日本物理学会誌
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最近の研究から
反強磁性・フェリ磁性体の磁化ダイナミクス
森山 貴広塩田 陽一小野 輝男
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2022 年 77 巻 6 号 p. 367-372

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抄録

強磁性体は,隣り合う磁気モーメントが一方向に整列し,全体として大きな磁化を持つ物質である.強磁性体の磁化方向は安定であるため,テープレコーダー,ビデオテープ,ハードディスクドライブ,磁気メモリーなどのデバイスにおける記録情報として利用されてきた.情報の書き込みは磁化反転に対応し,磁気デバイスの動作速度は磁化ダイナミクスの速度で決定される.磁化ダイナミクスの速度は磁気モーメントが回転する周波数で決まり,例えば強磁性体に実験室で得られる強い磁場である1テスラの磁場を印加した場合,周波数は28ギガヘルツ(GHz)である.したがって,強磁性体デバイスの動作速度はナノ秒オーダーである.

一方,反強磁性体は,隣り合う磁気モーメントが反対方向に整列し,全体として磁化を持たない物質である.反強磁性体中の隣り合う磁気モーメントは,隣接する磁気モーメントの相互作用による有効磁場周りを互いに歳差運動し,この有効磁場が数百テスラと大きいため,歳差運動の周波数は数テラヘルツ(THz)となる.さらに,反強磁性体の隣り合う磁気モーメントの大きさが異なる物質も存在し,フェリ磁性体と呼ばれる.フェリ磁性体は隣り合う磁気モーメントの差分として全体の磁化を持ち,強磁性体の磁化のように有効磁場周りを数十GHzの周波数で歳差運動する.さらに,フェリ磁性体には,反強磁性体と同様に,隣接する磁気モーメントの交換相互作用による数THzの歳差運動も存在する.

上述したように,歳差運動の周波数は,そのダイナミクスを利用したデバイスの動作速度に直結する.したがって,反強磁性体やフェリ磁性体を利用することで,ピコ秒の動作速度を持つ超高速スピントロニクスデバイスの実現が期待される.しかし,反強磁性体やフェリ磁性体は正味の磁化がない,あるいは微小であるため,その磁化ダイナミクスを制御する手段が限定されていた.

従来,磁化は磁場によって制御されてきたが,スピントロニクスの発展は,スピン角運動量の流れであるスピン流や電圧など,磁場以外による磁気励起や磁化制御を可能とし,既にこのような新技術を利用した磁気メモリーが市場にでている.磁場による制御が困難な反強磁性体やフェリ磁性体へ,強磁性体スピントロニクスで発展した手法を展開するのは自然であり,近年,反強磁性体やフェリ磁性体の磁化ダイナミクスをスピン流や電圧によって励起・制御する研究が盛んとなってきた.本稿では,著者らが独自の実験手法や測定手法を駆使して取り組んできた反強磁性秩序における磁化ダイナミクスとその物性について,フェリ磁性体,人工反強磁性体,反強磁性体を対象にした研究について紹介する.フェリ磁性体特有の磁壁の高速移動現象,人工反強磁性体で初めて観測されたスピン波の非相反伝導とスピン波間の強結合状態の実現,さらにはTHz帯における反強磁性体の磁化ダイナミクスなど,強磁性体では観測されなかった反強磁性体やフェリ磁性体特有の現象について解説する.

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