2024 Volume 64 Issue 11 Pages 789-793
64歳女性,8年前に筋萎縮性側索硬化症と診断,6年前より気管切開下人工換気管理,3ヵ月前よりカフ部のエアリークが出現.コンピューター断層撮影画像でカフ部の気管直径29.6 mmと拡張を認め,カフ圧は80 cmH2Oと高値を示した.長さが任意で設定可能な可動式気管カニューレを使用し,有効長を28 mm延長,カフレベルの変更に伴いエアリークが消失,カフ圧は25 cmH2Oに低下した.レントゲン画像では,以前のカフ部の縮小が観察された.カフ部のエアリークの要因としてカフ圧の不適切な管理による気管拡張が存在し,エアリークを解決するために可動式気管カニューレを施行する価値がある.
The patient was a 64-year-old woman who had been diagnosed with amyotrophic lateral sclerosis 8 years ago, and had been under artificial ventilation with tracheotomy for 6 years. Computed tomography indicated a dilated tracheal diameter of 29.6 mm at the cuff, and a high cuff pressure of 80 cmH2O. An adjustable flange tracheostomy tube with an optional length setting was used to extend the effective length by 28 mm. A previously evident air leak disappeared with the change in cuff level, and cuff pressure decreased to 25 cmH2O. X-ray images indicated a reduction in the size of the previous cuff area. Tracheal dilatation due to improper management of cuff pressure is a contributing factor to air leakage at the cuff area, and using an adjustable flange tracheostomy tube in an effort to resolve such air leaks is a valid option.
長期の気管切開下人工換気(tracheostomy and invasive ventilation,以下TIVと略記)管理の筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis,以下ALSと略記)患者における呼吸管理の問題の一つに,人工呼吸器から送り込んだ空気が,気管切開孔や口から洩れてしまうエアリークがある.
エアリークが起こることによって,①人工呼吸器で設定する換気を維持できない,②口腔や気管孔からの空気漏れによる不快感,③空気漏れに伴う気管切開孔や口腔周囲の汚染,④口腔からの唾液の垂れ込み誤嚥が生じることがある1)~4).
エアリークが生じることのないよう,気管壁の損傷を予防する為の管理方法として,大容量低圧カフを代表とする気管切開チューブの選択や5),25 cmH2Oから35 cmH2Oのカフ圧に調整するなどが挙げられる6).
不適切な管理によってエアリークが生じてしまった場合,それを回避する為に,①カフ容量の過剰な増加,②Yガーゼの枚数調整やカテーテルマウントの過剰な位置調整,③患者の気管のサイズにそぐわない気管切開チューブへサイズ変更が行われることがある.気管切開チューブの誤った管理により,気管切開孔の肉芽形成,気管変形,動脈瘻や食道瘻などの二次的な合併症をもたらしえる.そして二次的な合併症はしばしば生命をも脅かす重大な合併症となる7)8).
長期のTIV管理のALS患者において,エアリークの適切な対応は重要であり,適切な対応により肺炎や動脈瘻を回避することは,予後に良好な影響を与えることができる.
近年では,長期TIV管理を行うALSに対して,エアリークに対応するためウイングから先端までの長さが変更できる気管切開チューブ(以下,可動式気管カニューレ)を使用している例が紹介されているが対応方法の詳細は不明である9).
今回,不適切な管理によりエアリークが生じた長期TIV管理のALS患者において,画像の観察によりエアリークの原因を気管拡張と同定し,可動式気管カニューレに変更することによりエアリークが消失した経験を報告する.本症例における気管の評価と対応,特に画像の観察による気管拡張の同定と可動式気管カニューレと気管を適合させるための詳細な設定方法を記載し,共有する.
患者:64歳,女性
主訴:胸部不快感
既往歴:気管拡張を伴う可能性のある疾患や合併症は認められない.
家族歴:神経疾患の家族歴なし.
現病歴:8年前に左下肢脱力で発症し,ALSと診断された.6年8ヵ月前に気管切開を施行し,人工呼吸器管理になった.
3ヵ月前からカフ部のエアリークが起こった.具体的には,人工呼吸器の吸気に同調して気管切開部および口腔から空気が漏れ出し,空気漏れに伴って痰と流涎が泡を作りながら溢れ,顔面,頸部,ときには肩甲帯まで痰と流涎が汚染した.
気管切開チューブのウイングと気管切開孔部の間のYガーゼの枚数調整,タオルや洗濯ばさみを用いてカテーテルマウントの位置調整,カフの空気の入れ替え,気管切開チューブのサイズアップで対応していたが,3ヵ月間の間,痰と流涎による汚染とエアリークは変わらずみられていた.
一般所見:四肢筋力は廃絶しており,コミュニケーションは,視線入力の意思伝達装置または透明文字盤の使用により可能であった.人工呼吸器(Trilogy 100, PHILIPS社,東京)の設定は量規定の同期式間欠的強制換気,一回換気量360 ml,呼気終末陽圧4.0 cmH2Oであり,最高気道内圧は20.1 cmH2Oであった.気管切開チューブは,アスパーエースTM(コヴィディエンジャパン株式会社,東京)の30 Frを使用していた.カフには9.5 ccの空気が挿入され管理されており,日常的にカフ圧の確認が行われていなかった.この気管切開チューブで9.5 ccの空気挿入の管理は,6ヵ月間続いていた.シリンジ型カフ圧計であるAGカーフィル(コヴィディエンジャパン株式会社,東京)を使用して,9.5 ccの空気を挿入したところカフ圧は80 cmH2Oであった.
検査所見:CT画像を観察すると,気管の横断面はカフ部で拡張が観察され,カフ部の直径は29.6 mmであった(Fig. 1).レントゲン画像では,カフ部の気管の拡張が認められた(Fig. 2A).
CT images showed that the trachea at the cuff was dilated to 29.6 mm in diameter.
(A) X-ray images showed that the trachea at the cuff was clearly dilated. (B) Adjustment of the cuff to a lower tracheal level using an adjustable flange tracheostomy tube. The tracheal diameter at the extension where the cuff had previously been positioned was clearly smaller.
臨床経過:カフ部の気管の拡張位置,気管分岐部までの距離,大血管の隣接を配慮して,カフ再配置部を決定した(Fig. 3).変更後は,アスパーエースTM(コヴィディエンジャパン株式会社,東京)の30 Frを使用し,有効長を28 mm延長し,90 mmに調整した.カニューレ変更後には,エアリークの消失,気管切開孔部の違和感の消失,カフ圧が25 cmH2O(自動カフ圧コントローラーを使用)であり,7 ccの空気が挿入された.カニューレの変更3ヵ月後も,カフ部のエアリークはみられず,カフ圧は25 cmH2Oで管理できていた.レントゲン画像では,以前の画像より,カフ部が下方に移動していることと,以前のカフ部の縮小が観察された(Fig. 2B).
How to reposition the cuff level: Identify the dilated and non-dilated areas of the trachea from CT images of transverse and sagittal sections. To move the cuff section from (A) to (B), measure the travel distance. The slice thickness of CT images depends on the setting.
本症例ではカフ圧の不適切な管理によってエアリークが生じた症例において,エアリークを対処する為,画像の観察によりエアリークの原因を気管拡張と同定し,可動式気管カニューレに変更することで拡張部の気管を避けてカフを配置した.一般的に,可動式気管カニューレの使用は,気管狭窄に用いられ10)~14),カフ部に特徴的な気管拡張の報告も数名のALSに限られている9).勿論,本報告のようなエアリークの原因の同定から可動式気管カニューレに変更する詳細な方法を記載した報告はなく,共有する価値がある.
まずは,本論文の理解を助けるために,気管拡張の定義,気管拡張の発症の流れ,本症例でエアリークが起こった原因を考えていきたい.そして,その上で本症例のエアリークへの対処法について述べたい.最後に,本症例の経験は,本症例以外のALSの呼吸器管理に応用できるのかを考察したいと思う.
気管拡張は,気管の著しい拡張を特徴とする明確に定義された臨床的および放射線学的実体であり,気管が正常よりも大きく,男性と女性でそれぞれ25 mmと21 mmを超える場合に診断される15).既報では気管拡張を判断する為に,気管径の測定を,胸部X線写真で大動脈弓の上部から2 cmで測定している15).本症例はカフ部の気管径が29.6 mmであり,気管拡張と判断できる.ALSの気管拡張はカフ部でおこり,既報でも同様にカフ部で測定されているため,測定方法も妥当と考えている.気管拡張は,Ehlers–Danlos症候群,慢性喫煙,慢性気管支炎,肺気腫,囊胞性肺線維症および多発性軟骨炎,肺線維症と関連するとされている.また,人工呼吸療法,気管外傷,喫煙および慢性的な刺激物による気管拡張の二次発症が示唆されている16).後天性気管軟化症は,長期にわたる気管内挿管時の圧迫壊死,血液供給の障害,感染および気管粘膜の周期的な摩擦によって引き起こされるとされており,気管拡張の背景には後天性気管軟化症がある17).また,呼吸器の設定もエアリークの要因に関与しており,具体的には最高気道内圧が25 cmH2Oを超える場合には,エアリークが生じやすくなる18).本症例の場合は,気道内圧は20 cmH2Oと低く18),大容量低圧カフを使用していたが5),気管切開チューブを6年もの間使用しており,日常的にカフ圧の確認を行っておらず,カフ圧も80 cmH2Oと高い圧であった.しかも,80 cmH2Oの圧力となっていた管理方法は6ヵ月間行われていた.そのため,長期の気管切開チューブでの人工呼吸療法に伴う気管壁への圧迫により気管拡張を発症したと考えられる7)9)19).そして,本症例のカフ部の直径は29.6 mmであったが,メーカーのホームページでは,同種同サイズのカフ部の拡張径は24 mmとなっており,エアリークの原因を気管拡張と同定した.
カフ部のエアリークの対応として,本症例では気管切開チューブのウイングと気管切開孔部の間のYガーゼの枚数調整,カテーテルマウントの位置調整,カフの空気の入れ替え,気管切開チューブのサイズアップで対応していた.これらの対応で,経験的にエアリークが改善を示す症例もあるが,本症例ではカフリークは消失しなかった.これらの対応は,カフレベルがほとんど変化せず,拡張した気管ではシーリングが困難であった.しかし,CT画像から気管の拡張部と非拡張部を確認し,可動式気管カニューレに変更することで,カフレベルの再配置が可能となりエアリークを消失させることができた.
カフレベルの再配置には,変形部位,気管分岐部までの距離,大血管の位置に配慮し,有効長を調整できる気管切開チューブにより,カフレベルの再配置を行った(Fig. 3).そして,気管切開チューブのサイズの選択には,再配置部の気管径と気管切開チューブのカフ膨張径のフィッティングを考慮し,気管切開チューブのサイズを選択した.カフレベルの再配置と,気管切開チューブの選択を適切に行うことで,適した位置に適したカフを配置することができ,エアリークを消失させることが可能であるとわかった.メーカーの規定する気管切開チューブのカフの膨張径を調べたり,CTを撮影して詳細に観察したりすることは,急性期領域では対応が難しいかもしれないが,TIV管理のALSでは適切であると考えている.
カフレベルを変化させたことによって,レントゲン画像では以前のカフレベルの気管径が明らかな縮小がみられた.この現象は,Leeらの報告でも認められており19),カフによる圧迫が解除されたことにより起こっていると考えられる.カフレベルを,再度,元のカフレベルに配置した時に,また拡張してしまうのか,脆弱性を残しているのかは不明である.しかし,再度,同じレベルのカフレベルで対応できる可能性を考えられるレントゲン画像である.
本邦からはカフ部のエアリークを伴う長期TIV管理のALSにおいて画像を確認し,気管拡張を同定し,可動式気管カニューレに変更することでカフ部のエアリークに対処した報告はない.また世界的にみても可動式気管カニューレの詳細な設定方法は記載されていない.そのため,本報告はALSの人工呼吸器管理において重要である.
本報告が広く応用可能かということを考える.重要なことは,カフ部に特徴的に拡大していて,カフレベルの変更で対応可能かということである.3次元CT画像を用いたLeeらの報告や19),3症例のALSをまとめたYangらの報告でも気管拡張はカフ部に特徴的である9).
では,本症例のように不適切な管理によって気管拡張を引き起こし,エアリークを生じるケースがどの程度いるのであろうか.前提として,気管切開チューブを使用したからと言って,エアリークが生じるわけではなく,気管切開チューブによるシーリングは簡単で安全な技術であると言われている20).しかし,在宅で療養するTIV管理のALS症例ではカフ圧が過度に高値であることも多く78.9%にカフ圧が36 cmH2Oを超えたとの報告があり6),またエアリークを伴う重症成人患者における気管切開チューブ位置の異常は20%程度とされている21).これまでALSにおける気管拡張とそれに伴うエアリークは,頻度,原因の同定やその対処方法について論文で語られることが少なかったが,長期の人工呼吸器使用のALSにとって稀ではなく,原因やその対処方法についてより議論するべきであると考える.我々の示した対処法が広く応用可能かということは分からないが,対象となる患者は存在すると考えられ,同様の症状をもつ症例がいれば,可動式気管カニューレを用いた本報告の方法を試してみる価値がある.
著者全員に本論文に関連し,開示すべきCOI状態にある企業,組織,団体はいずれも有りません.