抄録
【はじめに】変形性膝関節症(膝OA)に対する人工膝関節全置換術(TKA)により、膝の痛みは改善したが、その後も姿勢や歩容が改善しないことを度々経験する。今回これらの一要因である無自覚のうちに固められていた筋に対し、生態心理学的概念を用いた運動療法(EPT)を適応し、姿勢や歩容の改善が得られた一症例を経験したので報告をする。
【症例及び経過】70歳、男性。7年前より右膝OAと診断され、平成16年9月1日に右膝TKAを施行し、翌日から当センターのクリニカルパスに従って理学療法(PT)開始となる。10月1日の退院時には一本杖での歩行であった。その後は週1回の外来PTとなる。退院時の評価では、右膝関節可動域、右股関節・膝関節周囲筋の筋力は問題がなかった。
【臨床像からみた問題点】立位姿勢においては、両肩甲帯は挙上し、歩行では右下肢立脚期に右上肢外転と体幹の右側屈がみられる。各姿勢・動作の特徴として1.常に右腰背部の脊柱起立筋群及び上部体幹から右上肢にかけて過緊張状態。2.左側に重心偏位し右側へ滑らかな重心移動が行えず、体幹を錘として利用した動作となっている。本症例は、無自覚のうちに上部体幹や肩甲帯・右腰背部を固定的に使うことで筋を固くしてしまい、体幹を錘とした方法でしか姿勢を変化させることがでず、手術により膝のアライメントや痛みが変化した後も術前の身体感覚に引きずられた動き方になっていると仮説を立てた。
【PT内容】退院直前からEPTは開始した。腰背部や上部体幹・肩甲帯の固くなった筋を緩め、筋を感覚器として使えることを目的に、床上での動作を中心に行った。
【結果】約4週間経過した時点では、立位時の両肩甲帯の挙上、歩行時の右上肢外転や体幹の右側屈が軽減した。1.右側脊柱起立筋群における右腰背部の筋膨隆が軽減し、上部体幹から右上肢にかけて過剰に力を入れずに動作が行えるようになった。2.各動作で見られていた左側への重心偏位や体幹を錘として利用する程度が軽減し、右側への重心移動も見られるようになった。
【考察】重力下で安心して動くには基礎定位のもと、筋を緩め、微妙な支持面の変化が分かって姿勢制御が行われる必要がある。しかし、膝に痛みのある日常生活の中では、痛みに対する防御反応が優先された戦略をとることになる。今回、筋力や痛みが姿勢や歩容に影響を及ぼす程ではないにも関わらず、術後も術前と同様の動き方になっていたのは、この様な姿勢制御の影響で、改善した膝の機能を動作の中でいかすことができないためと考えられた。そこで、動かせない部位に対して、主に床上での動作を通して能動的に動いてもらうことで筋を緩め、適切な知覚-行為循環を引き出しながら治療を進めていった。その結果、筋の状態変化に伴う姿勢や歩容の改善が見られたと考えられる。