抄録
【目的】上肢運動負荷には上肢エルゴメーターの使用が一般的だが、負荷量を簡単に制御できるという一方で、コストがかかる等の問題がある。そこで、簡便かつ低コストな滑車を利用した上肢滑車運動のプロトコールを作成し、上肢エルゴメーター駆動時の呼吸循環応答と比較し、本法の臨床応用の可能性を検討したので報告する。
【方法】健常成人11名(男女比4:7、平均年齢23.3歳、身長165.8cm、体重55.8kg)を対象とし、説明と同意の上、2種類の運動(A:上肢滑車運動、B:上肢エルゴメーター駆動(CYBEX UBE))を無作為の順序で5日の間隔をあけて実施した。Aは背もたれなしの座位で、前方に滑車を設置し、肩屈曲位・肘伸展位から肩伸展・肘屈曲することで、重錘を負荷したロープを左右交互に水平方向へ引く運動とした。ABともに、負荷量を仕事率(W)に換算し、安静の後、0Wのウォーミングアップを実施し、引き続き10Wずつ3分毎に負荷を漸増させた。運動速度はABともに30rpmとした。HRが予測最大心拍数の85%に達した時は測定を中止した。測定項目は酸素摂取量(VO2)、心拍数(HR)で、呼気ガス分析装置(K4b2)と心拍計(POLAR)を使用しbreath-by-breath方式で測定し、各段階の終了前30秒間の平均値を算出し同時に自覚的運動強度(RPE)も得た。分析は1)各運動内で段階間の測定値の比較、2)負荷量と各項目の直線回帰式、3)運動間で各段階の測定値の比較、4)各項目でA(x)とB(y)の回帰直線による両者の推定式を算出し、分析にはSPSS(Ver11.0)を使用し有意水準を5%とした。なお本研究は東京都立保健科学大学研究倫理審査委員会の承認を得て実施した。
【結果】1)AはHRの30-40W、RPEの全段階に有意差があった。BはVO2の10-20W・30-40W、HRの10-20W・40-50W、RPEの全段階に有意差があり、VO2の20-30Wに有意傾向があった。2)全項目で負荷量と有意な相関を認めr2は以下の通りであった。A:VO2:0.87、HR:0.83、RPE:0.99、B:VO2:0.99、HR:0.98、RPE:0.97、3)VO2は30W、HRは50W以降に有意差がありRPEに有意差はなかった。4)全項目でAB間に有意な相関を認めた。VO2:y=4.5x-35.9(r2=0.89)、HR:y=2.3x-111.9(r2=0.76)、RPE:y=1.0x-0.9(r2=0.98)。
【考察】1)より本法で負荷量の漸増に伴う有意に段階的な呼吸循環応答は得られなかったが、2)より負荷量と測定値が直線相関として示され、漸増負荷の一様式であることは示唆された。また、VO2とHRは運動間で同等ではなかったが4)の式にAの値を代入するとBの推定値を算出することが可能と考える。ただしRPEで運動間に有意差がなかったことからRPEのみの測定では両運動が同等の運動負荷と誤解される危険性もあり注意が必要である。今回は運動間の固定筋活動の違いが影響して、運動間にVO2とHRに差が生じたと考えられたが、今後は上肢筋疲労感を考慮し呼吸循環応答が同等となるプロトコールの再検討が必要であると考える。