抄録
【目的】股関節の関節外科手術後に行われるエラスティックバンド(以下セラバンド)を使用した股関節外転運動は,術後早期から背臥位で安全に筋力増強訓練の実施が可能なため,しばしば臨床的に用いられている.今回我々は,セラバンドを用いた股関節外転筋群に対する筋力増強訓練(以下、外転運動)に際して腰痛を生じた1症例を経験した.外転運動における動作を分析した上で,これを健常者で再現して腰痛の発生機序を筋電図学的に検索し,得られた知見に若干の考察を加えて報告する.
【対象】症例は両側大腿骨頭壊死の診断により右人工骨頭置換術を受けた女性,42才,身長160cm,体重55.8kg,BMI 21.8で,術後8週,理学療法開始後6週(外転運動開始後4週)より腰痛を訴えた.実験群は,整形外科的疾患の既往が無い健常者5名(平均年齢21.8才,平均身長166.4cm,平均体重56.2kg,平均BMI 20.3)とした.
【方法】第1課題は背臥位にて被験者の両外果上にセラバンドを巻き,両外果5cm上部間が20cmとなるように両股関節外転運動を行わせた.第2課題は上記の抵抗運動を症例の動作を模して,外転運動時に治療台と第3腰椎棘突起間が2横指の腰椎前弯,体幹5°右側屈,右股関節30°外旋位とし素早い外転運動を施行した.筋電図による測定筋は両側中殿筋,両側腹直筋,両側外腹斜筋,両側腰部脊柱起立筋とし,筋腹上の皮膚に電極間2cmで表面電極を貼付し導出した.第2課題で測定した筋電積分値を第1課題で測定した筋電積分値で除し(以下IEMG比),全被験者の各課題における筋毎にIEMG比の平均値と標準偏差を算出した.本研究については東京都立保健科学大学研究倫理審査委員会の承認を受け,全ての被験者に対して研究内容を十分に説明し同意を得ている.
【結果ならびに考察】両側中殿筋と右外腹斜筋はIEMG比が1.13から1.35と第2課題における筋活動量の増加傾向を認めた.両側腹直筋と左外腹斜筋はIEMG比が0.4から0.6と第2課題で筋活動量が減少した(P<0.05).両側腰部脊柱起立筋はIEMG比が2.33から2.76と第2課題における筋活動量が著明に増加し,患側とみなした右側の筋活動がより増加していた(P<0.05).今回経験した外転運動時の腰痛出現は,腰椎前彎の増強と体幹の右側屈運動により惹起され,骨盤の前傾で相対的に股関節を僅かに屈曲位とし大腿筋膜張筋を共同して収縮する事で,中殿筋の収縮効率を高めた現象とみられた.またこれは, PNFにおける屈曲・外転・内旋パターンに類似した収縮様式が生じていたものと推察された.以上より,代償動作とみられる運動方法は,逆説的に目的とする筋の収縮を誘発する可能性が示唆された.