2025 年 7 巻 2 号 p. 103-104
横浜市立大学外科治療学の青山徹です.今回,日本栄養治療学会2024年度の未来研究プロジェクト海外学会参加費助成を頂きまして,シンガポールで開催されたESMO Asia2024に参加発表させて頂きましたので,私が発表した内容および当日の発表に対するディスカッションの内容などをご報告させて頂きます.
今回,私は「胃全摘術後の血清ビタミンB12低値を伴う末梢神経障害に対する経口ビタミンB12製剤の有効性」を発表させて頂きました.本研究の背景は,胃全摘術後は胃壁から分泌される内因子の喪失によりビタミンB12の吸収障害をきたし手足のしびれ等の末梢神経障害の原因となることが知られています.一方で,胃全摘術後ビタミンB12欠乏による末梢神経障害に対する経口ビタミンB12製剤の有効性は明らかではありません.今回,末梢神経障害を伴う血清ビタミンB12低下症例を対象とした経口ビタミンB12製剤の有効性と安全性を検証する多施設共同無作為化比較試験を実施し,本試験の副次評価項目として経口ビタミンB12投与の末梢神経障害への有効性を評価し報告しました.対象と方法は,胃がんに対する胃全摘術を施行し,手足のしびれ等の末梢神経障害を伴いかつ血清ビタミンB12値が正常下限(200 pg/mL)以下で経口摂取が十分にできる症例を対象とし前向きに登録しました.登録症例はビタミンB12 500 μg/日群とビタミンB12 1,500 μg/日群に各々1:1の割合で無作為に割り付けし,予定登録症例数は各群80例の合計160例としました.患者アンケートでビタミンB12投与前後における末梢神経障害の改善率を評価しました.結果は,2018年1月から2021年12月まで国内3施設で74症例が登録され,36症例がビタミンB12 500 μg/日群に,38症例がビタミンB12 1,500 μg/日群に割り付けられました.様々な事情により予定登録症例数の約半数が集積できた時点で終了となりました.患者背景を比較すると,年齢・性別・腫瘍進行度・試験開始前の血清ビタミンB12値などに両群で差はありませんでした.治療開始3カ月後に末梢神経症状の有症状例は,統計学的有意差は示されなかったもののビタミンB12 500 μg/日群で10例から6例に減少し,ビタミンB12 1,500 μg/日群で16例から9例に減少し,改善率はそれぞれ40.0%,43.8%でした.今回の検討の結論は,研究は予定登録症例数を満たせませんでしたが,胃全摘後のビタミンB12欠乏による末梢神経障害に対し,経口ビタミンB12 500 μg/日投与およびビタミンB12 1,500 μg/日投与はいずれも有効である可能性が示唆されました.本研究に対して,試験設定に関する質問が1つ,今後の展望に関する質問が1つありました.試験設定に関する質問は,本研究の試験背景(なぜ経口のビタミン製剤を使用したか?)に関する質問でした.返答としては,胃全摘後のビタミンB12の経過観察はがん再発の経過観察に併せて施行されることが一般的であるが,胃がん治療ガイドライン等での推奨された観察期間等の記載はない.血清ビタミンB12の低下が判明した場合には,ビタミンB12製剤の筋肉注射が一般的に行われているが,治療にあたっては筋肉注射時に著しい疼痛を伴うことや頻回の通院治療が必要など患者の身体的・社会的な負担が大きいこと,さらに至適な投与量や投与間隔,その後の経過観察期間なども不明である.一方で,経口ビタミンB12製剤の胃全摘症例への治療効果は海外から報告されている.具体的には,Kimらが胃全摘後のビタミンB12欠乏症例を対象に,経口ビタミンB12(1,500 μg/日,連日投与)治療群(症例数 = 30)とビタミンB12筋肉注射群(1,000 μg/回,週1回投与5週継続のちに月1回投与)(症例数 = 30)での3カ月間の治療効果の有効性と安全性を検証する第II相試験を実施し報告している.試験の結果,経口投与群でも筋肉注射群でも投与開始3カ月後の血清ビタミンB12欠乏は改善した.さらに,ビタミンB12欠乏に伴うしびれなどの神経症状の改善も認めた.このため,さらにビタミンB12製剤の容量を減らしても同様の効果があるかを検証する目的で本試験設定としたと回答しました.今後の展望に対する回答としては,現在我々が施行している「胃がんに対する胃全摘術後の経口ビタミンB12製剤の有効性と安全性を検証する多施設共同無作為化比較試験」に関して紹介した.この研究は,胃がんに対する胃全摘症例を対象に経口ビタミンB12製剤1,500 μg投与を試験治療とし,非ビタミン投与群に対する有効性と安全性をランダム化比較にて検証する試験である.本試験により,胃全摘後の経口ビタミンB12製剤1,500 μgの効果が検証できれば,胃全摘後の血清ビタミンB12の改善と血清ビタミンB12低下に伴う末梢神経障害の予防をすることができると考え施行している.また,本研究の主要評価項目は,試験登録48週までの血清ビタミンB12が正常下限以上の症例の割合であり,治療群における正常下限以上の症例の割合は80.0%以上であることが期待される.また,対照群における正常下限以上の症例の割合については,これまでの実臨床でのデータを用いて,手術前の血清ビタミンB12が正常範囲だった患者集団が術後1年後も正常範囲だった標本割合は36.8%であった.以上より,本研究における各群の正常下限以上の症例の割合を80.0%と40.0%と想定し,登録症例数合計60例を目標に試験を施行していると回答しました.
ESMOAsiaでは私が主に診療を行っている消化器分野だけでなく,血液領域・呼吸器領域・婦人科領域など幅広い分野をカバーしており,様々な領域の発表をみることができます.また,アジアを中心とした若手研究者の発表も多く,新たな切り口での研究もみることができ,日々の研究の幅が少し広がったと思います.今回,このような貴重な機会を頂きまして誠にありがとうございました.得られた知見を,今後の研究と日本栄養治療学会の活動に生かしていきたいと思います.
