認知リハビリテーション
Online ISSN : 2436-4223
特別寄稿
臨床経験にもとづいた失行症の見方
早川 裕子
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2023 年 28 巻 p. 9-14

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Abstract

Results from apraxia rehabilitation are not considered to be sufficient evidence in stroke treatment guidelines, as there are no high-quality research reports. In other words, it is necessary to consider approaches that go beyond conventional thinking.

Conventional examination and observation of apraxia have focused on the action of the primary right hand and have revealed the involvement of the left cerebral hemisphere in the conceptual aspect of the action. However, actions in daily life activities usually involve both hands, and it is necessary to consider the role of the right cerebral hemisphere involved in the motor representation of the left hand which has supporting function in almost all daily life activities. In addition, since apraxia patients with paralysis from left hemisphere damage need to perform daily activities with their intact left hand, it is meaningful to clarify the function of the right hemisphere in generating actions from the viewpoint of rehabilitation.

I would like to propose that we consider action generation not only as a left hemisphere function, but also as a mechanism of the whole brain by using the vertical process of language generation in Yamadori (1997a) and considering action generation as a motor output that goes through "judgment based on social context," "generation of action purpose," and "generation of action program" from comprehension of environment (see the Fig.1).

Fig.1 Vertical process of action generation

はじめに

失行症は確かに存在する。錯行為のある患者を一度でも目にすれば、存在を確信せざるを得ない。例えば、ノコギリを頬に当てて髭を剃ろうとするかのような動きをする患者は、道具を視覚的に捉え、手を伸ばし、把握し、動かすことはできている。つまり、身体的機能は全く問題ない。しかし、誤った対象(頬)に道具(ノコギリ)を当て使おうとする。

あるいは、動作の模倣が拙劣で、一生懸命真似ようとすればするほど、目標とする動作からかけ離れてしまう、といった患者に出会うこともある。模倣は、誰に教わるわけでもなく、赤子が自然に生成できるような行為である。しかし、脳に損傷を負ったことで、それが困難になることがある。

一方で、失行症は、万人が腹落ちする定義や発現メカニズムは存在しないまま、1世紀以上議論され続けている症候でもある。Liepmannの観念性失行、観念運動性失行、肢節運動性失行は古典的失行と呼ばれ、失行症を論じる上で現在でも中核となる考えである(近藤,2017二村,2020)。古典的失行もさることながら、Liepmannの最も大きな功績は、左半球が行為の優位半球であることを指摘したことであろう(Goldenberg, 2013)。現在でも行為生成の脳内メカニズムに関する議論は、左半球の役割についてである。

脳卒中治療ガイドライン2021(日本脳卒中学会脳卒中ガイドライン委員会,2021)において、失行症のリハビリテーションは、戦略的訓練や身振りを用いた訓練を行うことは妥当だが、質の高い研究報告はないため、十分な効果があるとはされていない。リハビリテーションに関わる者としては残念なことである。

しかし、エビデンスがないからこそ、従来の失行症についての考え方を超えた視点で症候を見る可能性がある、と解釈することもできる。新たな視点は、これからのリハビリテーションのヒントを発見する可能性がある。本稿では、歴史的背景や概念的な論考からは距離を置き、一病院に勤務する一作業療法士のごく臨床的な視点から、失行症の見方について考えてみたい。

なお本稿では、右手利き者で、左半球が行為の優位半球である行為に限定して論じる。

1. 失行症のある患者

臨床場面で出会う多くの失行症例は、左半球に病変が存在する。病巣の広がりにもよるが、右手に運動機能や感覚機能の問題があることも少なくない。麻痺があれば、主動作は非利き手である左手を利き手の右手の代わりに使用することを余儀なくされる。

そう考えると、失行症のある患者は、失行症があるということ意外に、行為を行う上ですでにハンデがあると言える。右半身の麻痺が軽度で、右手で道具操作や行為生成ができたとしても、利き手である右手に違和感を持ちながら行為をすることになる。右半身の麻痺が確実に存在する場合には、非利き手である左手が主動作を担うことになる。どちらの場合も、いわゆる失行症検査の実施の有無に関わらず、生活上ハンデがあることは明らかである。

従来の失行症の検査は、生活上のハンデはさておき、右手でも左手でも主動作としての運動表出を評価してきた。例えば、はさみ・金槌・ネジ回し・歯ブラシ・くしなどの道具使用では、右手でも左手でも、該当する道具そのものの扱いを表出させ、その道具が持つ用途・目的を果たせる動きができているか、拙劣でないかを観察する。

従来の失行検査で明らかにしようとしていることは、運動表出そのものではない。運動表出は検査の観察対象ではあるが、使用手を超えた、表象性の高い認知機能を評価している。特に道具使用では、その道具使用時の実際の左手の補助手としての行為生成は評価していない。従来の失行検査では、右手なら右手がしている主動作の行為生成、左手なら左手がしている補助手の行為生成を評価する、と言う考えは含まれていない。

道具使用行為において、行為における左手の機能を厳密に評価するのであれば、左手でハサミ・金槌・ネジ回しを使わせるのではなく、該当の道具に対する対象物に対する運動生成、例えば紙・釘・ネジといった、補助手での対象物の扱い方の検査が必要である可能性がある。

2. 道具使用と左手:左手の補助手使用失行の存在の可能性

例えば、ハサミで紙を切る動作について考えてみよう。左手で切る対象となる紙を持ち、右手でハサミを持ってハサミを操作する。最も末梢となる筋肉運動としての運動表出に絞って考えると、左手は右半球の前頭葉一次運動野からの、右手は左半球の前頭葉一次運動野からの信号が錐体路・脊髄を経由し筋肉に到達している。つまり、道具使用は左半球のみならず、右半球の関与が必須である。

道具使用における左手の働きは、作業療法において「補助手」「非利き手の補助的使用」などと呼び、日常生活動作の自立を目指すための重要な要素の一つとして挙げられる。書類を書くときに紙をおさえる、ペットボトルの蓋を開けるためペットボトルを持つ、ご飯の入ったお茶碗を持つなど、言ってみれば、左手は、主動作の黒子的な役割を担っている。日常生活動作において、実は、左手は無限の活躍をしている。

前述した通り、筋肉運動としての表出に直結して関与する大脳領域は明確である。しかし、左手の補助手としての役割を果たすための運動生成に関連した脳内連絡や脳内メカニズムを研究した論文は、私が知る限りない。

左手の補助手としての機能を果たすための脳内メカニズム、つまり、右半球の一次運動野の発火を誘発するまでの仕組みについては、二つの仮説が提案可能である。一つは、行為の概念的な表象には左手の補助的使用も含有されていると考え、行為の優位半球である左半球にそのシステムがあるとする考えである。もう一つは、左手の補助的使用を担う行為の領域は、右半球に存在するという考えである。

これらの仮説検証は、実験的な手法を用いて、健常者での研究を展開できる可能性もある。臨床的には補助手としての左手の行為に障害を生じた症例を発見し、その症例の病巣と障害の関係の考察する必要がある。少なくとも、主動作手の運動表出を検査する従来の失行症の検査を超えた視点を持ち、患者を観察する必要がある。

小川ら(2022)は、左手の行為の障害が本人の言語命令により改善した大脳皮質基底核症候群の1例を報告している。症例は、調理の場面で、右手で箸を持つが、左手でフライパンをスムーズに持つことが出来なかったという。また、リンゴの皮剥きの際に左手でリンゴを回すこと、レース編みでの左手の操作が、患者の内観として上手く出来ないと感じているとのことであった(私信)。神経画像ではSPECTで右優位の基底核集積低下を認めたとのことである。

小川ら(2022)の例は変性疾患であり、左手の補助的使用の機能局在の可能性について議論することは難しい。しかし、左手の補助手使用の失行症が存在する可能性を示す貴重な症例であるように思われる。また、言語的に左手がすることを自ら命令すると改善する、と言う点も興味深い。左手の動きを言語により意識に上げる必要があることは、行為生成の新たな視点になることかもしれない。

3. 道具使用における左手の補助的使用とアフォーダンスの視点

アフォーダンス理論は、アメリカの知覚心理学者ジェームズ・ギブソンによって1960年代に完成された理論で、今日では様々な領域で注目されている(佐々木,2015)。Osiurakら(2017)は視覚皮質から前方に向かう、背-背側システム、腹-背側システム、腹側システムからなる、道具使用のThree Action-System modelを提案し、中でも背-背側システムは、アフォーダンスと関連する、手を中心にした運動制御を担うとしている。例えば、ネジ回しを見た時、グリップの部分が持ち手であると知覚され、自然と持ち手を持つ動作が生成される。

日常生活動作での左手の補助的使用について考えてみると、前述した通り、役割としては黒子的であり、直感的にはかなり無意識的な行為である。臨床的には、左手の行為生成には、Osiurakら(2017)が提案した、左半球の背-背側システムにおける形状に合わせた把握の出現より、より高次のアフォーダンス処理をしているように感じられる。

例えば、紙を切る時、意識に登っている思考は「紙を切る」である。つまり、意識する動作は、ハサミを操作する右手の動作である。実際の動作の際には、右手の運動だけでなく、意識に上っていない左手の運動も生成されている。左手は対象となる紙を持ち上げ、右手が動きやすいように紙を把持し、必要に応じて紙を持ち替えたりもしている。しかし、「さあ左手では紙を持つぞ」「左手は紙を持ち替えるぞ」と言う意識は、少なくとも私の日常生活においては、特段の困難なくごく自然にハサミで紙を切る動作中に顕在化したことはない。

すなわち、左手の道具使用における補助的使用は、Osiurakら(2017)の視覚を中心にした背-背側システムと「無意識さ」は類似しているが、その内容は道具把握だけに留まらず、目的的な道具使用という行為全体をアフォーダンス処理していると考えられる。

これらの日常的な経験から考えると、左手の補助手の役割は、行為の文脈に沿って主動作手の動きを中心にしたアフォーダンスと関連している可能性がある。神経基盤について考えると、様々な可能性が考えられる。まず、行為の左半球優位性を重視した上で、Osiurakら(2017)に従って考えてみると、左半球の背-背側システムが両側性に表象している可能性が考えられる。あるいは、右半球における背-背側システムに相当する右上頭頂小葉を中心とした領域がその機能を担う可能性もある。もっと想像を逞しくすれば、右半球全体で行為の文脈を判断している可能性も考えられる。

山鳥(1997a)は、言語処理に関与する領域について、左半球の1.ブロカ領域、2.ウエルニッケ領域、3.縁上回/中心後回、4.中心前回・中心後回からなる「音韻生成領域」、5.角回、6.側頭葉後方、7.中前頭回、8.前頭前野、9.側頭葉前方からなる「意味生成領域」に加え、10.「右半球言語運用領域」の3つの領域からなる、三重構造があるとしている。

脳血管障害のある患者では、右半球損傷者は半側空間無視だけでは説明できない、コミュニケーションの取りづらさや文脈判断の困難さを経験することが少なくない。行為の生成においても、山鳥(1997a)の言語生成の三重構造のスキーマが当てはまると考えると、右半球は行為を運用する働きのある領域と考えることができる。そう考えると、左手の無意識的な補助手の役割動作の生成には、右半球全体が関与する可能性もあるように思われる。

4. 健常者が利き手交換をしたら:私の場合

右手に麻痺がない健常者が利き手交換をして、左手を主動作手、右手を補助手として日常生活をするよう命令されたとする。大抵は、よほどの報酬がない限り、まどろっこしくて継続できない。左手で動作をすると、利き手のようにスムーズに動作ができず時間もかかるからだ。

しかし、右手が麻痺してしまったらそうはいかない。左手を中心として生活せざるを得ない。作業療法ではいわゆる「利き手交換訓練」を実施する。が、実際には、訓練時間での訓練効果より、むしろ、生活の中で本人が試行錯誤しながら何度も使うことで、左手の利き手としての動きを獲得して行く効果の方が高い。作業療法士の役割は、励まし、少しの上達でも発見し、それを承認し、サポートすることの方が重要である場合も少なくない。

仮に、麻痺のない人が日常生活の一部の動作を主動作手として左手を使用してみたらどうなるのか。動作に時間を要することで他人に迷惑をかけることがない、限定的な行為について、私自身で実験してみた。

選んだ日常生活行為は3つである。巧緻性の必要な箸動作、巧緻性の必要性が低い電動歯ブラシ操作、そして、体幹や下肢の運動の連携が必要となる浴室掃除後の水気を除くためのワイピング操作である。いずれも毎日、一日1回は実施すると決め、実施してみた。

箸の使用は、食べたい気持ちがあるのにうまく操作できず、利き手が交換できるレベルになる前に約1ヶ月で断念し、継続できなかった。電動歯ブラシ操作は、ただ歯に当てているだけにも関わらず、集中して左手を使用していないといつの間にか右手に持ち替えてしまっていることが度々あり、約1ヶ月半で断念した。定着しなかったのは、歯磨きをしながら歯磨き後に行うスケジュールなど、他のことを考えてしまうせいかもしれない。一方、浴室掃除後のワイピング動作は、唯一3ヶ月以上継続でき、日常生活においてもほぼ左手で行うことが定着した。

全くもって私個人の経験からの推測に過ぎないが、私の利き手交換実験から、非利き手である左手で主動作を行う上では、左手の運動表出以外に必要な機能があるように思われた。

一つは効果がすぐに現れなくても継続するための忍耐強さである。これは、リハビリテーションを行う場合、学習効果が得られるまでの間の反復練習において、対象者のモチベーションを維持するためのアプローチの必要性を教えられた点でもあった。もう一つは注意機能である。すべきことに集中して訓練を行わないと、私の電動歯ブラシ操作のように、ただしているだけになってしまう可能性がある。

そして、大抵の日常生活動作は「手」だけで行うものではなく、全身で行なっているということも実感した。左手が主動作手を担っているとき、右手に力が入り過ぎることがあった。浴室のワイピング操作では、当初、自分の体に水をかけてしまうこともあり、足の位置や体幹の向きなど、全身的な体の動かし方を考慮する必要性も実感した。

左手を主動作手として使用する経験を通し、行為を生成するとき、脳内では、左手の運動を表出させる運動領域だけでなく、多くの領域が機能している可能性を改めて考えさせられた。

5. これからの失行症のリハビリテーションに向けて

山鳥(1997a)は、言語生成の垂直図として図2のシェーマを示した。すなわち、言語生成は、言語を受容し、最終的に一つの言語表現を実現するまでの過程であり、受容した言語を社会的な脈絡の中で判断し、意味を生成し、音韻を生成し、最終的に言語として表出される過程である。山鳥(1997b)は、脳は常に環境を全体として処理し、すこしずつその処理を精緻化してゆく情報処理系と捉えている。

このシェーマは、行為生成にも当てはまられると考えられる(図3)。つまり、行為生成の過程を、全体的に環境を把握し、「社会的文脈における判断」「行為目的の生成」「行為プログラムの生成」を経て、最終的に運動として出力される過程とすることができる。環境を捉え、最終的に一つの運動として表出する過程は、行為に関わる大脳構造が関わる過程でもある。

現在、失行症のメカニズムとして大きく議論されているのは、この垂直図でいえば「行為目的の生成」の過程である。しかし、行為生成はその過程だけで行われるものではない。全体を俯瞰したこのようなシェーマの中で、行為生成、あるいはその障害を捉えることは、リハビリテーションを考える上でも重要なことと考える。

近藤(2023)は、道具使用障害について論じ、そのリハビリテーションの可能性について、複数の道具関連動作システムが存在しているのであれば、侵襲の少ない無傷なシステムを確認し、有効に利用することが期待される、としている。

失行症の脳内のメカニズムは、今後もさらに議論・研究が進むであろう。我々もケースを丹念にみることで、その一端を担うことができると考える。これまでの知見に、未来の知見も取り入れながら、障害機序、脳内メカニズムをベースにリハビリテーションプログラムを立案し、患者がより生活しやすくなる方向を探ることが期待される。

図2 言語生成の垂直図(山鳥, 1997a;p352)

図3 行為生成の垂直図

文 献
 
© 2023 認知リハビリテーション研究会

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