理学療法学Supplement
Vol.47 Suppl. No.1 (第54回日本理学療法学術大会 抄録集)
セッションID: A-93
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モーニングセミナー
運動器に必要なバイオメカニクス
福井 勉
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抄録

 バイオメカニクス(biomechanics)の知識は運動器理学療法の評価上重要です。また日常の臨床と研究の交差点にもなり,姿勢や歩行の評価,治療効果の判定などにおいても重要です。一方,知識を有していても臨床に落とし込むには両者の間を埋めるための一定の知識に基づいた創造性も必要になると思われます。人の姿勢や動作の評価の基本となるのは,力学的モデルですが,理学療法で重要となるモデルは,剛体力学モデルです。人の身体を幾つかの体節に分け各々の体節は身体全体に対する質量比と体節重心について屍体データに基づき様々な計算が行われます。身体運動中に動作解析装置で計測した運動学的データと床反力装置で計測した力学データから各関節に作用する関節モーメント,筋が発揮または吸収する関節パワー(力学的エネルギーの時間変化率)を計算することができます。計算される関節モーメントは,各関節に作用する回転モーメントで,主に筋肉が発揮した力に依存して変化します。また,関節パワーは筋肉が行った仕事の時間微分に相当します。関節モーメントは筋のみで発揮するものではなく,軟部組織の伸長によるものや装具などの外部に装着したものにより変化します。

 立位や歩行の身体全体モデルとしては身体重心,足圧中心,重力,床反力などによる解釈が一般的です。重力と床反力はそれぞれ身体重心,足圧中心に作用していると考え,2つの合力が身体に作用していると考えるものです。スクワット動作などでの身体の下方移動は,床反力よりも重力が大きい為に生じ,上方移動の際には床反力が重力より大きい為に生ずると解釈します。歩行中には歩行周期に伴って床反力は時々刻々変化し,初期接地では前脚踵に上方,後方へ作用します。この力により身体は後方,上方へ加速される事になります。また立脚中期では身体重心は最も高い位置にありますが,床反力の垂直成分は重力より小さくなる為に下方に加速されます。前額面では主として内側への力を受ける為に,反対側への重心移動に関係します。立脚後期では後脚前足部で上方,前方への力を受けます。この力により身体は前方,上方へ加速される事になります。また床反力における前後左右成分はすべて摩擦力と考えることができます。

 バイオメカニクスの所産は理学療法の臨床上どのような場面で活かされているでしょうか。身体重心は,ゆっくりとした運動においては,床への投影が足圧中心とほぼ一致することから,立位姿勢においては足裏の荷重部位が判別可能です。前足部なのか踵荷重なのか肉眼で容易に判断できます。また同時に足裏内側,外側どちらの荷重なのかも判別可能です。立脚中期での身体重心の最高位置や左右最大移動位置,あるいは両脚支持期の身体重心の最低位置も観察が容易です。またいわゆる重心線と関節位置の関係性から,外力が関節に与えているモーメント(外部モーメント)とそのモーメントに対抗するため身体が発揮するモーメント(内部モーメント)も概ね判可能です。関節モーメントが観察により判断できることにより,評価として用いるだけではなく,運動療法そのものの選択にも利用できます。視覚的観察評価のためには,上半身と下半身の質量中心を既定してその中点を観察する方法も利用可能です。

 バイオメカニクスの臨床応用に関しては今後かなり余地があると思います。筋電図や加速度計,その他の様々な生体信号やウエアラブル端末あるいは超音波装置などの画像解析装置との同期による,身体相互の協調性や関連性の分析はまだこれからの事項と思われます。それは運動そのものの未知事項の解釈と関係するだけではなく,普段,視覚的な観察で得ている様々な事象の客観性の確立のためにも必要です。しかし気づきは人間の感覚器から得ている情報整理であるため,日常における観察眼をいかに養うかがバイオメカニクスの鍵となると思われます。

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© 2020 日本理学療法士協会
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