日本物理学会誌
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解説
シグマハイパー核はどこまでわかったか?―原子,原子核,中性子星で紐解くΣ粒子の謎
原田 融
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2018 年 73 巻 8 号 p. 542-550

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抄録

ハイパー核は,核子とハイペロンから構成されるバリオン量子多体系である.ハイペロンは“奇妙さ(ストレンジネス)”の量子数を持ち,核子との間でパウリ排他律が働かないので,原子核の深部まで入り込むことができる.そのため,原子核の深部の性質や構成する粒子間に働くバリオン間相互作用を解明するなどの探針(プローブ)になる.また原子核に“奇妙さ”という不純物を加えることによって,原子核の存在形態や集団運動の新たな様相を研究することも可能である.ハイパー核は,加速器で人工的につくられたK中間子やπ±中間子のビームを標的の原子核に入射して生成することができる.現在,東海村の大強度陽子加速器施設(J-PARC)などで精密な実験が盛んに行われており,ハイパー核の生成から崩壊に至るまでの研究が精力的に進められている.

一方,中性子星内部にはハイペロンなどのストレンジネスを持つ粒子が混在していると考えられている.すなわち中性子星は巨大なハイパー核である.近年,高密度核物質中でのハイペロンの混在やその相互作用の性質が中性子星の内部構造にどのような影響を与えるのかが議論されている.特にΣ粒子は負電荷を持つため,相互作用の性質によってはΛ粒子よりも混在しやすい可能性がある.Σ粒子と原子核の間の相互作用の理解はどこまで進んでいるのであろうか?

1982年に9Be(K, π)反応の実験によって9Σ Beの狭い幅のピークが発見されて以来,Σハイパー核の研究は「狭い幅の問題」や「束縛状態の存否の問題」に悩まされてきたが,実験と理論の協力のもと,これらの問題を解決してきた.Σ粒–原子核間の相互作用については,Σ原子のX線データから得られるΣ原子準位のエネルギーシフトからポテンシャルの強さはVΣ≃-27 MeV(引力)であることが示唆され,(π, K反応を用いた中重核のΣハイパー核の生成実験からVΣ≃20–30 MeV(反発力,斥力)であることが示唆された.いまだにΣハイパー核の束縛状態は4Σ Heの一例しか発見されていないが,最近の研究の進展によって,こうした原子から軽い核,中重核までの謎を紐解くΣ粒子のポテンシャルの性質が解明されつつある.さらにΣハイパー核の理解が進めば,よくわかっていないΣ N相互作用や核物質中のΣ粒子の振る舞いについての貴重な情報が得られると期待される.

最近,太陽質量の2倍におよぶ大質量の中性子星が発見され,ハイパー核研究者に大きな衝撃を与えた.中性子星内部にハイペロンが混在してくると,中性子星物質の状態方程式が“軟らかく”なってしまい,太陽質量の2倍の中性子星は支えられずにつぶれてブラックホールになる.この深刻な問題を解き明かすためには,高密度核物質でのハイペロンを含む核力(バリオン間相互作用)やバリオン3体力などの理解が不可欠である.ハイパー核のデータからより一層詳細な情報を引き出すための研究が実験・理論の双方で続けられている.

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