2020 年 11 巻 1 号 p. 1_76
(緒言)
味覚は個人の食事選択を左右し,ひいては健康状態を左右する重要な生理機能である.特に塩味については,古くから高血圧患者においてその認知閾値が上昇することが示されてきた1).我が国でも,食塩含浸濾紙「ソルセイブ」を用いた研究により,塩味の認知閾値が1.0mg/cm2以上になると高血圧の発症率が約2.5倍になることが報告されている2).また,塩味の認知閾値が0.8mg/cm2以上の者は,0.6mg/cm2の者と比較して高齢であり,薬剤服用者数が多いだけでなく,漬物の摂取頻度が高いという報告もある3).しかし,一般的にソルセイブは食塩含浸量0.6mg/cm2からしか市販されていないため,塩味の認知閾値がより低く保たれている者の特徴については,不明である.塩味の認知閾値がより低く保たれている者の血圧や食・生活習慣を明らかにすることは,高血圧予防の観点からも重要であると考えられる.そこで本研究では,本学とUR都市機構が連携して行う「ほい大健康プログラム」の参加者を対象とし,食塩含浸量の少ないソルセイブを用いて塩味の認知閾値を測定し,血圧や食・生活習慣との関連を明らかにすることを目的とした.
(研究方法)
対象者は,「ほい大健康プログラム」に参加した65歳以上の女性43名(76.8±5.2歳)であった.
塩味の認知閾値の測定には,食塩含浸量0.2,0.4,0.6,0.8,1.0,1.2,1.4,1.6mg/cm2のソルセイブを用いた.低濃度のソルセイブから順にテストし,塩味を感じられた濾紙の食塩含浸量を各対象者の塩味の認知閾値とした.
年齢,BMI,血圧,罹患歴等のデータは,「ほい大健康プログラム」における計測値および調査用紙を参照した.また,「たまごの大きさで数える食事チェックシート-簡単版-」4)の回答結果より,エネルギー摂取量および食塩摂取量を算出した.さらに,普段の食事の味の濃さと運動習慣について,同チェックシート内の質問項目から評価した.
塩味の認知閾値が0.2mg/cm2の者(18名)を低閾値群,0.4mg/cm2以上の者(25名)を高閾値群とし,両群を比較した.連続変数の比較にはWilcoxonの2標本の検定,割合の比較にはFisherの正確検定を用いた.有意水準はp<0.05とした.
(結果)
低閾値群と高閾値群の年齢,BMI,収縮期血圧,拡張期血圧,エネルギー摂取量および食塩摂取量について比較したところ,いずれも両群間の有意な差は得られなかった.高血圧症のある対象者は,低閾値群で9名(50%),高閾値群で8名(32%)であり有意な差はなかった.また「コンビニエンスストアのお弁当やファミリーレストランの料理と比べていつものあなたの食事の味はどうですか」という質問に対する回答の割合についても,両群間の有意な差はなかった.一方,「体をよく動かす仕事や運動をしますか」という質問に対し「よくする」と答えた者は低閾値群で11名(61%),高閾値群で5名(20%),「体を動かすことは好きですか」という質問に対し「はい」と答えた者は低閾値群で17名(94%),高閾値群で14名(56%)であり,両群間の回答の割合が有意に異なった.
(考察)
塩味の認知閾値がより低く保たれている者とその他の者において,年齢,BMI,血圧,食事摂取状況等を比較した結果,明確な差異は認められなかった.一方で,運動習慣に関する質問に対する回答の割合は両群間で有意に異なり,塩味の認知閾値が低く保たれている者では,好んで体を動かす習慣がある可能性が示唆された.
(倫理規定)
本研究は,千葉県立保健医療大学研究等倫理委員会の承認を得て実施した(2018-06).
(利益相反)
申告すべきCOI状態はない.