日本物理学会誌
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最近の研究から
高次トポロジカル絶縁体の物理――角に出現する新奇なギャップレス状態
江澤 雅彦
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2020 年 75 巻 5 号 p. 289-294

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抄録

トポロジカル絶縁体は近年発見された物性物理における重要な概念である.最近では物性物理に留まらず量子情報や素粒子など様々な分野で関心を集めている.トポロジカル絶縁体では,その名の通り試料内部(バルク)は絶縁体でバンドギャップがある一方,試料外部との境界にはギャップレスな状態が現れ金属的に振る舞う.これはバルクがゼロでないトポロジカル数をもつことの帰結であり,バルク境界対応と呼ばれている.ドーナッツとマグカップの例における穴の数のように,トポロジカル数は離散的な値しかとらない.今の場合,試料の外は真空であるからトポロジカル数はゼロである.一方,ギャップが開いている限りトポロジカル数は変化できないため,トポロジカル数が境界を挟んで両側で異なる値をもつためには境界でギャップを閉じなければならない.この結果,D次元のトポロジカル絶縁体にはD-1次元のギャップレス境界状態が現れる.このようにトポロジカル絶縁体の表面状態の存在はトポロジカルに保護されているので,ランダムさや不純物に対して堅牢であり,デバイスの微細化・高性能化・エラー耐性向上に寄与すると考えられている.同様の議論は超伝導体にも適用でき,トポロジカル超伝導体と呼ばれている.

最近,このトポロジカル絶縁体を拡張した“高次”トポロジカル絶縁体という概念が提案され注目を浴びている.例えば3次元(D=3)の場合,従来のトポロジカル絶縁体では2次元表面にギャップレス状態が現れるのに対し,“2次”トポロジカル絶縁体では表面にはギャップがあり,境界の境界である結晶の稜線にヒンジ状態と呼ばれる1(D-2)次元状のギャップレス状態が現れる.同様に2次元(D=2)の場合,従来のトポロジカル絶縁体では試料端に1次元状のギャップレス状態が現れるのに対し,“2次”トポロジカル絶縁体では試料端にはギャップがあり,試料の角に0(D-2)次元状のゼロエネルギー状態(コーナー状態)が現れる.これらは従来のバルク境界対応と明らかに異なる.同様に高次トポロジカル超伝導体や高次トポロジカル半金属なども考えることができる.

高次トポロジカル絶縁体は,バルク境界対応の観点から次のように理解できる.高次トポロジカル絶縁体もバルクはトポロジカル数で特徴づけられる.ただし,このトポロジカル数は鏡映対称性や回転対称性など,系がもつ対称性によって保護されている.このように対称性に保護されたトポロジカル数は,対称性が破れた場合には一般には量子化しない.よってトポロジカル数を規定する対称性が試料の境界で破れた場合,上述のギャップレス境界状態は混成してギャップが開く.しかしその場合でも境界の境界で対称性が満たされていれば,そこではギャップレス状態の存在が保証される.

高次トポロジカル絶縁体のヒンジ状態はビスマスの単結晶で実験的に観測されている.また,鉄系超伝導体において高次トポロジカル超伝導を示唆するヘリカル・マヨラナ・ヒンジ状態が報告されている.この他,音響系,マイクロ波導波路,LC電気回路など人工トポロジカル系でも対応する現象が観測されている.電気回路ではトポロジカル相転移を容易に実現でき,インピーダンス共鳴によって実測可能である.さらに回路に抵抗を導入することで非エルミート・高次トポロジカル系へと自然に拡張される.また,回路にダイオードを導入することで非相反な非エルミート・高次トポロジカル系も実現できる.このように高次トポロジカル絶縁体へと概念を拡張することで,対象となる物理系が大きく広がるだけでなく,本来,トポロジカルな系の背後にある物理的構造も解き明かされつつある.

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