日本物理学会誌
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解説
三体問題今昔
浅田 秀樹
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2023 年 78 巻 12 号 p. 692-699

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抄録

「三体問題」は,万有引力における3個の質点の運動方程式に対する解を見つける問題である.三体問題に対する特殊解はいくつか得られたが,一般解探しに終止符を打ったのがポアンカレである.彼の結果は,「カオス現象」の一例である.そして,三体問題に対する一般解は,未だ見つかっていない.

万有引力は,ケプラーの惑星運動に関する法則を説明する.一方,一般相対性理論が1915年に登場し,宇宙膨張,中性子星,ブラックホールなどにまつわる天文観測を説明する.この理論では重力場が物理的自由度を有するため,物体の運動は,万有引力に対する運動方程式には従わない.本稿の目的は,一般相対論的な三体系に関する近年の研究を紹介することである.

一般相対性理論の効果を取り入れた運動方程式として,古くからアインシュタイン–インフェルト–ホフマン方程式(EIH方程式)が知られている.この方程式における力は,もはや保存力ではない.力が物体の速度にも依存するためである.

EIH方程式を手計算で扱うのは困難だが,3個の質点に対するEIH方程式の特殊解が得られている.いわば,一般相対論的三体問題の解である.得られたEIH方程式の解は,ラグランジュ点の一般相対論的な拡張である.

また,万有引力における三体問題に対して,3個の質点の質量が等しい場合に「8の字解」が2000年に発見された.この解は,3個の質点が閉曲線である「8の字」の形状をした同一の軌道の上を永遠に回り続けるというユニークな状況を表現する.このため,天体力学の研究者だけでなく,数学者や物理学者の関心も集めた.EIH方程式に対する三体問題もまた,「8の字解」を許すことが示された.

ところで,一般相対性理論には重力波の自由度が存在する点も三体問題に大きく影響する.万有引力は保存力だが,古典電磁気学における電磁波と同様に,重力波もまた系のエネルギーや角運動量を運び去るためである.重力波放出によりエネルギー等を失う結果,一般相対論的三体問題の解が表す系は永年的に収縮する.例えば,正三角形の各頂点に質点が配置する厳密解(正三角解とよばれる)をラグランジュが発見しており,その一般相対論版は,重力波放出の結果,相似系を保ちながら収縮する.ただし,3個の質点が同じ質量でない場合,その3個を頂点とする三角形の辺の長さは互いに異なり,もはや正三角形ではない.

巨大ブラックホール周りの中性子星などのコンパクト天体が,三体問題における古在–リドフ機構(本誌73, 202(2018)参照)とよばれる共鳴現象により大きく軌道変化し,極端な質量比で巨大ブラックホールに徐々に接近する天体を形成すると予想されている.それから放出される長波長の重力波が将来のスペース重力波望遠鏡で検出されることが期待されている.

また,PSR J0337+1715とよばれるミリ秒パルサーと白色矮星を内側に含む階層三体系が2014年,発見された.そして,その三体系の軌道計算と観測結果の一致から,「強い等価原理」が高精度で成り立つことが示された.今後,新しい階層三体系が発見され,より強力な検証が可能になることを期待したい.

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