日本物理学会誌
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最近の研究から
中性子・ミュオンを用いた日本刀の金属学的研究
鬼柳 善明
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2022 年 77 巻 2 号 p. 93-98

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抄録

日本刀は刀身の美しさ,波紋の美しさなどとともに,強靱性や切れ味などの特性が高く評価されている.しかし,その製法については,いまだにわかっていないことが残っている.歴史的には,直刀と言われる上古刀から進歩して,10世紀頃,すなわち平安中期から,古刀という反りが入った日本刀が作られるようになった.太刀と言われる馬上での戦いを目的としたものから,室町時代後期には刀(打刀)と言われる徒歩での戦いに主力をおいたものに変わっている.古刀の時代を経て江戸期を通して新刀から新々刀,明治の廃刀令以降の現代刀と受け継がれている.

日本刀は場所により,また,時代によりその製法にも違いがあると考えられている.例えば,古刀の時代には,大和(奈良県),山城(京都府),備前(岡山県),相州(神奈川県),美濃(岐阜県)に五箇伝と言われる流派があった.しかし,製法が口伝であったため詳細がわかっていない点が数多くある.その作刀方法や金属としての特徴を明らかにするためには結晶構造,結晶配向,結晶子サイズ,介在物などの結晶組織構造情報が有用と考えられる.また,鉄の硬さに影響する炭素濃度も重要な情報である.

これらの情報を得るために,従来は刀を破断して,断面観察が行われてきた.しかし,この方法では,重要な文化財である刀自体が失われてしまうため,広く系統的に刀剣の研究を進めることは困難である.そのため,非破壊測定が必須と考えられてきたが,X線回折では透過力が弱いため内部を調べることができなかった.このように非破壊測定が必要となる測定対象(文化財や機械部品など)には透過力が高い中性子回折を使った研究が世界的に行われている.

我々は中性子のエネルギー依存透過スペクトルに結晶組織構造が反映されることを利用して,透過イメージを取得すると同時に結晶組織構造測定を可能にする手法を開発してきた.加速器パルス中性子源を用いて,飛行時間法と2次元検出器を組み合わせて,比較的広い空間領域にわたって1度に結晶組織情報を得ることができる.また,炭素濃度は,最近開発されたミュオン寿命測定法を用いることによって,異なった侵入深さにおける濃度を測定できる可能性がでてきた.

これらの測定法を用いて室町期の日本刀を調べた.透過画像からは,上身(かみ)の一部に粗粒が存在し,均一でないことがわかった.また,結晶子サイズは棟(むね)側で大きく,刃側で小さくなる傾向がみられた.また,結晶配向は刃区(はまち)より先では切っ先に向けては棟側で強くなっていた.これらの特性には,鉄の鍛錬の仕方や熱処理の影響が考えられる.茎(なかご)の部分は,上身とは異なった傾向が見られた.また,刃側については,焼入が入っていることが確認されるとともにほかの日本刀と同等の鉄の硬さになっていることがわかった.炭素濃度は表面付近や内部でも小さな値であった.これらの結果から,この日本刀は炭素濃度が低い鉄でできていて,刃側は焼入ができる炭素濃度の高い鉄が用いられている可能性があることがわかった.これらの情報から,刀の良し悪し,また,他の地域・時代のものとの比較から,それぞれの特徴や共通性について調べていきたいと考えている.

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