主催: 日本理学療法士協会
神経科学の知見を根幹とするニューロリハビリテーションの発想が隆盛を極めている中,人間の知覚・認知機能に関する認知神経科学的知見についても,多くの関心が集まっている。運動制御や学習の問題に対して認知神経科学がもたらした重要な示唆の1つは,脳内情報処理のレベルにおいては,知覚・認知機能と運動機能が共通のシステムを利用しているという事である。その結果,知覚・認知にアクセスして運動機能を改善するという発想や,脳の運動系を介して知覚・認知機能を改善するという発想には,多くの支持が得られている現状にある。
本講演ではこうした背景のもと,知覚・認知機能の観点から運動制御や学習にアプローチする考え方について,歩行に関する研究に基づいて概説する。身体状況や環境は常に変化しうる。このため,転倒せずに歩行し続けるためには,状況に応じて歩行を調整する力が求められる。調整に先立って状況を適切に把握し,正しい動作修正を選択することが,知覚・認知機能の重要な役割である。本講演では第1に,衝突回避場面における知覚・認知機能の役割に関する研究成果を紹介する。視覚情報に基づいて衝突の有無を予期するプロセス(アフォーダンス知覚)に着目し,加齢がもたらす様々な影響や,過度な回避動作(保守的方略)の弊害について説明する。また,環境に関する視覚入力が衝突の予期に重要であることから,視覚依存的な身体知覚・バランス方略が衝突予期の弊害となりうることについても報告する。第2に,運動遂行中の急速な動作修正に関する研究事例を紹介する。歩行開始時や方向転換時の動作修正について,内部モデルの概念に基づき構築した実験例を説明し,その学問的・応用的意義について議論する。これらの研究の成果に基づき,「知覚に根ざした運動制御・学習の理解と支援」に関する考えを述べたい。