日本物理学会誌
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最近の研究から
超対称性粒子の質量がもつ新しい性質
奥村 健一
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2020 年 75 巻 12 号 p. 751-755

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抄録

物質は様々な分子で構成され,その複雑多様な性質は化学的によく理解されている.一方で分子を構成する原子は原子核と電子の束縛状態であり,量子力学により精密に記述される.さらに原子核は陽子と中性子の塊であり,それらはクォークで構成されるハドロンの安定状態である.電子やクォークはそれ以上分割できない素粒子であり,標準模型がその振る舞いを記述する.

不思議なことに自然法則は大きさの各階層で有効理論として閉じており,ある階層のパラメータには下の階層の法則の情報が凝縮されている.我々は既知の理論のパラメータが何故そのような値になっているのかに思いを巡らせ,その背後にあるさらに基本的な理論を読み解こうと苦闘してきた.

標準模型は物理学の一つの到達点であるが,現代の素粒子論の研究者はそのさらに背後にある物理理論を追い求めている.それは場の量子論で記述されるが,そこにもまた有効理論の階層構造が存在する.量子力学と相対性理論によれば長さのスケールはエネルギーのスケールの逆数となる.非常に重い,エネルギーの高い素粒子の場は低エネルギーで軽い場だけで書かれる有効理論において,パラメータへの繰り込みを通してのみその存在の痕跡を残す.

そのような痕跡を追いかけていく理論的道具立てとして繰り込み群方程式が知られている.場の理論の予言に必要なパラメータは考えるエネルギースケールによって変化し,繰り込み群方程式がその変化を記述する.エネルギーが下がって重い粒子が励起されなくなれば記述は有効理論に切り替わり,繰り込み群方程式も重い粒子の効果を含まないように変わる.有効理論の繰り込み群方程式の初期条件は一つ前の理論によって与えられる.素粒子の質量も場の理論ではその意味合いが変わり,こうした変化するパラメータの一つとして扱われる.

標準模型の拡張は種々提案されているが,中でも超対称性理論はその有力候補である.超対称性理論では標準模型の全ての素粒子に統計性が逆のパートナー(超対称性粒子)が導入される.厳密な超対称性の下ではそれらは元の素粒子と同じ質量をもつが超対称性の破れにより重くなり,有効理論として標準模型が実現する.この超対称性による縮退を解く質量は超対称標準模型のパラメータであるが,さらに高いエネルギーの理論により説明される.二つの理論のエネルギースケールの間に超対称標準模型に含まれない重い素粒子が存在すると,その相互作用により質量の繰り込み群による変化に影響を及ぼし,実験で測定される超対称性粒子の質量の予言を変化させる.こうした効果はミクロの理論を探る上での貴重な窓となっている.

一方,従来そうした重い素粒子の質量は勝手に選べるパラメータとして扱われてきた.しかし超対称性理論の背後に量子重力理論の候補である超弦理論を想定すると,その起源が問題となる.超弦理論に含まれる質量パラメータは基本的には超弦の張力のみであり,それと階層的に異なる大きさの質量を実現することは自明ではない.そうした質量を実現する方法の一つが非摂動効果である.最近,超弦理論で超対称性を破るモジュライ媒介とよばれる機構において,超対称性を破る場の非摂動効果が重い素粒子の質量を生成していると,重い素粒子による繰り込み群の補正が有効理論から見えなくなる場合があることが明らかになった.これは,重い素粒子を取り除いて有効理論を作る際の補正と繰り込み群の効果が相殺されるためであり,従来の理論で「アノマリー媒介の紫外不感性」とよばれていた効果の拡張として理解できる.この効果は超対称性理論において直接探索できないミクロの物理を明らかにする上で重要な意味をもっている.

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