村上春樹作品への日本映画の影響はこれまで十分に論じられてこなかった。実際、両者の関係は決して明白とはいえない。先行研究が指摘するとおり、小説内での明示的な言及は『1Q84』(2009-10年)に黒澤明の『蜘蛛巣城』(1957年)と『隠し砦の三悪人』(1958年)が登場する程度である。エッセイや数少ない映画評で邦画が話題に上ることはあるものの、映画をテーマとするほぼ唯一の書籍といえる『映画をめぐる冒険』(川本三郎との共著、1985年)の中で日本映画が論じられることはない。
本論文は村上が1980年から1981年にかけて雑誌『太陽』に連載していた映画評を手がかりに村上の小説『騎士団長殺し』(2017年)と鈴木清順のポスト日活時代の映画との間テクスト性を検討する。特に村上が「実像と幻影、真実と虚構、過去と現代を一体化させたその映像は息を呑むばかりに素晴らしい」と評したテレビ映画『木乃伊の恋』(1973年)が村上による「二世の縁」(1808年)の換骨奪胎に影響を与えたと本論文では推察する。村上が批評家として向き合った清順の映画が後年、思わぬかたちで村上のテクストに表出するまでの過程を『木乃伊の恋』およびその延長線上にある大正浪漫三部作(特に1991年の『夢二』)との比較を通して明らかにしたい。