日本物理学会誌
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巻頭言
目次
交流
  • 西奈美 卓, 白木 賢太郎
    原稿種別: 交流
    2020 年 75 巻 4 号 p. 192-200
    発行日: 2020/04/05
    公開日: 2020/09/14
    ジャーナル 認証あり

    プリオンは遺伝情報をもたずに感染するタンパク質のことをいう.プリオン病は18世紀には文献として確認されていた疾患である.当時,ヒツジの個体間で感染する神経変性疾患として確認されていた.この疾患は脳組織に海綿状の異常がみられるため,伝達性海綿状脳症(TSE)と総称されていた.20世紀の半ば,放射線生物学者のTikvah Alperらは,核酸を損傷させることができる放射線をもちいてTSEに照射したところ,TSEに耐性があったことから感染因子が核酸ではない可能性を疑っていた.1982年になり,Stanley Prusinerらは,核酸を特異的に壊す5つの処理とタンパク質を不活性化する処理による結果を比較することで,TSEは核酸をもたずに感染するという仮説を発表した.タンパク質の立体構造の変化が感染するという“タンパク質単独仮説”である.この感染因子は,核酸をもつウイルスやプラスミド,ウイロイドなどと区別するためにプリオン(proteinaceous infectious particles)と名付けられた.しかし,プリオンの概念は,“核酸を介して情報を伝達する”という分子生物学のセントラルドグマに反するほか,“タンパク質の天然構造はそのアミノ酸配列にしたがって熱力学的に最も安定な構造をとる”という,アンフィンセンのドグマにも従わず,長いあいだ科学の世界に受け入れられなかった.

    プリオンの概念が大きく進歩したのは,1994年の酵母プリオンUre2やSup35の発見であった.出芽酵母S. cerevisiaeでは,メンデルの法則にしたがわない奇妙な遺伝現象が知られていた.Reed Wicknerらは,その現象が哺乳類プリオンの概念で説明ができるのではないかと提唱したのである.その後,いくつかの研究グループによって,Sup35の構造変化が酵母の表現型を変化させることが証明されていった.酵母プリオンは感染の評価が速やかにでき,また,ヒトへの感染も起こらないため,扱いやすい研究モデルになった.そして,酵母には他にもプリオンがあること,原核生物であるボツリヌス菌もプリオンをもつことなどがわかっていった.

    このようにして,プリオンの概念は,原核生物から真核生物まで進化的に保存されていることが明らかとなったのである.その間にも,プリオンに似た機構で神経変性疾患を引き起こすプリオン様タンパク質の発見や,概念としてのプリオンに迫るアミロイドの研究が著しく発展した.しかし,疾患に関わる可能性のあるプリオンの現象が,なぜ多様な生物種にわたり進化的に保存されているのだろうか?

    最近の相分離生物学の台頭によって,プリオンの存在理由をうまく説明できる仮説が登場している.何億年も前に別の種に分かれた出芽酵母S. cerevisiaeと分裂酵母S. pombeのどちらにも保存されてきたプリオンタンパク質として,Sup35がある.Sup35は翻訳を終結させる働きがある.酵母が飢餓状態に陥ると細胞内が酸性になるが,そのときSup35は不可逆な凝集体の形成を防ぐために液–液相分離して液滴を形成することがわかった.つまり,Sup35のアミロイドを形成してプリオンを引き起こす領域は,同時に,液滴を形成して細胞の飢餓ストレスに応答するために働いていたのである.このように,タンパク質の溶液物性に還元して生命現象を理解するのが相分離生物学の見方である.

解説
  • 小澤 知己
    原稿種別: 解説
    2020 年 75 巻 4 号 p. 201-209
    発行日: 2020/04/05
    公開日: 2020/09/14
    ジャーナル 認証あり

    近年,冷却原子系をはじめとした人工量子系での量子シミュレーションに「人工次元」というアイデアが登場し,その研究が急速に進んでいる.人工次元とは,粒子の内部自由度などの非空間的自由度を有効的に空間とみなして実際の空間次元よりも高次元の模型をシミュレートする方法である.ある自由度を人工次元として用いるには,その方向に粒子が動けるようにしなければならない.逆に,非空間的な自由度であっても,その方向に粒子が(自由に)動けるのであれば,その方向は次元とみなすことができる.これが人工次元の基本的な考え方である.

    人工次元のアイデアは2014年に冷却原子系において提出された.冷却原子系を用いた量子シミュレーションの近年の課題の一つが,電気的に中性の原子を用いてどのように磁場中の荷電粒子の動きをシミュレートするのか,である.特に,量子ホール効果などのトポロジカルな現象をシミュレートするには磁場中の荷電粒子の物理をうまく再現できなければならない.人工次元に関する2014年の提案はスピン空間を次元として用いる方法で,実空間とスピン空間で張られる2次元空間で磁場の効果をうまくシミュレートできることが示された.翌年に実現した実験では人工次元を用いてトポロジカル・エッジ状態を観測することに成功している.それ以来,人工次元は冷却原子系でトポロジカル物性を調べる重要な手段として急速に研究が進んでいる.スピン状態だけではなく,運動量空間上の仮想的な格子や調和振動子型ポテンシャル中のエネルギー固有状態などさまざまな非空間的自由度を人工次元として用いる方法が検討されている.また,粒子間相互作用を考慮した多体物性の観点からは,人工次元方向への粒子間相互作用は通常非常に長距離の奇妙な形をしており,特定の多体相を実現するにはどうすればよいのか,また,人工次元特有の相互作用のもとでどのような特徴的な多体相が実現できるのかという問題が活発に議論されている.

    冷却原子系を超えて,人工次元はフォトニクスにおいても研究が活発に行われている.フォトンは中性であることから,冷却原子系と同様に磁場中の荷電粒子の効果をシミュレートするのは非自明で,人工次元はフォトンを用いてトポロジカル物性の研究を行うための貴重な手段を与える.特に,フォトニクスにおいてはトポロジカル・エッジ状態などのトポロジカルな現象を実用的なデバイスの作成(例えば,光が一方向にしか流れないデバイスである光アイソレータなど)につなげる方向に強い興味が向いている.

    人工次元は,量子シミュレーションに新しい可能性を与える.従来の方法ではシミュレーションの難しかった模型も,人工次元を用いた実現可能性を探ることができるようになった.例えば,我々の住む3次元空間において4次元以上の模型を実験的に実現する可能性もでてきており,物性物理の研究の新たな方向性を示唆している.現在のところ,人工次元の研究は冷却原子系やフォトニクスなど原子・分子・光物理の系がメインだが,人工次元のアイデア自体は一般的なものであり,固体電子系など他の分野への適用も今後期待される.

最近の研究から
  • 深谷 英則, 大野木 哲也, 山口 哲
    原稿種別: 最近の研究から
    2020 年 75 巻 4 号 p. 210-214
    発行日: 2020/04/05
    公開日: 2020/09/14
    ジャーナル 認証あり

    Atiyah–Patodi–Singer(APS)の指数定理は,境界のある多様体上の数学の定理である.こう書くと難しそうで拒否反応を示す読者もいるかもしれないが,もともと指数定理は物理学を起源としていて,実際,電子と電磁場の性質を関係づけるものである.4次元で平坦な時空を考え,電場E,磁場BとしてAPS指数定理を書き下すと,

    となる.ここで,左辺のn±は電子の満たすDirac方程式でカイラリティ(運動方向に対するスピン演算子)という性質が±1の解の個数を表す.右辺のcは次元だけで決まる定数,第二項はη不変量とよばれ,境界面Yに伝導電子が現れたとき,そのDirac演算子の正の固有値と負の固有値の差を表す量である.

    したがって,APS定理は電磁場の情報(を時空間で積分したもの)と,電子の全体のDirac方程式の解の個数,および境界上に現れる電子の情報の三つの物理量を結びつけるものである.さらに,この定理の右辺第一項は,絶縁体の内部(バルク)の重い電子の有効作用と考えられ,表面(エッジ)の伝導電子の時間反転対称性の量子異常の相殺を説明する.すなわち,APS定理の第一項(バルク電子の寄与)がゼロでない場合,それに応じて必ず第二項の起源となる境界上の伝導電子(エッジ電子)が現れなければならず,合計が整数になるという性質が,系全体での時間反転対称性を保証する.この性質は,近年注目されているトポロジカル絶縁体の性質と一致する.トポロジカル絶縁体とは,内部で電子がギャップを持ち,絶縁体としてふるまうが,表面ではギャップが閉じてよい伝導性を示す特殊な物質である.上記で示したAPS指数定理の性質は,量子異常の相殺を通じて,トポロジカル絶縁体のバルクエッジ対応を説明する,その数学的保証を与える.このことから,近年,素粒子論,物性理論の研究で注目されている.

    しかし,APS定理のオリジナル論文は難解で,しかも物理的に実現されるとは考えられない非局所的な境界条件をフェルミオン場に課すことで定理を導いている.

    2017年,私たちは素粒子論でよく知られた手法を使って,APS指数定理と同じ結果を与える新しい定式化を見出した.非局所的境界条件を必要とせず,ドメインウォールフェルミオンとよばれる,トポロジカル絶縁体のよい模型となる演算子を用い,APSと同じ結果を与える物理量を定式化した.この新しい定式化は計算もより簡単なので,「物理屋でもわかるAPS指数定理」として発表した.

    この研究は数学者からも大きな反響を呼び,指数定理の専門家である古田幹雄氏,松尾信一郎氏,山下真由子氏が加わり,物理,数学の分野をまたがる共同研究へと発展した.その結果,「任意のAPS指数に対し,それと同じ結果を与えるドメインウォールフェルミオンの演算子が存在する」ことの数学的証明を与えることができた.

    この証明ではさらに1次元高い時空の指数定理を異なる2つの方法で評価,それぞれがオリジナルのAPS指数および私たちの新しい定式化と一致することで示された.この結果は任意の偶数次元,任意のリーマン計量を持つ多様体上でのAPS指数について成り立つものである.

  • 末松 J.信彦, 池田 幸太, 西森 拓
    原稿種別: 最近の研究から
    2020 年 75 巻 4 号 p. 215-220
    発行日: 2020/04/05
    公開日: 2020/09/14
    ジャーナル 認証あり

    リズム現象は生物システムで広く認められる特徴的な現象のひとつである.細胞単体レベルで認められるものから,細胞や微生物の集団に現れるものまで,様々なリズム現象が知られている.集団に現れるリズム現象の中には,細胞密度がある一定以上になるとはじめて現れるものもある.例えばイースト菌では,細胞密度が高くなると細胞間の相互作用分子の濃度が増加し,それがある臨界値を超えると,培養液内の平均的な酸素濃度が時間周期的に振動する.このような細胞密度の増加に伴うリズム現象の発現は,振動子集団の同期現象による転移(蔵本転移),またはクオラムセンシングにより個々の細胞の状態が定常から振動へと分岐することとして理解されている.

    このような数密度の増加に伴い現れるリズム現象が,近年,無生物の自己駆動粒子の系で発見された.自己駆動粒子に現れる集団運動の研究は,Vicsekらによって報告された非常に単純なモデルを皮切りに,主に数値的,理論解析的に行われてきた.そこでは,数密度の増加に伴い,時空間的な疎密パターンが自発的に形成される.このような理論的な研究が進められる一方で,単純な物理化学系で構築された自己駆動粒子も数多く報告されている.ここでは,最も単純な自己駆動粒子の一つである「しょうのう(樟脳)粒」に着目し,その集団に現れる挙動について紹介する.

    しょうのうは防虫剤としてよく使われていた身近な物質であり,近年でも着物などの保存に用いられている.このしょうのうの粒を水面に浮かべると,しょうのう分子が粒から水面に展開し,粒の周辺の表面張力を低下させる.このとき,わずかに生じるゆらぎによって空間対称性が破られると,しょうのう濃度場と粒の運動の結合によって正のフィードバック機構が働き,ゆらぎが増幅して粒の定常的な運動を生み出す.この運動の駆動力は,粒の周囲に働く表面張力の不均一性によって生み出される.つまり,運動している粒の前方(運動方向)はしょうのう濃度が低く,後方よりも表面張力が高くなるために表面張力差が生まれ,粒は定常的に駆動される.そのため,例えば界面活性剤を加えて水相全体の表面張力を低くすると,粒の前後に働く表面張力の差が小さくなり,やがて駆動力が摩擦力を下回って停止する.

    我々は界面活性剤を加える代わりに,しょうのう粒の数を増やす実験を行った.複数のしょうのう粒を浮かべると,水相全体の表面張力が低下するため,界面活性剤を加えた場合と同様に,定常的な運動から停止への分岐が期待される.ところが,数密度を分岐パラメータにすると,低い数密度で現れる定常的な運動と,高い数密度で現れる停止の他に,中間的な数密度で運動と停止を繰り返す間欠的な振動運動が現れた.

    従来のしょうのう粒の数理モデルは,水面におけるしょうのう濃度と粒の運動から構成される.このモデルは粒の定常的な運動から停止への分岐をよく説明できるが,間欠的な振動運動を説明することは難しい.そこで我々は,新たに水中のしょうのう濃度を考慮した数理モデルを提案した.このモデルを縮約すると,場の平均的なしょうのう濃度と運動する速さを変数とした2変数常微分方程式が導かれる.この方程式を数値的に解析することで,間欠的な振動運動および実験で得られた相図が再現された.

    このように,環境の濃度場を介した相互作用によるリズム現象の発現は,細胞集団から自己駆動粒子の集団まで幅広い系に現れる普遍的な仕組みである.

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