最大限に活用した暗黒物質検出シグナルの量子的な増幅も視野に入れている.そのようなシグナル増幅を実現するためには,量子ビットに多様な量子ゲート操作を施すことが必要であり,それはまさに量子コンピュータによる暗黒物質探査と言えるであろう.
以上の議論は,暗黒物質のみならず,標準模型を超える素粒子物理学の探究においても,量子技術が有用であることを示唆している.量子技術を積極的に導入することで,素粒子物理学はさらに大きな発展が期待できるのである.
電子はスピンに由来する磁気モーメントを持ち,磁気モーメントが平行に整列した強磁性体では,その総和として磁化が生じる.磁気モーメントは円電流と等価であり,時間反転操作を行うと電流の向きが反転するため,磁気モーメントの向きも反転する.このため,磁化が生じている状態では巨視的に時間反転対称性が破れ,状態の区別が可能である.現行の磁気記憶素子では,磁化の上向き・下向きの2状態を用いて情報を保持している.
時間反転対称性の破れは,電子の輸送現象にも特徴的な応答をもたらす.その代表例として,電流に直交した方向に電圧が生じるホール効果が挙げられる.外部磁場中で運動する電子はローレンツ力を受け,磁場に比例したホール電圧を生じる(正常ホール効果).一方,強磁性体では外部磁場がなくても磁化に比例したホール電圧が現れる.これは異常ホール効果と呼ばれ,磁化の向きに応じて符号が反転するため,磁気情報の電気的読み出しにも利用できる.
これに対し,隣り合う磁気モーメントが逆向きに整列する反強磁性体では,時間反転操作と並進操作の組み合わせにより2つのスピン状態が一致する.その結果,巨視的には時間反転対称性が保たれるため,強磁性体のような情報保持の機能は期待できず,磁化を持たないことから異常ホール効果は観測されないと考えられてきた.しかし近年,特殊なスピン配列を持つ反強磁性体では巨視的な時間反転対称性が破れ,外部磁場や磁化がなくてもホール効果を生じ得ることが指摘されている.
磁化に比例しないホール効果の例として,スピンが非共面配置をとる場合に現れる「トポロジカルホール効果」が挙げられる.伝導電子はスピン構造中を運動する際にBerry位相を獲得し,あたかも磁場が存在するかのような効果を受け,運動が横方向に曲げられてホール電圧が生じる.この効果はこれまで,パイロクロア格子(正四面体が頂点共有して3次元的に連結した結晶格子)を持つ磁性体や,磁気スキルミオンを示す物質など,主として強磁性的相互作用を持つ系で観測されてきた.したがって,「磁化を持たない反強磁性体で,強磁性体と同等の大きさのトポロジカルホール効果を実現できるのか」という問題は,実験的に十分検証されていなかった.
本稿では,その例として反強磁性体CoM3S6(M = Ta, Nb)におけるトポロジカルホール効果を取り上げる.この系では,層状van der Waals物質であるMS2の層間にCo磁性イオンが挿入され,Coスピンが三角格子を形成する.我々は,Coスピンが非共面配置をとり,巨視的に時間反転対称性が破れていることを見出した.この物質は大きな磁化を持たないにもかかわらず,強磁性体に匹敵する大きさのホール効果が無磁場で観測されている.この現象は,スピン配置の幾何学的性質に由来する仮想磁場によるトポロジカルホール効果として理解される.
このような系では,ホール効果に加えて磁気光学効果やネルンスト効果など多様な応答がスピン配置の幾何学的性質に由来して生じることがわかってきている.また,磁化が小さいことは応用上の利点にもなり得る.漏れ磁場が小さいため素子の高集積化が可能であり,磁気的外乱に対する高い耐性も期待される.非共面な磁気構造に由来するトポロジカルホール効果は,磁化を必要とせずに大きなホール応答や仮想磁場を実現する新しい機構として活用できることが期待され,本物質はその重要な研究舞台を与える.
結晶の対称性は,固体中の電子が示す量子現象を決定づける最も基本的な要素である.特に超伝導においては,結晶構造の空間反転対称性が,超伝導波動関数の性質を分類する基準となってきた.空間反転対称性がある系では,波動関数の偶奇性(パリティ)が良い量子数となる.その結果,超伝導対は「偶パリティ・スピン一重項」または「奇パリティ・スピン三重項」のいずれかに分類される.ほとんどの超伝導体は前者に分類される一方,近年ウラン化合物などでスピン三重項超伝導の実現が議論されている.これに対して,結晶全体として空間反転対称性がない系では,2つの状態は分離できず,パリティ混成状態になる.
近年,この教科書的な枠組みに収まらない新しい超伝導状態が理論的に提案され,大きな注目を集めている.その舞台は,結晶全体では空間反転対称性を保ちつつ,超伝導を担っている原子位置では局所的に反転対称性が破れている系である.このような系では副格子の自由度によって,従来の枠組みでは不可能だった「奇パリティ・スピン一重項」というエキゾチックな超伝導状態が許容されることが理論提案された.理論によれば,この状態はスピン一重項でありながら,奇パリティであることから,スピン三重項超伝導のように,パウリ対破壊効果が抑制され,磁場に対して極めて強固な性質を持つと予測されている.そのため,低磁場では偶パリティ・スピン一重項状態であったものが,高磁場で奇パリティ・スピン一重項状態に転移する「超伝導パリティ転移」が予言された.
最近,理論的な予言にとどまっていたこの特異な超伝導状態が,CeRh2As2において実現していることが実験的に示された.この物質は,超伝導転移温度が極めて低いにもかかわらず,その50倍以上のエネルギーに相当する極めて高い磁場を印加しても超伝導が壊れないという常識外れの性質を示す.さらに,磁場中で超伝導相が別の超伝導相へ切り替わる多重超伝導転移が観測された.得られた相図は理論予測と酷似しており,高磁場相で「奇パリティ・スピン一重項」が実現している可能性が高い.
我々はこの多重超伝導相の起源を解明するため,核磁気共鳴(NMR)および核四重極共鳴(NQR)測定を行った.NMRは物質内の微小な内部磁場の変化を高精度に捉える手法であり,特に超伝導に対しては,超伝導対のスピン状態を直接決定できる.5 TまでのNMR測定の結果,低磁場と高磁場の2つの超伝導相はともにスピン磁化率が減少するスピン一重項であることを明らかにした.これはCeRh2As2において超伝導パリティ転移を実験的に示唆する結果である.さらに,Ceを含まない参照物質LaRh2As2が通常のs波超伝導であることを確認し,CeRh2As2の新奇な超伝導発現には局所的な空間反転対称性の破れに加え,f電子による強い電子相関も重要であることも示した.
CeRh2As2には,超伝導パリティ転移以外にも興味深い秩序相が存在する.超伝導転移温度の直上には,未だ詳細が不明な秩序相(Phase I)が存在している.また,超伝導転移温度より低温で,反強磁性転移があることも発見されている.この物質は,副格子の自由度と電子相関が合わさることで現れる,多彩な秩序相の交差点に位置していると言える.局所的な対称性の破れがもたらす新奇物性には未解明な課題も多く,多重自由度が織りなす量子現象の全貌解明に向けた,今後のさらなる実験的アプローチの展開が期待される.