2020 Volume 60 Issue 7 Pages 461-465
症例は66歳男性.52歳時より糖尿病加療中.59歳時,右側頭葉単純ヘルペス(herpes simplex virus; HSV)脳炎のため当院入院.アシクロビルにより髄液HSV-PCR陰性化し治癒退院.66歳時,発熱,読字障害のため当院受診.左側頭葉に新規病変を認め,髄液細胞数増加とHSV-PCR陽性を認め脳炎再発と診断.アシクロビルにより髄液HSV-PCR陰性化.両側側頭葉萎縮残存したがほぼ後遺症なく自宅退院.長期間寛解後にウイルス再活性化によるHSV脳炎再発を来した成人例の報告は極めてまれであるが,HSV脳炎では長期間注意深い経過観察が必要であることが示唆された.
In January 2008, a 59-year-old man with a history of diabetes mellitus was admitted to our hospital with herpes simplex virus (HSV) encephalitis of his right temporal lobe, which was diagnosed by PCR testing of his cerebrospinal fluid (CSF). He was treated with intravenous acyclovir for three weeks and made a full recovery. On discharge, his CSF was negative for HSV on PCR testing. Seven years later, in March 2015, the man was readmitted to our hospital with fever, disorientation, and nominal dysphasia. Diffusion-weighted MRI of his head revealed a high-intensity area in his left temporal lobe. Testing of his CSF revealed a moderately increased monocyte count and HSV on PCR testing, so he was diagnosed with recurrent HSV encephalitis. He was treated with intravenous acyclovir for three weeks. On discharge, his CSF was negative for HSV on PCR testing, but he had mild residual amnesia. There have been few reports of HSV encephalitis with viral reactivation recurring after a long remission period in adults. This case illustrates the need for prolonged follow up of individuals with HSV encephalitis in order to detect recurrences.
単純ヘルペス(herpes simplex virus; HSV)脳炎は,ウイルス性脳炎で最も多く,小児では15~25%で再発することが報告されている1)~3).成人でも再発例は報告されているが,ウイルス再活性化による脳炎再発成人例の報告は少ない.今回われわれは,初回脳炎治癒7年後に対側大脳半球でウイルス再活性化による再発を来したHSV脳炎の1例を経験したので報告する.
症例:66歳,右利き,男性,元消防士
既往歴:特記なし
家族歴:特記なし.
生活歴:喫煙歴なし,飲酒歴なし.
初回入院時現病歴:52歳より2型糖尿病のため当院通院中であった.2008年(59歳)1月某日より39°C台の発熱出現.翌日も高熱持続し,食思不振のため食事は摂らず,20時に就寝.23時30分ごろ,いびき様呼吸とともに全身痙攣しているところを家人に発見され,当院救急入院となった.
入院時現症:身長171 cm,体重78 kg,体温37.8°C,血圧106/64 mmHg,脈拍98回/分・整,心音整・雑音なし,肺音清,腹部平坦軟,下肢浮腫なし,皮疹なし,リンパ節腫大なし.
神経学的所見:Japan coma scale I-3の軽度意識障害を認めた.瞳孔は正円同大・対光反射迅速,眼球運動制限なし,眼振なし,顔面麻痺なし,舌咽頭運動障害なし,項部硬直なし,頸部血管雑音聴取せず,明らかな麻痺なく,筋緊張正常,筋萎縮なし,線維束性収縮なし,深部腱反射正常,病的反射陰性,協調運動正常であった.起立・歩行は評価困難であった.感覚は温痛覚低下なし,位置覚正常,振動覚両下肢で低下,自律神経異常は認めず失禁は認めなかった.
検査所見:全血算は,白血球8,200/μl,赤血球数514 × 104/μl,ヘモグロビン17.2 g/dl,ヘマトクリット48.8%,血小板数19.8 × 104/μlと正常.肝腎機能異常認めず,CRPは0.26 mg/dlであった.凝固系ではPT-INR 1.33,APTT 26.0秒,フィブリノーゲン474 mg/dl,Dダイマー0.6 μg/mlと異常なし.HBs抗原,HCV抗体,TPHA,HIV抗体は陰性.随時血糖146 mg/dl,HbA1c 5.3%,総コレステロール165 mg/dl,中性脂肪100 mg/dl,HDLコレステロール41 mg/dl,LDLコレステロール125 mg/dlであった.抗核抗体,SS-A抗体,SS-B抗体,MPO-ANCA,PR3-ANCAはいずれも陰性であった.髄液所見は,外観上日光微塵,細胞数98/μl(多形核球12,単核球86),蛋白108.3 mg/dl,塩素126.9 mEq/l,糖106 mg/dl,IgG index 0.43,ACE 0.3 U/l,ADA 1.0 U/l,HSV-PCR陽性,VZV-PCR陰性であった.頭部MRIでは,右側頭葉内側から右島皮質にかけてT2-FLAIR画像(FLAIR)および拡散強調画像(DWI)で高信号を認めた(Fig. 1).HSV脳炎と診断し,アシクロビル10 mg/kg 1日3回の点滴加療を3週間行い,髄液HSV-PCR陰性化を確認し,後遺症なく退院した.以後てんかん発作はなかったが,画像上右側頭葉萎縮を認め,フェニトイン内服を継続した.退院後は経口血糖降下薬による糖尿病加療を継続した.
High intensity lesions on FLAIR scan and DWI can be seen in the right temporal lobe.
再発時現病歴:2015年(66歳)3月某日,38°C台の発熱とともに,孫の名前が出てこない,入浴手順が判らない,新聞が読めない,などの症状が出現したため当院外来受診.脳炎再発の疑いで入院となった.
2回目入院時身体所見:体温38.3°C.意識レベルはJCS I-3であり軽度の見当識障害,失行,失認,失語を認めた.脳神経系異常なく,項部硬直なし,血管雑音聴取せず,明らかな麻痺なく,筋緊張正常,筋萎縮なし,線維束性収縮なし,深部腱反射は正常で病的反射は認めなかった.協調運動異常なく,起立・歩行も可能であった.温痛覚低下なく,位置覚正常であったが,振動覚は両下肢で低下していた.自律神経異常なく,失禁も認めなかった.
検査所見:血算は,白血球数9,200/μl,ヘモグロビン13.2 g/dl,Ht 37.0%,血小板16.6 × 104/μlであった.生化学検査は,TP 6.0 g/dl,ALB 3.6 g/dl,T-BIL 0.9 g/dl,AST 55 IU/l,ALT 42 IU/l,LDH 274 IU/l,ALP 169 IU/l,γ-GTP 29 IU/l,CPK 2,048 IU/lと筋酵素上昇を認めた.AMY 539 IU/l,BUN 22.0 mg/dl,CRE 0.87 mg/dl,UA 2.5 mg/dl,Na 127.8 mEq/l,K 3.6 mEq/l,Cl 92.7 mEq/l,Ca 8.05 mg/d,血糖140 mg/dl,HbA1c 5.8%,CRP 0.01 mg/dlと低Na血症を認めた.髄液検査は,無色透明,細胞数28/μl(多形核球2,単核球26),蛋白92.0 mg/dl,塩素109.9 mEq/l,糖92 mg/dl,IgGインデックス0.43,ACE 0.4 U/l,ADA 4.6 U/l,HSV-PCR陽性,VZV-PCR陰性であった.
脳波では,左半球で周期性片側てんかん様放電(Periodic Lateralized Epileptic Discharges; PLEDs)を認めた(Fig. 2).頭部MRIでは,DWI,FLAIRで左側頭葉内側から左島皮質にかけて,高信号域を認めた(Fig. 3).
High intensity lesions on FLAIR scan and DWI can be seen in the left temporal lobe. The right temporal lobe, the former encephalitic lesion, is significantly atrophic for a long period.
臨床経過:HSV脳炎再発と診断し,アシクロビル10 mg/kg 1日3回の点滴加療を3週間行い,髄液HSV-PCRは陰性化した.軽度の近時記憶障害を残すも日常生活自立となり,回復期リハビリ病棟を経由して,30日後に自宅退院となった.
本例は,右大脳半球に発症した脳炎治癒7年後に左大脳半球で再発したHSV脳炎症例である.小児HSV脳炎では,15~25%で再発を認めると報告されており,不十分なアシクロビル静注療法が再発の原因であると考えられている4).一方,成人でも再発例が報告されている5)~9).Armangueらは,成人再発性HSV脳炎14例の検討で,いずれの症例も再燃時の髄液HSV-PCRは陰性であり,一部症例では抗NMDA抗体を認めたことから,成人HSV脳炎の脳炎再発には自己免疫性機序が関連しており,ウイルス再活性化の関与は少ないと報告している10).また,Sköldenbergらによる成人HSV脳炎32例の前向き検討では,4例で再発を認め,4例中3例は4か月以内に再発し,1例が3.3年後に再発を認めた.再発時髄液HSV-PCRは全例で陰性であり,髄液CD8陽性Tリンパ球増加を認めたことから,やはりHSV脳炎の再発機序として自己免疫性機序が想定されている11).一方で,初回脳炎時の髄液HSV-PCR陰性で,18カ月後に反対側にHSV-PCR陽性脳炎が再発した成人男性12),8年後にヘルペス脳炎再発を来した免疫能正常の57歳男性13),4年後に対側の側頭葉に再発したヘルペス脳炎の45歳女性14)など,脳炎再発時に髄液HSV-PCR陽性が確認され,ウイルス再活性化によると考えられた成人HSV脳炎症例も少数ではあるが報告されている.しかし,脳炎発症時のHSV-PCR陽性と治療後の陰性化を初回発症時と再発時の両方で確認できた症例は,われわれの渉猟した限りでは本症例が初めてである.本症例は,初回脳炎時にアシクロビル療法による抗ウイルス治療を行い,髄液HSV-PCR陰性化を確認し,その後特に後遺症なく7年間経過している.2017年のガイドラインでは,PCR陰性化を1週間あけて2回確認することが推奨されており4),本症例では1回のみしか確認できていないことから治療後のウイルス陰性化が偽陰性であった可能性は否定できないが,その後7年間再発を認めなかったことを考えると,初回治療が不十分であったとは考えにくい.
宿主側の要因として,小児ではtoll like receptor 3の遺伝子欠損など脳におけるHSV感染に特異的な免疫能の低下がウイルス再活性化に関連することが報告されている15).本例は糖尿病を合併しており,潜在的な免疫能低下が脳炎再発に関与した可能性は否定できない.また,本症例も含めて,ウイルス再活性化による再発を来した成人ウイルス性脳炎ではいずれも反対側に再発している.本症例の頭部MRIでは,初回脳炎を発症した右側頭葉は経過とともに萎縮しており,再発時には残存した左側頭葉神経細胞内でウイルスが再活性化したものと推測される.一旦抗ウイルス治療により鎮静化した後にも全脳内でウイルスが潜伏している可能性が示唆される.また,てんかん手術後16)や脳腫瘍に対する放射線・化学療法後17)18)にHSV脳炎が再発した症例の報告もあり,何らかの侵襲的な脳の傷害により内在性ウイルスが活性化する機序が想定されている.成人HSV脳炎において宿主の免疫能がウイルス再活性化に関連するかについては今後検討が必要であるが,HSV脳炎を1度発症した症例では,免疫抑制治療や脳手術,放射線治療などを行う際に十分な注意が必要であると考えられた.
HSV脳炎症例では,治癒後長期間経過した場合にも再発する可能性があり,注意深いフォローが必要であると考えられた.
本報告の要旨は,第108回日本神経学会近畿地方会で発表し,会長推薦演題に選ばれた.
※著者全員に本論文に関連し,開示すべきCOI状態にある企業,組織,団体はいずれも有りません.