抄録
背景:近年、低酸素環境下でのスプリントトレーニングの効果が注目されている。我々は、陸
上競技短距離選手を対象に、低酸素環境下でのスプリントトレーニングは無酸素性能力の向上
に有効であることを明らかにしてきたが(Kasai et al. 2017a,b)、大会に向けた実践的な報告
はきわめて少ない。実践報告の目的:陸上競技400m選手を対象に、試合期における低酸素環
境下でのスプリントトレーニングの効果を検証すること。対象者:陸上競技女子400m選手2名
(年齢; 21.0 ± 0.3歳, 身長; 164.3 ± 0.7 cm, 体重; 53.1 ± 4.7 kg, 競技歴; 8 ± 1年
, 400m自己記録; 55.18 ± 0.00秒) 測定環境:低酸素実験室(酸素濃度: 14.5 %, 標高3000m
相当)において、自転車エルゴメータを用いたスプリントトレーニングを1ヶ月間実施した(合
計で6〜7回)。トレーニング期間前後には60秒間スプリントテスト(60秒間ペダリング×2セッ
ト, セット間休息10分)を実施し、発揮パワー、血中乳酸濃度、呼気ガス指標などを測定した。
測定手順及び分析方法:ペダリング時における発揮パワーから最高パワーおよび平均パワー
を算出した。各セット終了直後、1、3、5分後に指先から穿刺により血液を採取し、血中乳酸
濃度を測定した。また、breath-bybreath
法を用いて運動中の呼気ガス
指標(酸素摂取量, 二酸化炭素排出量
, 換気量, 呼吸交換比)を評価した。
各指標の変化をトレーニング期間前
後で比較した。結果:トレーニング
期間前後に実施した60秒間スプリン
トテストにおける発揮パワーは、両
選手ともに向上した(選手A: Set 1,
before; 219W, after; 234W, Set
2, before; 231W, after; 241W, 選
手B: Set 1, before; 233W, after;
240W, Set 2, before; 221W, after;
233W)。血中乳酸濃度は、両選手とも
にトレーニング期間後に増加した(図
)。
考察:陸上競技400m選手における低酸素環境下でのスプリントトレーニングは無酸素性能力、
特に解糖系によるパワー発揮能力を向上させることが明らかとなった。しかし、コントロール
群を設けていないことから、結果の解釈には注意を要する。【現場への提言】試合期において、
通常のトレーニングに加えた低酸素環境下でのスプリントトレーニングは、無酸素性能力の改
善に効果的であると考えられる。両選手ともに、トレーニング期間後における大会でのスプリ
ントタイム(4×400mRのラップタイム)の短縮もみられたことから、低酸素環境下でのスプリン
トトレーニングの実施を積極的に推奨することができるだろう。