学会誌JSPEN
Online ISSN : 2434-4966
学会参加記
一般社団法人日本栄養治療学会フェローシップ賞受賞者学会参加記 ESPEN2025(欧州静脈経腸栄養学会)学会参加報告
松尾 晴代
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2026 年 8 巻 1 号 p. 31-32

詳細

 はじめに:臨床の葛藤を研究へ

急性期病院で摂食嚥下障害看護認定看護師として,栄養や嚥下に苦しむ方の困難と,その内にある回復力に向き合い,「最期まで口から食べたい」という切実な願いに寄り添う看護を実践してきました.キャリア初期からNutrition Support Team(NST)に参画するなかで,とりわけ心不全に対する栄養療法と嚥下管理の難しさを痛感しました.心不全は栄養不良や嚥下障害の合併率が高く,生命予後とも関連します.罹患時や増悪期の身体的侵襲や環境変化はせん妄・不穏の誘因となり,昼夜を問わぬ対応は患者・家族のみならず医療者も疲弊させます.安全確保と機能維持のはざまで,鎮静作用をもつ抗精神病薬の使用に踏み切らざるを得ない場面も少なくありませんでした.薬剤が嚥下機能を低下させ得ると認識しつつも,目の前のリスク回避のために依存してしまう,このジレンマを乗り越えたい思いが研究の出発点となりました.高齢心不全患者に処方される抗精神病薬が嚥下に与える影響に焦点を当て,急性心不全における抗精神病薬と嚥下障害の関連を検証する前向きコホート研究を開始しました.

 研究成果の発信:国内での受賞,そして国際舞台へ

本研究は,2025年2月14~15日に開催された第40回日本栄養治療学会学術集会にて「急性心不全患者の抗精神病薬使用は嚥下機能の低下および嚥下障害発症と関連する:前向きコホート研究」として発表し,フェローシップ賞を受賞しました.この受賞を胸に,2025年9月13~16日にチェコ・プラハで開催された第47回欧州臨床栄養代謝学会学術集会(The 47th ESPEN Congress on Clinical Nutrition and Metabolism)に参加しました(写真1).100カ国超から4,700名を超える研究者が集う活気ある国際学会で,日本からも約150名が参加し,会場の随所で活発な議論と交流が繰り広げられていました.

写真1. ESPEN Congress会場にて

私は会期2日目のポスターツアーで研究成果を発表しました.本研究は,2016年11月~2024年6月に入院した急性心不全患者のうち,適格基準を満たした325例を対象に,常用経口抗精神病薬(リスペリドン,クエチアピン,オランザピン,アリピプラゾール)使用と嚥下機能の関連を前向きに解析したものです.主要評価項目は退院時嚥下障害(Food Intake LEVEL Scale;FILS ≤ 6),副次評価項目は入院中の嚥下障害発症と退院時の日常生活動作(Barthel Index;以下,BIと略)としました.交絡因子を調整した多変量解析の結果,抗精神病薬使用は非使用群に比べて退院時嚥下障害リスクを有意に上昇させ(オッズ比7.724,95%信頼区間2.585–23.081,p < 0.001),入院中の嚥下障害発症とも有意に関連しました(ハザード比1.635,95%信頼区間1.002–2.669,p = 0.049).一方,退院時BIとは有意な関連を認めませんでした.これらは,抗精神病薬使用が日常生活動作(Activities of Daily Living)とは独立して嚥下障害の強い危険因子となり得ることを示唆します.

ポスターツアーでは各発表6分・即時質疑という緊張感の高い形式で,当初の予定と異なり発表順が流動的でした.発表前から海外研究者がポスターに集まり,研究デザインや臨床適用に関する鋭い質問を受け,刺激的な議論へと発展しました.拙い英語に言葉が詰まる場面もありましたが,その都度,日本の先生方や仲間が温かく支えてくださり,人のつながりの力を実感するとともに,語学力向上の必要性を改めて痛感しました(写真2).

写真2. Poster Tour発表会場にて

 今後の展望:摂食嚥下障害看護のエビデンス構築を目指して

エビデンスに基づく実践は医療の質を高める要である一方,栄養療法学と比べると摂食嚥下障害看護のエビデンスは十分とは言えません.超高齢社会の進行に伴い,嚥下障害と多剤併用の問題はさらに深刻化します.本研究は,抗精神病薬を服用する患者の嚥下機能を看護師が日常的に注意深く観察し,早期に多職種で介入することの重要性を示唆しました.今後は,多施設共同研究を推進し,介入効果を検証できる質の高いデータを蓄積・発信することで,看護実践に資する確かなエビデンスの構築に挑みます.

ESPEN参加は,天候不良による出国の大幅遅延や,慣れない土地でのトラム乗り過ごしなど慌ただしい場面もありましたが,多くの先生方と新たなつながりが生まれ,研究から得た課題が次のリサーチ・クエスチョンへと結びつく,忘れ難い学会となりました.臨床研究を始めて約10年.右も左も分からなかった時期から,研究手法や論文作法,研究者としての姿勢まで根気強く導いてくださったメンターの存在なくして,今の私はありません.ここに深く感謝を申し上げます.

 謝辞

今回のフェローシップ賞受賞にあたり,JSPEN理事長の市川大輔先生,副理事長で大会長の比企直樹先生,AWARD選考委員会の先生方をはじめ,学会関係者の皆様に深く感謝申し上げます.また,本研究の遂行と学会発表に際し,ご指導・ご支援を賜りました諸先生方,共同研究者の皆様,そして何より研究にご協力いただいた患者さんとそのご家族に,心より御礼申し上げます.

 
© 2026 一般社団法人日本栄養治療学会
feedback
Top