2025 年 7 巻 2 号 p. 69-73
症例は1歳2カ月男児.日齢33に腸回転異常症・中腸軸捻転を発症し,残存小腸5 cm・回盲弁無しの超短腸症となった.発症時腸瘻を造設し,4カ月時に腸瘻閉鎖を行った.栄養は経口摂取と静脈栄養を併用.腸瘻閉鎖前の20%イントラリポス®の平均投与量は0.8 g/kg/dayで,脂肪酸分画にて必須脂肪酸欠乏の指標であるTriene/Tetraene比(以下,T/T比と略.基準値0.02以下)は0.02だった.腸瘻閉鎖後に脂肪乳剤を0.3 g/kg/dayまで漸減すると,T/T比は0.19と増加し必須脂肪酸欠乏と診断した.腸瘻閉鎖後の便脂肪染色は陽性が続き,経口脂肪摂取量の増量は出来なかった.その後T/T比を元に脂肪乳剤を1 g/kg/dayまで増やすと,T/T比は0.02まで低下したことから,患児の場合,必須脂肪酸欠乏予防に20%イントラリポス® 1 g/kg/dayの投与が必要と考えられた.
短腸症における静注用脂肪乳剤の必要投与量は,原疾患や残存腸管の部位と長さ,経口摂取内容などにより個々に異なる.脂肪摂取量が少ないと必須脂肪酸欠乏(essential fatty acid deficiency;以下,EFADと略)となり,肝障害や脂肪肝を惹起する.また経口摂取した脂肪の腸管吸収量の測定は困難であり,経口の不足分を補う静注用脂肪乳剤の投与量の決定は難しい.今回,超短腸症児において,血清脂肪酸分画と便脂肪染色を定期的に測定することにより静注用脂肪乳剤の必要投与量を検討した.
在胎37週5日,体重3,442 gで出生した男児.日齢33に腸回転異常症・中腸軸捻転から広範囲腸壊死を生じ,残存小腸は空腸5 cmで回盲弁無しとなった.発症時に空腸瘻と上行結腸瘻を造設し,皮下埋め込み型中心静脈カテーテル(tunneled central venous catheter;以下,CVと略)を留置した.4カ月時に腸瘻閉鎖術を行った.
腸瘻閉鎖術後,当初エレンタール®P(elemental diet pediatrics;以下,ED-Pと略)を摂取しており,生後4カ月時の便脂肪染色は陰性であった.体重増加が緩徐であったため,5カ月時にED-Pを人工乳に変更すると,脂肪便を認めた.6カ月から離乳食を開始.同時期にEFADと診断したが,脂肪便であったため経口での脂肪摂取量を増やすことは出来ず,EFADの治療として脂肪乳剤の投与量を増やすことにした.

腸瘻閉鎖前のT/T比(基準値0.02以下)は0.02だった.腸瘻閉鎖後に脂肪乳剤を漸減すると,T/T比は0.19と増加し必須脂肪酸欠乏と診断した.その後T/T比を元に脂肪乳剤を平均投与量1 g/kg/dayまで増やすと,T/T比は0.02まで低下した.脂肪乳剤を増やすと体重は増加した.便脂肪染色については,ED-Pから人工乳に変更して以降,陽性が続いた.離乳食が完了期となった12カ月時に人工乳をED-Pに戻した後は陰性となった.

静注用脂肪乳剤は,CV感染やCV閉塞,また外泊時は投与を中止した.
離乳食は月齢に合わせて進めた.離乳食の摂取量が増えると人工乳摂取量は減り,脂肪便は改善するのではないかと考えたが,便脂肪染色は陽性が続いた.離乳食が完了期となった12カ月時に人工乳をED-Pに戻した後は,便脂肪染色は陰性となった.
2. 静脈栄養(図2)総カロリー量:約80 kcal/kg/day,水分量:約90 mL/kg/day
糖:(NPC/N比 = 200~250になるよう調整)
アミノ酸:プレアミン®-Pを約2.0 g/kg/day
脂肪:20%イントラリポス®を使用.CV感染やCV閉塞,また外泊時は投与中止.
3. 発症~1歳2カ月の体重,20%イントラリポス®投与量,便脂肪染色の推移(図1)腸瘻閉鎖前の20%イントラリポス®の平均投与量は0.8 g/kg/dayで,血清中性脂肪(以下,TGと略)値は小児正常値(140 mg/dL未満)1)内だった.また,血清脂肪酸24分画にてEFADの指標とされているTriene/Tetraene比(以下,T/T比と略.基準値0.02以下)は0.02だった.腸瘻閉鎖後に,在宅管理に向けて脂肪乳剤の漸減を試みた.0.3 g/kg/dayで投与を再開したが体重増加は緩徐であり,0.4 g/kg/dayに増やした(平均0.38 g/kg/day).T/T比は0.19と増加しEFADと診断した.
その後T/T比を元に,脂肪乳剤を1 g/kg/day,次に1.5 g/kg/dayに増やした.その間カテーテル関連血流感染(以下,CV感染と略)やCV閉塞,また外泊時は脂肪乳剤の投与を中止したため,実際の平均投与量は0.83 g/kg/day,その後1 g/kg/dayであった.平均投与量1 g/kg/day時の脂肪酸分画ではT/T比0.02と基準値内に低下した.脂肪乳剤を増やすと体重は増加した.TG値は小児正常値内で推移した.
1歳2カ月の時点で,身長73.7 cm(–1.21SD),体重9,250 g(–0.5SD).軽度の肝機能障害あり:AST 57 U/L,ALT 68 U/L,T-bil 0.3 mg/dL,D-bil 0.1 mg/dL.TG 30 mg/dL.脂肪肝やEFAD症状(皮膚の落屑様変化,脱毛,筋力低下,血小板減少など)2)は認めていない.在宅管理においては,当初月に数日間入院して脂肪乳剤の投与を行う方針であったが,T/T比が基準値内に戻ってからは脂肪乳剤の投与に連日長時間要するため,在宅においても脂肪乳剤を投与する方針に変更した.
体内で合成できないため経口または経静脈による摂取が必要な脂肪酸を必須脂肪酸(essential fatty acid;以下,EFAと略)と言い,ω3系のα-リノレン酸,エイコサペンタエン酸,ドコサヘキサエン酸,ω6系のリノール酸,γ-リノレン酸,アラキドン酸が該当する.EFAの一種であるリノール酸の含有率は製品により異なり,20%イントラリポス®で約50%,Omegaven®で1.5%,SMOFlipid®では20%である.本邦ではイントラリポス®のみが市販されており,20%イントラリポス®を使用した場合,EFAD予防に必要な投与量は成書では0.2 g~0.5 g/kg/day,または総エネルギーの2~4%と述べられている(表1)3–11).具体的に小児外科臨床例で脂肪投与量を比較検討した文献は田代らの1篇11)のみであり,必須脂酸投与量は脂肪乳剤で総投与カロリーの4%程度が必要と結論づけられている.しかしながら,先述の文献における観察期間は最長5週間であり,自験例では腸瘻閉鎖術後,当初は脂肪乳剤平均0.38 g/kg/day(静脈栄養総カロリーの4.3%に相当)を9週間連日投与したにも関わらずEFADを生じた(図1)ことを考慮すると,脂肪乳剤の適性投与量の判断にはある程度の月日が必要であると思われた.
| EFAD予防に必要な20%イントラリポス®投与量 | 出典 |
|---|---|
| 満期産児および年長児では0.2 g/kg/day | 長谷川3),千葉ら4),Lapillonneら5) |
| 0.4 g/kg/day | 米倉6) |
| 0.5 g/kg/day | 和佐7),Shulmanら8) |
| 総エネルギーの2~4% | 蛇口ら9),尾花ら10) |
| 総エネルギーの4% | 田代ら11) |
成書では,EFAD予防に必要な20%イントラリポス®投与量は,0.2 g~0.5 g/kg/day,または総エネルギーの2~4%と述べられている.
加えて,短腸症患者においては,経口摂取した脂肪の腸管吸収量の測定は困難であり,経口の不足分を補う静注用脂肪乳剤の投与量の決定は難しい.そこで,血清脂肪酸24分画と便脂肪染色を定期的に測定することにより静注用脂肪乳剤の必要投与量を検討した.これら二検査は保険収載されている.
一般的な脂肪便は,腐敗臭を有し,灰白色で光沢を帯びているが,短腸症で見られる水様便では脂肪便の主観的評価は難しくなる.一般的な定量法として3日間の脂肪摂取量と排泄量から吸収率を算出する脂肪balance studyがあるが,乳児において蓄便は煩雑であり,また糞便中の脂肪排泄量の定義は成人健常者によるものしかないことから,日常臨床では施行しにくい12).反して,便脂肪染色は,便にズダンIII溶液と氷酢酸を各1滴加え混和し,軽く熱した後に鏡検するという手法であり,オレンジ色の比較的大きな脂肪滴が1視野(×100)に10個以上みられると陽性とされている.年齢や病状に関わらず施行可能なスクリーニング検査であると言えよう12).
本症例では月齢に見合った経口栄養を進めたが,残存小腸は非常に短い故に便脂肪染色は陽性が続き,経口での脂肪摂取量は増やすことが出来ないと判断した.そこで,経口での脂肪不足分を経静脈的に補うため,血清脂肪酸24分画で得られるT/T比を元に静注必要量を算出した.その結果,平均投与量1 g/kg/dayの20%イントラリポス®経静脈投与が必要であり,表1に挙げたEFAD予防の必要量以上に脂肪乳剤は必要であった.静脈経腸栄養ガイドラインには,「TPN施行時には,脂肪乳剤を0.5 g/kg/日から投与を開始し,1~2 g/kg/日を目安として増量する.」と書かれてある13).特に自験例のような静脈栄養の依存度が高い症例においては,この推奨内容を元に,患児に適した脂肪乳剤の投与量を模索する方がEFAD予防のためにも良いと考えられた.
ヒトでは,通常ω6系はω9系の不飽和化(二重結合の増加)を抑制しているが,EFADではω6系の欠如により抑制が解除され,ω9系の不飽和化が進行する2).その結果,正常では殆ど検出されないTriene(二重結合を3つ持つエイコサトリエン酸)が増え,Tetraene(二重結合を4つ持つアラキドン酸)は減り,総じてTriene/Tetraene比は増加する.日本では,年齢に関わらず,T/T比>0.02をEFADと定義されているが,海外では年齢別によるT/T比の基準値などが報告されている(表2)14).脂肪酸24分画においては,T/T比のみならず各脂肪酸の重量や重量%も測定される.T/T比の定義が定まっていない現在,EFADであるか見極めるには,T/T比の上昇,リノール酸とα-リノレン酸の低値,エイコサトリエン酸の高値など総合的に勘案することが重要と考えられている14).本邦では,臨床現場での脂肪酸分画の経過報告は散見されるが,脂肪酸分画と便脂肪染色から脂肪投与量を検討した報告は千葉らの文献15)のみで,経口用ω3系脂肪製剤の導入に用いられていた.なお,TGは脂肪酸とグリセロールにより構成される脂質の1種であり,血液検査で迅速に測定されるためTG値の推移も追った.TG値の小児正常値は140 mg/dL未満とされており正常下限値は示されていない1).本症例においては,経過中TG値は正常値内を推移し,T/T比の増減との明らかな相関は認められなかった.同様の報告は田代ら11)も述べている.
| 主な発表者,発表年 | EFADの定義 |
|---|---|
| Holman, 1979 | T/T比>0.2 |
| Siguel, 1987 | T/T比>0.025 |
| Lagerstadt, 2001 | T/T比の基準値 1カ月未満:0.017–0.083 1–12カ月:0.013–0.050 1–17歳:0.013–0.050 18歳以上:0.010–0.038 |
| Kish-Trier, 2016 | T/T比の基準値 1カ月未満:0.006–0.052 1–12カ月:0.002–0.046 13カ月以上:0.004–0.051 |
海外では年齢別によるT/T比の基準値などの報告がある.
短腸症患者における栄養経路別のEFAD予防と治療対策としては,まず経口・経腸栄養においては,便脂肪染色は経口脂肪摂取の増量が可能かの判断材料の一つになりうる.便脂肪染色で陽性が続き,また脂肪酸分画からEFADと判断されれば,経静脈脂肪乳剤によるEFA補充が必要となる.これら二検査から脂肪乳剤投与量を検討すると,本症例ではEFAD予防として成書で述べられている投与量以上の脂肪乳剤が必要であった.短腸症におけるEFADの実態,残存腸管長と脂肪乳剤投与量との関係などの観点から,症例報告の蓄積が期待される.
残存小腸5 cm・回盲弁無しの超短腸症児では,必須脂肪酸欠乏予防に1 g/kg/dayの20%イントラリポス®経静脈投与が必要であった.その判断に当たっては,血清脂肪酸分画と便脂肪染色の定期的な測定が有効だった.
本論文の要旨は第38回日本臨床栄養代謝学会学術集会(2023年)と第60回日本小児外科学会学術集会(2023年)において発表した.
本論文は「症例報告を含む医学論文および学会研究会発表における患者プライバシー保護に関する指針」を遵守している.症例報告に関しては患者家族に説明し同意を得た.
本論文に関する著者の利益相反なし