日本物理学会誌
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解説
ゲージ理論を行列模型を用いて調べる――ラージN 極限への挑戦
大川 正典
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2020 年 75 巻 5 号 p. 264-273

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抄録

素粒子の標準モデルは,その基礎をゲージ理論においている.実際,電磁相互作用を媒介する光子はU(1)ゲージ理論により記述されており,また強い相互作用を作り出すグルーオンはSU(3)ゲージ理論に支配されている.光子は電荷を持たないので自己相互作用をしないが,グルーオンは自分自身で電荷(色電荷と呼ばれる)を持ち自己相互作用をし,その結果として強い力が作り出される.両者の違いは数学的には,U(1)群が可換なのに対して,SU(3)群が非可換であることからくる.一般にSU(N)非可換ゲージ理論は非常に複雑な構造を持っているが,1974年,’t HooftはSU(N)群の次元Nを大きくした時,摂動論の各次数でプラナーダイアグラムと呼ばれる特定のダイアグラムからの寄与しかなく,理論が簡単になることを発見した.ただし強い力が作り出されるのは非摂動論的効果であり,相互作用の大きさのべき展開で定義される摂動論では解析できない.

非摂動論的効果の研究をするには,時空を離散化し4次元格子上に理論を定義し,自由度を有限にして数値シミュレーションを行うのが常套手段である.しかしNが大きいとき,SU(N)ゲージ理論を格子上で調べるのは現実的ではない.その理由は以下の通りである.一辺がLの4次元正方格子を考える.各格子点には4つのSU(N)行列を置くので,全体の自由度は4(N 2-1)L4となる.スーパーコンピューターで計算可能な自由度の数には限界があり,例えばL=30とすると,Nが10を大きく超える計算はできない.

1982年江口と川合は,Nを無限にしたとき格子上で定義されたSU(N)ゲージ理論は,4つのSU(N)行列のみを持つ行列模型(江口・川合モデル,EKモデル)と等価である可能性を示した.以下で,Nを大きくとる極限をラージN極限と呼ぶ.EKモデルの自由度は4(N 2-1)なので,数値シミュレーションでNは数千の値を持つことができ,実質的にラージN極限が取れてしまう.残念ながら,EK模型は非摂動論的研究に重要な中間結合領域で破綻してしまう.この欠点を解決するために種々の改良が試みられ,2010年最終的に,González-Arroyoと筆者は,理論にある種のツイスト境界条件を課すことにより,中間結合領域でも有効な行列模型(TEKモデル)を構築した.現在ではTEKモデルを用いて,SU(N)ゲージ理論のラージN極限でのクォーク間ポテンシャルや中間子質量が非摂動論的に計算されている.

近年,アジョイント表現に属するスカラー場やフェルミオン場を伴ったSU(N)ゲージ理論が大きな関心を呼んでいる.その理由のひとつに,AdS/CFT対応がある.これによると,Anti de Sitter時空を背景に持つ超重力理論と,ラージN極限でのゲージ理論との間に対応がある.SU(N)群のアジョイント表現にあるスカラー場やフェルミオン場のラージN理論も,行列模型を用いて調べることができる.行列模型による非摂動論的効果の研究は始まったばかりであり,今後の発展が強く望まれる分野である.

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