認知リハビリテーション
Online ISSN : 2436-4223
特別寄稿
発達障害と就職支援 Kaienの事例を通して
鈴木 慶太
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キーワード: ASD, ADHD, 発達障害, 支援, 就労
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2022 年 27 巻 1 号 p. 48-53

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Abstract

The support law for people with developmental disorders (2005) and the Act for Eliminating Discrimination against Persons with Disabilities (2016) have made significant progress in providing employment support for persons with developmental disabilities, which include autism spectrum disorder, attention deficit and hyperactivity disorder and learning disorder. Kaien Inc., which was founded in 2009, has also grown its achievements in this trend. Through the support of more than 5,000 people, the organization has demonstrated the combination of traditional approaches to intellectual disabilities and mental disorders and the advanced approaches deprived from business methods is valid and practical. In the future, based on the concept of neurodiversity, the success cases should be expanded even into general employment. This paper summarizes the history and future prospects of support for developmental disabilities through the case of Kaien.

はじめに

私の長男が発達障害と診断されたのが2007年。大変なショックを受けたものの、発達障害の人の活躍の場を広げようと決意して起業したのが2年後の2009年。それから14年が経過し、多くの発達障害の方の支援に現場で携わってきた。

Kaienを利用した方は小学生から60代まで総支援数は約5500人。これまで2000人超の就職者を輩出してきた。サービスの中核は就労移行支援・自立訓練(生活訓練)・放課後等デイサービスなど、障害福祉サービスの事業所運営(首都圏・関西に28拠点)だが、今でも一丁目一番地は発達障害の人が活躍できる場の開拓である。執筆現在、進行形のプロジェクトだけでも、アクセンチュアやEY Japanなど外資系、NTTグループやオムロンなど国内企業が挙げられ、過去のものを含めるとその数は数百になる。

実績はすこぶるよい。当社の利用者の就職率は毎年80%を超える。これは同業他社1)(約45%)の2倍近くである。かつ就活期間も短い。Kaienは9ヵ月だが同業他社が15ヵ月なので4割程度短い期間で就職できている。その後、離職してしまう率も半分から三分の一である。つまりより高い確率で、より速く就職出来、より安定した就職を果たせている。

本稿では株式会社Kaienの14年の歩みを振り返ることで、医療も福祉も素人であり、いまだに何の資格もない、いわば外様である私から見た発達障害の方の可能性と今後の展望を論じていきたい。

発達障害と高次脳機能障害との関連

発達障害といっても医師によって定義は異なる。当社は様々な定義を経て集まった患者たちを見ているので、十把一絡げの「発達障害群」を支援しているとも言える。特に成人の場合、二次障害のある方が一般的であり、いわゆるピュアな発達障害者のほうが少ない。

ただしこのようなざっくりとした発達障害群の支援を考えるうえでも、高次脳機能障害や精神障害との比較を述べておくのは有効と思われる。そもそも素人分析とはなるが、発達障害の支援に当社が他社よりも実績を残せているのはこのあたりの肝を比較的に早期に発見できたことになると思われる。

その肝が次に表される「認知心理学的アプローチ」と「作業療法的アプローチ」の違いである。

・認知心理学的 心がどう感じるか?

・作業療法的 機能をどう活かすか?

一般に福祉の支援というと「共感」や「傾聴」など、心の奥底を知るアプローチになっていくことが多い。実際、当社でスタッフ採用をしていると、共感力や傾聴力を自らのアピールとしているケースが圧倒的に多い。こうしたアプローチはうつや統合失調症など精神障害系の方向けには当てはまることが多いであろう。

しかしながら発達障害の人のアプローチは「作業療法的アプローチ」と言える。つまり本人の感じ方ややる気と言ったことももちろん重要であるが、本人が持つ機能をどう活かすか、あるいは乏しい機能に頼らざるを得ない状況をどう回避するか、という機能的な考え方と言える。

私見だがこれは高次脳機能障害のアプローチと非常に近しいと思われる。違いは機能がリハビリテーションを通じて少しずつ回復する可能性があるか、生来のもので亡くなるまで苦手な機能として考えるかの違いに過ぎないかもしれない。私の場合は発達障害への支援を、知的障害や精神障害ではなく、高次脳機能障害と近い支援と捉えることが出来たのが幸いであった。

外様としての発見

2.1 デンマークのSpecialisterne社がロールモデル

Specialisterne(スペシャリスタナ)は2004年にデンマークで創業した会社である。創業者のThorkil Sonne氏は、私と同じように発達障害の子の父だ。元々は日本でいうNTTドコモのような携帯電話企業の技術者として働いていたが、技術の検証(ソフトウェアテスト)を行う部下に、自分の息子と同じようなタイプが多いことに気付く。つまり障害というマイナスの部分だけではなく、実はその特性がプラスに職業として使えるのではないかと発想し、自分で会社を興した。

Specialisterneがなぜ革新的なのか?それは障害者を支援対象としてとらえず、むしろ障害特性を武器として就職を目指すスタイルにある。また職種や職場を環境と見立て、その環境が障害特性にあっているかどうかを考えることがユニークである。例えば日本の場合、障害者の就労支援だと、職業準備性ピラミッド2)といい、睡眠や自己受容などのピラミッドの下部から積み上げていく事が多く、いわば本人を普通に近づけるアプローチだが、Specialisterneは本人は変わらなかったとしても周囲を変えれば戦力となる、かつそれで資本主義社会で営利が出せるということを実例で示したことが大きい。

事業内容はKaienと似ている。というよりも当社がSpecialisterneに似ている。つまり行政の仕組みを使って発達障害の人たちの自立や就職への訓練を行う一方で、企業にアドバイスしたり社員を常駐させたりして受け入れ態勢を整えるビジネスを行っている。なお現在は世界10か国以上にSpecialisterneを冠した関連会社があるほか、当社も含め100を超える企業・団体がSpecialisterneと似た事業を展開している。

2.2 当事者に導かれたどり着いた原理原則

そもそも障害福祉サービスは多くの場合素人が運営している。例えば就労移行支援を見ると、サービス管理責任者、管理者、生活支援員、職業支援員、就職支援員などあわせて5人程度で構成されるが、実はサービス管理責任者以外は無資格・無経験でもまったく問題なく支援にあたれる。当社も今でこそ経験者や資格保有者が多くなったが当初は私含めほとんどが素人集団であった。

この時重要だったのは「当事者・家族性」という側面である。私は当初「普通になってほしい」「それが無理ならば”健常者”を凌いでほしい」という気持ちがあったかもしれない。実はこの視点は今でも非常に強い視点だ。具体的には、障害者手帳や障害者雇用に頼らないような働き方、一般の人に混じった働き方を目指していた。

しかしこの「障害を見えなくするアプローチ」は生涯特性が残る発達障害には無理がある。むしろ目指すべきは「障害を抱えながら幸せに生きる」視点である。この視点は草創期に支援をした当事者から教わった。当事者から「働いてお金をもらえれば、自分は障害者手帳の取得もいとわない」と言われたことは大きかった。以来、当事者の強みを活かしつつ、他者との比較ではなく本人の幸福を目指すというアプローチで事業を展開している。

自分たちがプロとは言えないという負い目が、結果的には幸いしたと考えている。

2.3 発達障害支援に通じるビジネス的発想

私は創業前の2年間、MBA取得をする為、アメリカのビジネススクールに留学した。決して発達障害の支援の企業を興そうと思って留学したわけではないのだが、そこでの学びは実は支援に役立っている。

ビジネススクール、つまり組織のマネジメントは、いかにヒト・モノ・カネの制約の元で、他社が達成できないゴールを達成しようというものである。あるいはその仕組みを作り出し、どこでも普遍的に事業を回し、利益を最大化していくことを狙うものである。

障害のある人も機能に制約がある。その制約を所与として、いかにビジネス上の成果を出していくか。事業の規模や、タスクの粒度は異なるかもしれないが、命題自体は変わらない。

例えば、発達障害の方のミスを減らすための工夫は、製造業で歩留まりを高める仕組みと大きくは変わらない。また複数のタスクの中で優先順位付けをしていく作業は、インバスケットと言われる緊急時の対処法のノウハウと変わらない。いわばMBA的なノウハウも持ち込んだのが当社の特徴と言えるかもしれない。

3. 伝統的な手法との合流

3.1 本人不在と勘違いさせるABAやTEACCH

Kaienで発達障害の人を支援する中で、Specialisterne流は、一般的な支援方法であるABA(応用行動分析学)やTEACCH(構造化を基本とした自閉症者向けプログラム)と矛盾しないことが分かってきた。Specialisterne流は基本を大事に、より就職支援にフォーカスした方法だということであろう。しかしABAやTEACCHは福祉関係者からは評判が良いわけではない。それはなぜだろうか。

その理由はABAやTEACCHを表面的に理解すると「本人不在」とも感じさせる面にあるのではないかと私は思っている。実はこの「本人不在」とも誤解されるアプローチはビジネスの世界には頻発する。例えばハンバーガーのファストフード店を例にとろう。

今日から働くスタッフにファストフードのチェーンはやる気や本人の気持ちを大事に仕事を教えるだろうか。もちろん気持ちを踏みにじるような事はしないだろう。しかしマニュアルに沿うことが本人も無駄なことをせずに仕事を覚えられ、会社としても利益が出るようになっている。最適な行動がすでに構造化されており、成長できる環境を整えられているといえる。

一方で福祉の場では通常は本人の気持ちや感じ方を重視する。なので望ましい行動が記述されていて、その行動に至るための最短ルートが用意されている支援には非人間的な気持ち悪さがあったとしてもおかしくはない。が、ABAやTEACCHというのはまさにそのような型を用いるアプローチともいえる。

3.2 無意識の行動を修正することで本人の意志を重視する

ただしSpecialisterne流やABA、TEACCHに見られる構造化や環境調整のアプローチは決して本人の不利益を考えたものではない。また本人の意思を踏みにじるものでもない。むしろ発達障害の人が無意識の中で不適切な反応、すなわち意志とは無関係に不適応を引き起こしてしまっている言動を修正するために環境や構造を当てはめているのである。

例えば自発的に質問や提案をせず、周囲からやる気がないとか、協調性がないと言われている社員を考えてほしい。発達障害の想像性の乏しさからこのような状況はしばしば発生する。この人に共感したり傾聴したりして心理的アプローチをしても結局本人の視点に止まるだけで状況は改善しないであろう。

この社員に適したアプローチは何か?Kaienの定着支援で頻繁に行うアドバイスは、例えば2時間ごとに状況を報告してもらい、その時に質問や相談をするという方法である。このような構造化によって定期的に周囲とやり取りが生まれ、質問も溜まることなく、また指示も滞ることがない。あるいは定量的に成果が見える業務に配置転換し、一定数のパフォーマンスとなったときに相談に来るように仕組化することも手であろう。この場合も環境を変えることで、ある意味本人の能力・障害に変化がなかったとしても、職場でのパフォーマンスは向上する。

発達障害の障害特性を考えると、本人の意欲や感覚というよりも、第一義的には環境調整や構造化を徹底することによって、本人の無意識なズレを自然に修正し、パフォーマンスを最大化する方針は、ABA、TEACCH、そしてSpecialisterneに共通する事がわかる。想像性を補う実践主義と言えるだろうか。

当社も結局は外様としてスタートしながら伝統的な手法を実は抱合しているということになるであろう。

4. これからの発達障害者支援

4.1 「一番難しい障害」から「最も簡単な障害」

Kaienを創業した時にハローワークの担当者に言われた言葉がある。それは「発達障害は一番難しい障害だ」というものだ。就職支援をするときに、知的・身体・精神の障害に比べて支援が難しく、結果に結び付けられない。そんな難しい障害に特化すると会社がつぶれるよとアドバイスを受けるほど、世間の評判は低かった。

一方で今は「最も簡単な障害」ともいえる。例えば障害者職業センターによる分析でも、発達障害の人の職場定着率は他の3障害に比べて明らかに高い。これは2005年施行の発達障害者支援法によって全国に支援網が取られたこと、その体制を基に支援法がこの10年20年のうちに広がってきたことが大きいであろう。また既存メディアやSNSによる当事者発信によって、発達障害について広く知られてきたことも大きい。

一方で懸念もある。最近は文字情報よりも動画情報が広まりやすいが、YouTubeなどを見ると発達障害の情報はレッテルを増長させるようなもの、単純化しすぎて誤解を与えやすいものが上位に来ていると言える。例えばADHDの見分け方とか、ASDっぽい歩き方などである。通常の学級に通う8.8%もの児童生徒が発達障害と思われる中、正しい知見を子どもも含めた多くの方に伝えていくことは手を緩めてはいけないであろう。

4.2 合理的配慮 一般雇用でも義務

日本は、2014年に国連の障害者権利条約を批准し、2016年から障害者差別解消法をはじめとした法律が整備された。これによって「合理的配慮」という新しい概念によって障害に関する取り組みが始まっている。

日本はそれまで障害を「画一的」に捉え、だからこそ「事前」に支援策を整備するということが可能であった。これは身体障害の人の受け入れには効果を発揮する。例えば、各種イベントで手話を入れたり、公共施設に点字タイルや多機能トイレ、エレベーターを設置したり、身体障害の人からの配慮希望を予測し事前に施設を設置する事で配慮が提供できるという考えだ。

しかし合理的配慮では新しい考えが加わる。それが「個別」「事後」という考え方だ。そもそも精神障害や発達障害は一人一人配慮希望が異なる。例えば人によって板書が苦手な人もいれば、感覚過敏で音に対する配慮を求めるものもいる。すなわち個別に対応が求められるし、本人に聞かないと(すなわち事後でないと)しっかりとした配慮が出来ないという考えだ。

合理的配慮は公的期間では既に義務化されていて、例えば公共施設や国立大学法人などでは、合理的配慮の仕組みに沿った対応をしないといけない。また民間事業者は2024年に義務化される見通しとなったが、実は民間事業者についても2016年当初から雇用分野に限っては義務化されている。すなわち障害者雇用に限らず、一般雇用でも既に義務化されているわけである。

発達障害や精神障害の人は見た目ではわからず、一般雇用では本人から言い出さない限り適切な環境が得られないことが多いであろう。合理的配慮がどの職場でも受けられるというのは、本人にも、事業所にも、医療福祉関係者にも、伝えていかないといけないと思われる。

4.3 障害者雇用率の上昇に伴う懸念

現在、民間企業の法定雇用率は2.3%である。この数値は引き上げにむけて厚労省で議論が行われ、2.4%や2.5%になることが予想されている。ここも発達障害や精神障害の人には働く機会や選択肢が増える可能性が高い。しかし障害者雇用はそもそも国連から指摘されているように「インクルージョン」ではなく「分離」であり、制度があるゆえ現場の歪みも大きい。

一つは中小企業である。実は法定雇用率は大企業の達成度はすこぶる高い3)。それゆえに大企業が所在する大都市は障害者が枯渇しているという声も採用側から聞かれる。一方で体力もノウハウも乏しい中小企業は地方に多い。地方の障害のある人への選択肢を広げるためにも中小企業の雇用者数拡大はすぐにでも期待されることだが、一方で中小企業の場合は大企業に比べて複数の業務を兼ねることが多い。能力に凸凹のある発達障害のある人にはマルチタスクを求められて苦しみやすい環境である。大企業に広まっている雇用ノウハウを越える工夫が必要と言えよう。

二つ目は数合わせの雇用である。今障害者雇用で人気があるのはパラアスリートや農園型障害者雇用である。いわば本業で雇うことを諦め、本業以外で障害者雇用率を達成しようという動きが非常に強い。もちろんパラアスリートのように夢を追い求める人を応援するというポジティブな動きともいえるが、一方で農園型障害者雇用での農産物は廃棄されたり障害者本人が消費したりして、障害者雇用の精神から大きくずれているといえるであろう。

つまり障害者雇用に頼る現行のシステムではなく、社会で広く発達障害の人や病みながら働く人を包摂することを目指す必要がある。その時に経済合理性も同時に果たさないと企業は動こうとしないため、企業の稼ぎを毀損しないモデルが必要である。

4.4 ニューロダイバーシティという希望

そこで注目されている概念がニューロダイバーシティである。これは障害者・健常者に分けるのではなく、一人一人の顔立ちが異なるように一人一人の脳神経が異なっているという概念である。もともと自閉症スペクトラム症の当事者による造語で、連続性のある発達障害や精神障害に馴染みやすい概念である。

ニューロダイバーシティがなぜ希望かというと、企業の多様性の動きに乗りやすいからである。これまでダイバーシティ経営は女性活躍、外国人活躍、そしてLGBTQ活躍の3本の柱で動いてきた。特に外資系の取り組みは凄まじく、多様性を根幹に掲げて、すべての業務が多様性で貫かれるようになっている。日本企業も大手を中心にこの動きに追随する企業が増えている。そもそもこの流れに取り残されると競争力のある従業員が、特に若手を中心に確保できず、いわば追い込まれて始めている企業もあるほどである。日本では国が動けば企業が動くことが多いが、実は厚労省ではなく経産省が「ニューロダイバーシティ」4)で予算を付け企業を変えようと動いていることも大きい。

ニューロダイバーシティという概念が進むとそもそも障害者雇用だけではなく一般雇用の中でも、発達障害や精神障害を含む、様々な少数派を理解し、どのように一人一人の違いを活かしていくかという、至極まっとうな議論になりやすい。大量生産された同じ形のパーツ(つまり人材)を使って組み立てるのではなく、一つ一つ違ったパーツを組み立てる工夫を求められているが、それをすることによって利益がむしろ確保できるという流れになっている。

障害者雇用というコンプライアンスから、障害者雇用を越えた戦力化への変換が起こる可能性がある。この動きに期待するとともに当社も一つの推進力になっていきたいと考えている。

文献
 
© 2022 認知リハビリテーション研究会

この記事はクリエイティブ・コモンズ [表示 4.0 国際]ライセンスの下に提供されています。
https://creativecommons.org/licenses/by/4.0/deed.ja
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