抄録
【目的】脳損傷後の高次神経機能障害例に対する理学療法については、臨床的に評価と治療アプローチの困難性を経験する。筆者は昨年の本学会において高次神経機能障害例に関する理学療法についての全国調査を行いその全般的な特徴を報告した。今回これに加え個別の症例に関して、その治療内容と経過を検討することで高次神経機能障害例への理学療法の実態を明らかにすることを目的として分析した。
【対象】前回2次調査に回答した理学療法士が5名以上在籍する全国の213施設のうち、個別症例の情報提供が可能であった179施設の186症例(一施設から複数の症例情報がある)を対象とした。対象の属性は、年齢平均65.6歳(19歳‐93歳)、男性110例女性76例、初回評価までの経過月数2.9ヶ月、診断名は脳梗塞89例、脳出血75例、脳外傷9例、脳腫瘍3例、その他不明10例であった。
【方法】郵送法にて以下のような症例に関する情報を求め分析した。すなわち、病巣部位、麻痺の左右、運動麻痺の程度(Brunnstrom stage)、高次神経機能障害の種類、ADLの自立度、治療プログラム内容とその有効性、経過と最終評価、帰結、などである。
【結果】病巣部位では中大脳動脈灌流域が92例と最も多く、基底核領域31例、側頭葉30例、前頭葉23例、頭頂葉13例の順であった(重複回答)。片麻痺の左右別では左片麻痺103例、右片麻痺64例、麻痺なし11例、両側麻痺5例、不明その他3例であった。下肢のBrunnstrom stageはI・IIが80例、III・IVが61例、V・VIが34例であった。高次神経機能障害の種類は、半側空間無視117例、Pusher61例、失語61例、失行49例、痴呆30例、その他52例(全般注意障害など)であった(重複回答)。ADLの自立度は多くが非自立であったが、経過とともに186例中91例は何らかの改善を示した。半側空間無視に関する治療プログラムの例として、認知訓練にくわえて歩行を中心とした起居移動動作のなかで改善を図っていくとするものが多かった。高次神経機能障害の経過については改善90例、不変42例、悪化44例、その他不明10例であった。帰結は、自宅退院87例、転院62例、施設入所などその他37例であった。
【考察】高次神経機能障害を伴う症例では、理学療法アプローチ上困難な場合があることが指摘されている。本研究の結果から対象の多くは重度な運動麻痺と高次神経機能障害を合併し、臨床的課題が重層的であることがうかがえる。歩行などの起居移動動作がとりもなおさず高次神経機能障害に有効であるとの報告は、その特異性に関する側面を置くとしても重要であり、経過の中で多くの症例が改善を示すこととあわせて極めて興味深い。