日本物理学会誌
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最近の研究から
特異点のない宇宙とその不安定性
小林 努
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2018 年 73 巻 4 号 p. 221-226

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抄録

初期宇宙にインフレーションと呼ばれる加速膨張期があったとするシナリオは,現在最もメジャーで広く受け入れられているシナリオである.標準ビッグバン宇宙モデルにあった地平線問題や平坦性問題などの初期条件の微調整に関する問題を自然に解決する上に,宇宙マイクロ波背景放射の異方性や大規模構造の種となる原始密度揺らぎを生成することもできる.適切なモデルを選べば,予言される揺らぎのスペクトルは観測と整合的である.

ほぼ完璧なシナリオにも思えるインフレーションであるが,初期特異点の問題など幾分conceptualな問題も抱えている.このような問題に動機付けられて,特異点のない代替シナリオとしてさまざまなものが提唱され研究されている.

これら代替シナリオは,エネルギーの正値性に関する条件を破るような特殊なスカラー場などを用いて実現されており,そもそも解が摂動に対し明らかに不安定であるなど,かえって深刻な問題を露呈しているものが大半であった.一方,近年,拡張された重力理論の研究が深まる中で,エネルギー条件を破っているにも関わらず安定な宇宙論解が原理的には構築可能であることが判明し,既存のモデルにあった問題点を解決する望みのある,特異点のない新たな宇宙モデルも考案されている.

しかしながら,きわめて広いクラスの重力理論で特異点のない宇宙はやはり不安定であることが示される.

「ホルンデスキ理論」という拡張された重力理論が,特異点のないシナリオの近年の進展に大きな寄与をしている.ホルンデスキ理論とは,スカラー場と重力(計量テンソル)からなり,運動方程式が2階になる最も一般的な理論である.運動方程式が2階という条件により,高階微分項に起因するゴースト(オストログラドスキーゴースト)の問題を自明に回避することができている.インフレーションにしても特異点のない代替モデルにしても(あるいは現在の宇宙を加速膨張させているダークエネルギーのモデルにしても),基本的にスカラー場と重力で記述される系であり,ホルンデスキ理論はそのような宇宙論を包括的に研究する強力な枠組みを与えてくれる.

線形摂動に対する安定性の条件にもとづく簡単な計算と考察から,ホルンデスキ理論のもとで(平坦な3次元空間をもつ)特異点のないすべての宇宙論解が不安定であることが明らかになった.今回示されたこの結果は,相互作用する複数のスカラー場を含む場合にも拡張することができる.複数のスカラー場と重力からなり運動方程式が2階になる最も一般的な理論(ホルンデスキ理論の複数スカラー場への拡張)は知られてはいないが,今回得られた結果により,特異点のない宇宙はかなり一般的に不安定であるといってよいであろう.

運動方程式に高階微分項が現れることを許容しつつも,ゴーストの問題を回避するようにホルンデスキ理論を拡張する,という方向性の研究が,最近の重力理論研究のトレンドのひとつになっている.この方針のもとで新しく発見された理論の一部については,特異点のない安定な宇宙論解が実際に存在する.(平坦な3次元空間をもつ)特異点のない安定な宇宙論解を作るためには,このような手の込んだ方法に頼る必要がある.

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