日本物理学会誌
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解説
重力波観測による究極理論探査
小玉 英雄吉野 裕高
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2018 年 73 巻 11 号 p. 752-761

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抄録

すべての自然現象を統一的に記述する究極理論の構築は,理論物理学者の夢である.その実現における最大の難関は,重力理論と量子論を整合的に融合した量子重力理論をつくることである.この難関を摂動論レベルで克服したのが,超弦理論である.超弦理論は,また,他の量子重力理論候補と異なり,重力を含むすべての相互作用と物質が有機的に結合して理論の整合性を生み出していて,真の統一理論といえる.しかし,超弦理論が究極理論の候補となるには,まず,なんと言っても,低エネルギーでの有効理論として我々の知る自然の基本法則を再現することが必要である.

Minkowski時空を真空解としてもつことと量子論の無矛盾性を要請すると,超弦理論は10次元時空の理論となる.我々の住む宇宙は4次元に見えるので,まず,4次元と10次元の関係を説明しないといけない.その方法として最もポピュラーなものは,余分な次元が小さく縮んでしまい,低エネルギーの状態では見えなくなるとするコンパクト化という方法である.整合的な10次元超弦理論として,これまでにヘテロ型,IIA型,IIB型など複数の理論が作られており,コンパクト化の詳細は理論ごとに異なるが,一般的には,余剰次元を担う多様体の構造,背景場の配位,ひもの高次元的な拡張であるブレーンの数や配置により指定される.これまでに数億のコンパクト化が計算機の力を借りてチェックされ,ゲージ群やフェルミ粒子の種類・世代数が標準模型と一致するものが発見されているが,未だ,ゲージ結合係数の値,湯川結合の構造と値などすべての点で標準模型を再現するものは見つかっていない.可能なモデルは,例えばIIA型理論だけでも1015個も存在し,そのすべてを計算機で調べ尽くすのは現状では不可能である.また,加速器実験などの地上実験により新たな情報を得る可能性も現状では難しい.

このような状況で,コンパクト化の構造を探る新たなアプローチとして注目されているのが,隠れたセクターが引き起こす宇宙現象を用いる方法である.超弦理論に共通に含まれるフォーム場と呼ばれる一般化された10次元ゲージ場は,コンパクト化により,アクシオンと呼ばれる4次元擬スカラー場を生み出す.その種類は余剰次元の位相構造が複雑になるほど多くなる.また,その相互作用強度や質量は,余剰次元サイズやブレーン配位についての情報を担っている.

アクシオンの質量maは,10-10 eV以下の範囲でlog maでみて広く分布していることが期待されるが,これらの微小質量アクシオンは,コンプトン波長が宇宙スケールとなるため,様々な宇宙現象を引き起こす.とくに,ma=10-10~10-20 eVの範囲にあるアクシオン場は,太陽の1~1010倍の質量をもつ回転ブラックホールの近傍で不安定となり,ゼロ点振動を種として,ブラックホールの周りにアクシオンの雲を形成する.これらの雲は,回転により定常的に重力波を放出すると共に,非線形相互作用によりしばしばバースト的重力波を放出する.我々の銀河内ないし近傍の銀河でこの現象が起きれば,現在稼働中の重力波干渉計や将来の衛星を用いた重力波干渉計で検出可能であり,重力波観測により超弦理論コンパクト化を探る道が開かれる.

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