弘法大師空海の戒律観に就ては、既に諸先学による多大な研究の成果が在るが、最近そこで依用されている資料の幾つかに就て、偽撰の疑いが指摘されている。それに伴ない、大師の戒律観についても再検討の必要が生じて来ているものと思われる。そこで本論考に於ては、それら偽撰の疑いのある文献を除いた上で、大師の著作中に見られる戒に関する記述を分析検討しようとするものである。その中で問題となるのは顕戒と密戒との問題、特に顕戒を受持すべきであるか否かという点、或いは三昧耶戒観の問題、四種心思想との関連などが考究されなければならないであろう。