これまで、国際的な地球環境問題を系統立てて分類する場合、地震・火山・津波は対象外であった。1980年代に計画され、1990年代に実施されたICUS、WMO、UNESCOなど多数の国際機関が参加した国際地球圏・生物圏協同研究(International Geosphere Biosphere Programme, IGBP)の立案の段階から、筆者は主張してきたが、認められなかった。理由はいくつかあるが、地球上で火山帯・地震帯がかかわる面積が小さいこと、それによる被害は国際的にみれば限られていること、関係している国や研究者の数が他の分野と比較すれば少ないこと、また、IGBPとこれに連動した人間次元の地球環境計画(International Human Dimensions Programme, IHDP)に参加する社会科学者・人文科学者が少なかったためもあろう。また、1980年に第1回、1990年に第2回が開催された世界気候会議の準備委員会の席上でも地震・津波を含むべきだと発言したが、気候問題の専門家が絶対多数の席上ではほとんど無視された形であった。委員中、環境学者はギルバート・ホワイト1人で、彼だけが賛成したことを今でも覚えている。この第2回世界気候会議の時、発足したのが「気候変動に関する政府間パネル」(Intergovernmental Panel on Climate Change, IPCC)であり、現在進行している地球環境問題の研究・対策などの基礎になっている。
このような事情で、IGBP、IHDP、IPCCでは気候変動の解明とそれに対する対策・適応が中心課題になり、大気現象と関係のない地震・津波は全く取り上げられなかった。ただ火山活動に関しては大気中に噴煙が拡散すると気候変動の原因にもなるので、大気中の噴出物が地球表面の熱収支に及ぼす物理過程・火山活動の長期変動などが研究課題として取り上げられた。21世紀初めころの日本における地球温暖化影響の研究でも平均潮位の変化は取り上げられていたが、異常潮位である津波は対象外であった。国際的なプログラムに対応して日本学術会議が日本政府に行った地球環境研究推進の勧告においても国際的な考え方が反映し、日本国内に受け継がれた。筆者はIGBPの国内委員会の委員長として、やりきれない思いであった。 IPCCと同じような国際組織で、環境を強調した国際プロジェクト計画ミレニアムアセスメント(Millennium Assessment)でも津波は対象にならなかった。
そこへ、今回の東日本大震災が発生した。地球規模でみれば、自然現象としては局地的(ローカル)、あるいは地域的(リージョナル)スケールで、地球的(グローバル)スケールではない。しかし、津波被害額は莫大となり、日本経済に及ぼす影響は大きく、これが世界規模でも無視できない状況になった。日本における損害は再保険システムを通じて全世界におよび、各国にある製造業は日本の東北地方のサプライチェーンがからみ稼働が停止または停滞した。津波が原因で破壊された原発事故による放射能汚染は地球規模で拡散し、被災地から流れ出たがれきは北米太平洋岸に達した。この他、さまざまなグローバルスケールの問題が起こった。これらはいずれも人間活動がかかわる地球環境である。しかし、対応する国際的な研究体制が、少なくとも地球環境研究の立場からはなかったのが大きな問題点である。
地球環境の立場からみて、津波とそれによる被害の捉え方、対策の立て方にはたくさんのテーマがある。順不同であるが、(1)微地形の壊変、(2)土地利用の変化、(3)人的被害、(4)土壌汚染・水田汚染、(5)生態系変化、(6)がれき処理(国内および国外)、(7)まちづくり、(8)観光産業、(9)農林業、(10)自動車交通(高速道路・交通規制などを含む)、(11)航空(空港施設・発着便・駐機被害を含む)、(12)道路交通(国道・市町村道・私道避難路を含む)、(13)海運(人・物資・燃料輸送)、(14)造船業、(15)水産業(漁撈・市場・加工業を含む)、(16)建造物(堤防や港湾施設・橋など)、(17)建築物(住宅・高層建築物・学校・避難所などや工場・油貯蔵タンクなど)、(18)通信(送電網から家庭端末まで)、(19)火災(発火と延焼および消火活動)、(20)教育などがある。以上のテーマのうちのほとんどを、それぞれの専門家の執筆によりこの特集号で取り上げた。紙面の都合や執筆者の都合で抜けたテーマもある。例えば、建造物・建築物の被災・再建、がれきによる海洋汚染や漂流物の太平洋や近海への拡散、漁村や農村居住地の移転、製造業・サプライチェーンその他、重要な課題だが、今回取り上げられなかった。津波にかかわる環境問題で、特に人間生活への影響についてもたくさんの項目が考えられる。その多くをこの特集号で扱っている。しかし、今回全く取り上げなかったのは、金融・製造業におけるサプライチェーン、帰宅困難者、地域医療などである。あまりに大きな課題で取り上げるスペースの余裕がなかった。
この特集号を組むべきであると、『地球環境』編集委員会で筆者は提案した。これは、被災者の方々、被災地にかかわる方々を励まし、さらには、将来とも今回の大震災のような地震・津波に襲われるかもしれない日本人を考えると、われわれに今できることは、地球環境からとらえた津波の諸問題に関する特集号を編集することしかないからである。大震災で亡くなられた方々のご冥福を祈り、この特集号が何らかの形で地域の復興に役立つことを切に祈るものである。