日本物理学会誌
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ランダムの中に見る秩序―パーシステントホモロジーとその応用―
平岡 裕章西浦 廉政
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2017 年 72 巻 9 号 p. 632-640

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抄録

位相的データ解析と呼ばれるデータ解析の概念が近年注目を集めている.そこでは「データの形」に着目したデータ構造の新たな記述子が開発されており,その中でもパーシステントホモロジーは諸科学・産業界に現れるデータ駆動型の多くの問題へ適用されはじめている.その応用範囲は材料科学,脳科学,生命科学,社会科学,金融など多岐にわたり,方法論としての強力さと普遍性がうかがえる.

このパーシステントホモロジーであるが,名前からも想像がつくように,ホモロジーと呼ばれる古典的な数学概念のある種の拡張として定式化される.まずホモロジーとは端的に述べると,入力データ(空間点配置,画像,図形等)の穴の数を計測する道具である.これにより入力データに対して穴に着目した大雑把な特徴づけを与えることができる.このような穴に着目したデータ解析のアイディアは,今世紀に始まった計算ホモロジープロジェクト(計算機を使ったホモロジーの高速計算アルゴリズム開発)の推進と共に,徐々に重要視されはじめることになる.しかしながらホモロジーでは穴の大きさや形について扱うことができず,実際の応用では情報を落としすぎている状況が多々あった.このような難点に対して,パーシステントホモロジーでは入力データを解像度付きのマルチスケール解析ができるように拡張されており,これにより穴の形や大きさなどの定量的な性質を調べることが可能になった.

本稿ではホモロジーやパーシステントホモロジーについて予備知識をあまり仮定せずに解説を試みる.まず初めに,入力データのトポロジー情報をうまく反映した解像度付き単体複体モデルであるCěch複体を紹介する.その後に,幾つかの具体的な計算例と共にホモロジーについての解説を与える.その際,単体複体の包含関係から定まるホモロジー間の線形写像についても紹介し,そこで扱う例はパーシステントホモロジーへの自然な橋渡しになっている.パーシステントホモロジーの定義には幾つかの方法があるが,ここではホモロジーとそれらの間の線形写像を一列に並べた代数的対象(正確にはAn型クイーバーの表現)として導入している.パーシステント図などの基本的な概念の紹介の後に,発展的話題として時間発展問題への拡張についても,簡単にではあるが解説を加えた.

以上の数学的な話題に続けて,後半ではホモロジーやパーシステントホモロジーの材料科学への応用について幾つかの研究事例を紹介する.ここで扱う題材はシリカガラスおよびブロック共重合体の構造解析である.まずシリカガラスについては,パーシステントホモロジーやそれらに対する統計・逆問題的手法を用いることで,ガラス状態の原子配置構造の新たな特徴づけを与える試みを紹介する.一方ブロック共重合体については,ホモロジーを用いた複雑形態の分類についてまず議論をし,さらにそれらの時間発展を追うことで,遷移的なモルフォロジーの特徴づけや粗視化過程のスケール則などを導く.

パーシステントホモロジーを用いて,一見ランダムに見える系に潜む秩序を抽出する様子が本稿を通じて伝われば幸いである.

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