抄録
【はじめに】運動の再現性を高めるために、軸を想起することは運動を学習する際によく用いられる。この軸には身体外部の空間に軸を想起する身体外部軸と身体内部に軸を想起する身体内部軸に分けられる。2つの軸の想起の違いが立位保持能力に及ぼす影響を重心動揺の観点から検討したので報告する。
【方法】対象は健常成人女性30名とした。被験者を15名ずつA群とB群に分け、2つの条件で閉眼立位姿勢時の重心動揺を計測した。A群の平均身長は158.5±5.6cm、平均体重は52.0±6.9kg、平均年齢24.2±5.4歳、B群の平均身長は158.6±4.5cm、平均体重は53.1±6.4kg、平均年齢22.7±3.1歳であった。計測には重心動揺計(アニマ社製 G‐5500)を用いた。まず、両群とも10cmの幅で開脚し、裸足閉眼立位を30秒間測定した。次に、A群を外部軸群として、2m前方に置いた鏡の中央に床面から垂線を立てた幅1cmのテープを貼付しその線を身体正中線にあわせて外部軸の想起を行った。その後、外部軸を想起したまま閉眼裸足立位30秒間を測定した。
一方、B群を内部軸群として、母趾球部に荷重を意識し、左右に体重移動を行いながら支持基底面内の足圧中心を想定する。その後、足圧中心を通る床面との垂線を内部軸として想起させた。この内部軸を想起したまま、A群同様に閉眼裸足立位を30秒間測定した。両群とも軸の想起に要する時間は3分以内とした。
分析は総軌跡長、前後方向軌跡長、左右方向軌跡長、外周面積、前後方向動揺平均中心変位、左右方向動揺平均中心変位、前後方向動揺速度平均、左右方向動揺速度平均を算出し、A群では軸想起なしと外部軸間、B群も同様に軸想起なしと内部軸想起間を比較した。統計は対応のあるt検定を行い、危険率5%未満をもって有意とした。
【結果】A群では総軌跡長が軸想起なし25.81±5.23cm、外部軸23.06±6.32cmとなった(p<0.05)。また、前後方向軌跡長では軸想起なし20.73±4.77cm、外部軸18.14±5.02cmとなった(p<0.01)。B群では軸想起なしと内部軸の間で検査項目に有意差を認めなかった。
【考察】A群は視覚情報から身体外部に正中線を想定し、その外部軸を想起しながら立位姿勢を保持した。これは膝状体視覚経路を介して、空間における位置の確認と身体正中線とを合致させ立位姿勢を制御したと考えられる。一方、B群は足底部の固有受容器の情報から後索-内側毛帯系、脊髄小脳路系が主となり固有受容感覚に関する情報処理を行なったと推察できる。今回の実験条件のような短時間の刺激入力による軸想起では、視覚情報を主にして軸を想起した方が重心の動揺を減少することが示唆された。
【まとめ】身体正中線を想起した際の重心動揺について検討した。今後、種々の条件下で身体軸の想起方法を比較し、姿勢保持能力向上に繋がる方法を検討していきたい。