日本物理学会誌
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解説
ニュートリノの原子核レスポンス――二重ベータ崩壊と超新星ニュートリノの解明に向けて
江尻 宏泰
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2021 年 76 巻 7 号 p. 426-434

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抄録

ニュートリノは,電子と同じ軽い素粒子で,電荷がなく「弱い力」が作用する.ニュートリノの基本的な性質や反応には,

・ニュートリノ(粒子)も反ニュートリノ(反粒子)も中性の粒子だが,ニュートリノは,粒子と反粒子が同じマヨラナ粒子か,あるいは別のディラック粒子か,

・ニュートリノ振動の観測から,ニュートリノには質量があることがわかったが,どのくらいの質量があるのか,

・超新星爆発によるニュートリノ(超新星ニュートリノ)は,どう原子核と反応し,どのような原子核を生成するか,

というような未解決の重要問題があり,現在,各国で研究中だ.

これらは,原子核内でニュートリノが関与する崩壊や反応を調べて研究できる.

原子核の特殊な二重ベータ崩壊では,原子核内の中性子がベータ崩壊で陽子になり,その際に放出された反ニュートリノが,ニュートリノとして,原子核内の別の中性子に吸収されてベータ崩壊を起こし,陽子に変わる.すなわちニュートリノが放出されない.このような崩壊は,反ニュートリノとニュートリノが同じであるマヨラナ粒子の場合に起こる.崩壊確率T は,ニュートリノの(有効)質量mの二乗と核レスポンスBに比例し,T =kBm2である.崩壊確率T を測って質量を求めるには,核レスポンスBが必要だ.Bはこの崩壊で2中性子が2陽子になる核行列要素M を用いてB=|M |2と書ける.

超新星ニュートリノの反応によって原子核内の中性子が陽子になり新原子核が生成される場合,その確率T νはニュートリノの量ϕと核レスポンスBνに比例して,T ν=kBνϕである.ニュートリノ量ϕから新原子核の生成率(変換率)を知るには,核レスポンスBν=|M ν|2が要る.M νは反応で中性子が陽子になる核行列要素だ.

これらの核レスポンスの正確な値を理論的に計算することは,原子核が核子,中間子,励起核子の複雑な多体系なため,すべてを計算に取り込むことが不可能なので,大変難しい.また,ニュートリノビームを使って直接測定することは,反応率が非常に小さく,実側が極めて困難だ.

最近,筆者らのグループは,阪大の核物理研究センターで,荷電交換反応を測定してニュートリノの核レスポンスが調べられることを示した.入射する3Heの荷電交換反応で,原子核内の中性子が陽子になる反応の測定から,二重ベータ崩壊や超新星ニュートリノの反応で,中性子が陽子になる際の核レスポンスを調べた.また,ミュー粒子が荷電交換して原子核に捕獲される反応を測って,原子核内の陽子が中性子に変わる際の核レスポンスを調べた.

荷電交換反応による実験のポイントは,反応率が大きく高精度の測定ができることと,プローブの粒子(3Heやミュー粒子)と原子核との相互作用オペレーターが,二重ベータ崩壊や超新星ニュートリノと原子核との相互作用オペレーターと同じ型であることだ.ニュートリノの核レスポンスでは,アイソスピンとスピンと運動量が関与するレスポンスが重要だが,同じ型のレスポンスを荷電交換反応で測定できた.

荷電交換反応による核レスポンスの実験研究の知見を基に,二重ベータ崩壊や超新星ニュートリノなどの核レスポンスBBνが求められた.それらの核レスポンスを基に,二重ベータ崩壊や超新星ニュートリノ核生成の研究が進み,ニュートリノの基本の解明が進むことを期待したい.

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