抄録
【トレーニング現場へのアイデア】スポーツの指導の際にアナロジーやオノマトペを用いた言
語教示は一般的にスキル獲得に有益であると考えられている。その中でも陸上競技(走動作・
跳躍動作)の指導に関しては、external focusに注意を向けるアナロジー及びリズムを意識す
るオノマトペを積極的に用いたり意識したりすることで、アスリートの熟達化が促進される可
能性がある。言語教示はトレーニング指導の現場で最も活用されている指導法であり、適切な
指導体系が確立されることは指導者の育成及びアスリートの熟達化に寄与すると考えられる。
【目的】本研究の目的は、陸上競技における熟達者が保有する身体感覚について、アナロジー
及びオノマトペの観点から検討することである。アスリートのパフォーマンス向上において、
競技力の高いアスリートの身体感覚を別の競技者と共有することが出来れば、パフォーマンス
向上に効果が期待出来るのではないかと考えられる。陸上競技における熟達者がどのような身
体感覚を持っているのか、どのような身体感覚の傾向や特徴が見られるのか検討することで、
スキル指導に悩む指導者や記録向上のために練習に取り組むアスリートの参考になるのではな
いかと考える。
【方法】陸上競技の熟達者が保有する身体感覚を検討するために847名のアスリートを対象にア
ンケート調査を実施した。陸上競技の熟達者と非熟達者の比較のみならず陸上競技の熟達者と
他競技の熟達者の比較もするため、様々な競技レベル、競技種目のアスリートを対象にした。
質問項目は、どのようなアナロジーやオノマトペを持っているかということに加え、アナロジー
であればどの部位を意識しているのか、オノマトペであればそのオノマトペの役割等に関して
も回答を求めた。分析は内容分析及び比率の差の検定を行った。
【結果】まず陸上競技の熟達者及び非熟達者が持つアナロジーを意識の対象・注意の向け先で
分類し比率の差の検定で比較したところ、『対物』と『external focus寄り』の割合で有意差
が認められた(p<.01)。続いてオノマトペの役割に関して、陸上競技の熟達者と非熟達者を比
較したところ『スピード』の項目で有意な差が認められた(p<.05)。加えて、陸上競技の熟達
者と全競技の熟達者を比較したところ、『リズム』と『スピード』の項目で有意な差が認めら
れた(p<.01)。
【考察】アナロジーに関しては、熟達者ほどexternal focusに注意を向けるアナロジーを使用
していることが示唆された。オノマトペに関しては、陸上競技の熟達者はスピードでなく、リ
ズムを意識するオノマトペを多く用いていることが考えられる。本研究から高い競技力を持つ
アスリートの暗黙知が表象化されたアナロジーやオノマトペは、非熟達者と異なる特徴や傾向
が見られた。この身体感覚こそが効果的にコツの獲得を可能にする理由であると考えられ、今
後更なる調査が必要とされる。