2025 年 24 巻 2 号 p. 1-12
総合的な学習の時間と特別活動との関連を図る体験活動の分析
―「日本社会に根差したウェルビーイングの向上」を図り、豊かな心を育成するという視点から―
林尚示(東京学芸大学) 安井一郎(獨協大学) 鈴木樹(鎌倉女子大学)
眞壁玲子(文京学院大学) 元笑予(帝京平成大学)
下島泰子(お茶の水女子大学) 伊勢祐美子(世田谷区立A小学校)
1 研究背景
本研究の目的は、総合的な学習の時間との関連を意識して「日本社会に根差したウェルビーイングの向上」を図り、豊かな心を育成する体験活動について検討を深めることである。検討を深めるための事例として世田谷区立A小学校の授業を活用する。
研究の背景には、世界の教育改革動向と日本の教育改革動向がある。世界の教育改革動向としては、国連の人権教育とSDGs、OECDのEducation 2030プロジェクト、世界経済フォーラムでの分断された社会における信頼の再構築というコンセプトなどがある。日本の教育改革動向としては、政府の第4期教育振興基本計画(2023(令和5)-2027(令和9)年)で「日本社会に根差したウェルビーイングの向上」が目指されている。また、文部科学省の学習指導要領で、豊かな心の育成が目指されていることも研究の背景である。
「日本社会に根差したウェルビーイングの向上」についての先行研究は必ずしも充実しているとは言えない。しかし、特別活動において「日本社会に根差したウェルビーイングの向上」が図られるが、カリキュラム全体からのアプローチが必要であるという指摘もある(林・安井・鈴木他, 2025)。
本研究における体験活動とは、特別活動や総合的な学習の時間などで行われる具体的な課題解決のための実践活動である。本研究では間接体験や疑似体験ではなく直接体験を中心に取り扱う。特別活動とは、小学校では学級活動、児童会活動、クラブ活動、学校行事によって構成される必修の教育活動である。特別活動では集団や社会の形成者としての見方・考え方が重視される。総合的な学習の時間は小学校第3学年以降に実施される必修の教育活動で、各学年年間70単位時間実施される。総合的な学習の時間では、探究的な見方・考え方が重視される。「日本社会に根差したウェルビーイングの向上」とは政府の現在の教育振興基本計画のコンセプトで、要素としては、「幸福感」、「学校や地域でのつながり」、「協働性」、「利他性」、「多様性への理解」、「サポートを受けられる環境」、「社会貢献意識」、「自己肯定感」、「自己実現」、「心身の健康」、「安全・安心な環境」などが挙げられている。豊かな心とは1996(平成8)年の中央教育審議会答申以来現在に至るまで、「生きる力」の1つとして重視されてきた内容である。他人を思いやる心、生命や人権を尊重する心、自然や美しいものに感動する心、正義感や公正さを重んじる心、勤労観・職業観などが要素として含まれている。
2 方法
研究の方法は事例研究である。対象は、世田谷区立A小学校の教育実践とした。事例研究を採用した理由は、①多様な教育実践がある中で具体的な証拠を集めて考えられる、②担当者の様々な思いに触れることができ、概念を精緻化して妥当性を高めることができる、③また、授業観察や分析の過程で新たな変数や仮説を見出すこともできる、の3点である。
世田谷区立A小学校の教育実践を事例とした理由は、地域と連携した総合的な学習の時間の実践が盛んで、特別活動の研究授業も頻繁に実施されているためである。そのため、本研究に関わる充実した研究および実践が日常的に展開されていると判断した。
公立学校を対象としたのは、運営母体が地方公共団体であり、他の地域の学校と比較しても多少の違いはあるにしても一定の教育水準が保たれているからである。小学校を対象としたのは、日本の義務教育の始まりの学校種であり特別活動が開始される学校種でもあることによる。 (林尚示)
3 結果と考察
3.1 世田谷区立A小学校の教育実践―総合的な学習の時間と特別活動との関連
プロジェクトの授業実践を通して
本実践は、2024(令和6)年9月19日(木)に、世田谷区立A小学校の多目的室にて行なわれた。対象は、第5学年1、2、3組の89名である。授業者は、伊勢祐美子主幹教諭、他2名の教諭で、授業協力者は、世田谷区教育委員会、世田谷区教育総合センター、世田谷区内B小学校校長・副校長、世田谷区清掃局、リサイクル会社、地域住民、PTA会長他、大学関係者(近隣C大学学長、その他大学教員)である。
①総合的な学習の時間の活動において、特別活動の「よりよい人間関係づくり」の活動が基盤となっている場面
「紙を使って何かできないか、グループで考えてみよう」の場面では、児童4名のグループにゲストティーチャーが2名ずつ入りアイデアを出し合っていた。
表1 服紙プロジェクトの授業の流れ
授業の流れ 〇児童の発言 | |
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1 | 校長先生挨拶 |
2 | 参加者紹介 |
3 |
グループワーク ①自己紹介(名前と推し) ②町のよいところはどこか。 〇まつり。〇店がたくさんある。〇公園が充実している。〇住宅街。〇神社。〇三軒茶屋に近い。〇治安がよい。〇地域の人が優しい。〇芸能人が住んでいる。〇交通が便利なこと、等 ③町にこういうものがあるとよいと思うもの 〇映画館。〇大型商店街。〇広い歩道。〇ビル。〇公衆トイレ。〇リサイクルボックス。〇商品の揃っている文房具店。〇ゴミ箱、など |
4 |
参加者への服紙プロジェクトの説明(子どもから事前に出てきた内容) ・白い綿80%以上の服を集めて、高知県の工場で紙にする。 ・エコプラザ用賀でも集めている。 ・いらない白い服をもらってボタンやチャックを取り、120㎏集めている。 ・和紙のような少し厚い紙になる。 ・120㎏の布で、はがき2万枚、A4用紙5千枚作れる。 |
5 |
紙を使って何かできないか、グループで考えてみよう。 〇カレンダーを作る。〇リサイクルに協力してくれた人にオリジナル絵葉書をA小学校の土産にする。〇手伝ってくれた人にA小学校らしい絵を入れた封筒を作り絵手紙を送る。〇ありがとうポスターを描く。〇服紙プロジェクトのことを紙芝居や新聞にする。〇仕事用に寄付する。〇服の回収の宣伝に使う。〇障害者施設の人に封筒を送る。〇灯籠を作って水に流す。〇辞書、本にする。〇鶴を折って病院に送る。〇食品容器にする。ストローにする。〇トランプや百人一首を作って遊ぶ。〇ランプシェードにする。(たくさんの人に使ってもらえる)。〇ねぶたみたいに大きな「Wちゃん」(学校のマスコット)を作る。〇ミニねぶたを6年生にあげる。〇教室の壁紙にする。〇運動会の応援幕を作る。〇厚紙でマジックで絵を描く。〇盆踊りのうちわにみんなで絵を描く。〇芸術家に絵を描いてもらう→皆で作った方がよい(デザイナー)。〇神社のお札にする→難しい(教師)。〇新1年生にプレゼントする。〇レッドカーペットを作りその上をモデル歩きしたい。〇エコバッグを作る。〇防災用ハザードマップを作る。〇ゴミ箱を作る。〇回収ボックス横に置く、等。 |
6 | 各班で出たアイデアをロイロノートにあげて共有する。今後絞っていく。 |
7 |
活動を振り返ってどうだったか感想を発表する。 〇前回は大学生や保護者の方と話し合ったが、今日は地域の人と話して、お祭りとかの話になったのがよかった。 〇大人の人と真剣に話すのが初めてだったのでよい経験になった。 〇みんなに話を聴いてもらい、アイデアが広がった。 ・清掃局の方:大人では考えても出てこない意見が聞けて楽しかった。 ・PTA会長:我々から見ると面白いアイデア。色々なアイデアを集める過程から作っていくところがよい。 ・C大学学長:感動した。よい教育を受けている。オリンピックで感謝の気持ちを選手が表していた。大事なこと。感謝する人間は醜い心が消えていく。敵意や嫌な気持ちが消えて美しい心になる。謙虚になる。感謝する人間になってほしい。成長できる。 |
8 |
まとめ これからどうやって絞っていくのか話し、なんとか実現して報告できるようにしたい。全員で挨拶 〇ありがとうございました。 |
それぞれの子どもが自分のアイデアを発表していたが、お互いに提案の良さを認め合い、質問したり、専門家に相談したりと、大人と自然な形で話合いができていた。日頃から、特別活動において話合いを行なってきたことが基礎となっていると考える。
②総合的な学習の時間において、特別活動の「保護者・地域との連携」を生かしている場面
服紙プロジェクトを進める上で、事前の打ち合わせを含め、授業にもゲストティーチャーとして、世田谷区教育委員会関係者、世田谷区教育総合センター、近隣のB小学校校長、世田谷区清掃局、リサイクル会社、地域住民、PTA会長他、大学関係(近隣のC大学学長、ゼミ学生、その他大学教員)と、たくさんの保護者・地域の方々と一緒に話し合い、相談しながら、プロジェクトを進めていた。
これは、日頃から特別活動の学校行事等の実施にあたり、地域・保護者の方々(まちづくりセンター、児童館館長、学童クラブ所長、学校関係者評価委員、青少年育成委員、商店街関係者、他)との交流を大切にしてきたからである。
③総合的な学習の時間と連携している場面
特別活動で、よりよい学級・学校づくりの活動を行なってきたことが、総合的な学習の時間のSDGsを通して、よりよい地域・社会づくりへの探究活動につながっている。 (眞壁玲子)
3.2 総合的な学習の時間と特別活動との関連の意図―実践者へのインタビュー調査を通して
A小学校の実践は総合的な学習の時間であるが、その話合いの実践の様子から特別活動との関連があると考えられる。そこで、両者の関係について、この実践を行った伊勢祐美子主幹教諭に半構造化面接を行った。インタビューは、2024(令和6)年10月26日(土)に1時間、Zoomによって行った。記録は、Zoomの動画と音声録音によって行った。質問項目は、①実践をどのようにつくっていったか、単元構成、地域との関わり、②学級経営、特別活動、他教科等との関連、③その他である。以下では、紙幅の都合でインタビューの内容を要約して記述するが、回答者が回答した言葉通りの箇所は「 」で示す。
A小学校は、2023(令和5)年から3年間、先進教育研究で世田谷区教育委員会の指定校になった。テーマは「魅力ある学校づくり」である。不登校、外国籍、ギフテッド、家庭環境の問題等の課題に直面していた世田谷区の学校の状況から、「学びの多様化」が求められていた。そのような状況の中で、「魅力ある授業をすることでたくさんの課題が解決できるのではないか」という意識のもと、総合的な学習の時間の充実を中心として、「魅力ある学校づくり」に取り組むことができていた。
具体的には、A小学校は伝統的に地域との関わりが深いということを生かして、「地域と地域をどんな風にして盛り上げていったり、地域でどう生きていくのか」というような問いを子どもたちに出して、自分たちに何ができるかを考えることとした。その結果、特別活動と総合的な学習の時間の連携による「地域の名物をつくる」、服紙プロジェクトのような実践が展開されることとなった。
A小学校の5年生の総合的な学習の時間にはSDGsという大きな柱がある。最初の授業のときに、世田谷区教育委員会や行政の方が参加し、世田谷区清掃局の方が自分たちの仕事やリサイクルの話をしてくれた。これが印象に残っていて、タブレットの中に子どもたちが調べたことをまとめて、SDGsの中から自分たちが興味のあるものについてランキングを作るなどして、やりたいことをまとめ、希望者の多かった環境問題に取り組むことになった。しかし、児童たちがインターネットで調べた結果、レジ袋をもらわない、エコバッグを使う、ごみを減らすという実践はありきたりだということを知り、そのことを地域の方に話したところ、必要ないものを新たな製品に変えていく「アップサイクル」はどうかという話が出てきた。授業の場で清掃局の方からの話で、服から紙をつくる工場が高知県にあることを知り、服を集めて紙にする服紙プロジェクトが始まった。また、この地域には神社が複数あり、祭りが盛んであるため、祭りに関連するものが作れないかという話になり、都立高校の先生と連携して、ねぶたを作ることになった。上記以外にも授業支援の元校長、保護者、PTA、同窓会、商店街関係者、地域の大学関係者など、本実践は様々な地域の人々が関わっている実践である。
一方、2023(令和5)年2月に、校内研究のテーマの希望について若手教員にアンケートを取った結果、「ダントツで『学級活動』」であったため、2023(令和5)年度から校内研究を学級活動で行うことに決まった。そこで、魅力ある学校づくりと学級活動を同時に実践していくことになった。この聞き取りの結果から、総合的な学習の時間と特別活動を連携して行う実践の下地が学校内にあったと言える。
この学年の児童は、2020(令和2)年の新型コロナウイルス感染症による臨時休校の後の「6月に入学」した。学校に入学しても4年間はマスクを外せなかったし、1、2年生の時の学級会がなく話合い活動ができていなかった。1年生を迎える会も経験していなかったし、外遊びで集団遊びができなかった。全校朝会もなかったので、3年のときに初めて、そろって並んでいる全校児童を見た。この学年は3年のときにも担任をしているが、気に入らないことがあると、トラブルが起きるような状態だった。このため、「話して解決することがすごく大事」ということをずっと教えてきた。
3年生のとき、パネルはついていたけれども、給食で机を向かい合わせにしてしゃべりながら食べたり、授業でも隣の人やグループで話し合ったりということを校長に相談して解禁してもらった。そうしないと、誰かと対話することができない子になるという危機感があった。学級会でも机をコの字にしてはいけないと言われていたので、顔を見て話すという習慣がなかった。このようなことをしてきて、やっと対話ができる、話合いができるようになってきて、「言葉で表現することがすごくできるようになってきた。それを学年でも大事にしている」ということであった。
3年生の時、学級活動は学年を挙げて行っていたので、自分たちが学級会で議題を出し、話し合い、決定し、集会をするというサイクルは浸透している。「だから、楽しいことは自分たちが生み出せるんだっていうのはわかってはいると思います。そこは大きいと思います。」ということであり、このことがこの服紙プロジェクトの話合い活動にも大きな影響を与えている。「だから、反対にすごく大人からこれをやってって言われるのはすごく嫌がるところもあって」というが、「自分たちから生み出したいっていうのは、そういうふうに育てたっていうのはあると思う。」「だから、なんかこう話し合って決めたら実現できるっていうことは、シンプルにわかっている、というのはすごく感じるので、そこは活発にできている学年かな」ということであった。この「話し合って決めたら実現できる」という学級活動で身に付けたことが、総合的な学習の時間にも影響を及ぼしている。
また、学校行事と総合的な学習の時間の関連をもたせている。5月27、28、29日に、群馬県村で実施する川場移動教室という集団宿泊的行事があり、総合的な学習の時間と関連づけて調べ学習を行った。これが、環境問題の実践につながっている。1か月前の4月25日に「川場移動教室に向けて」というオリエンテーションを実施した。その時に、「総合の大きなテーマがSDGsだよ」ということを伝えたが、SDGsを知らない児童もたくさんいるので、「まずは、SDGsについていろいろ知ろう」ということで、ユニセフのSDGsの動画を観せ、SDGsのすごろくなどを行った。現地でも、SDGsの視点で物事を見ており、ホテルや道の駅の従業員に「これはSDGsの何番に当たるんですか」という質問をしていた。このような学校行事との関連が、総合的な学習の時間につながっている。
そのほか、学級経営や他教科との関連も挙げられる。教科担任制なので、それぞれの教員が大事にしていることは、学年の3つのクラスに波及していく効果がある。このため、学年経営はとてもしやすいとのことである。なお、総合的な学習の時間の授業時間は、他教科等と連携している。たとえば、総合的な学習の時間で新聞を書くという実践がある場合は、国語の「新聞を書こう」という単元の時間と関連させるなどとしている。このようなカリキュラム・マネジメントを行っている。以上を換言すれば、服紙プロジェクトの展開において、総合的な学習の時間と特別活動の連携を中心として、すべての教科等で、問題解決学習を行っていると言える。
(鈴木樹・安井一郎)
3.3 世田谷区立A小学校の教育実践の成果と課題―ウェルビーイング(Education 2030、教育振興基本計画)の向上の視点から
世田谷区立A小学校の教育実践にはいくつかの特徴がある。1つ目は、SDGsのテーマを色濃く反映していることである。服紙プロジェクトは白い綿の衣類を回収し、紙に加工しようというプロジェクトで、開発目標12(生産・消費)の「つくる責任、つかう責任」を反映している。衣類を紙に加工する技術は開発目標9(イノベーション)「産業と技術革新の基盤をつくろう」にあたり、高知県の工場に依頼している。古紙を再生した再生紙については馴染みがあるが、布を紙に加工することは革新的な技術である。さらにこの授業実践は地域とのつながりを大切にした地域活性化の取り組みでもある。開発目標11(都市)「住み続けられる街をつくろう」に該当する。最終的なSDGsの目標達成としては開発目標17(実施手段)「パートナーシップで目標を達成しよう」にあたり、地域と学校の協働でSDGsの目標達成を目指す取り組みであると言える。
2つ目は、世田谷区の地域特性を活かした取り組みであることである。総合的な学習の時間では地域の課題を発見し、解決することが求められている。本実践では、近隣の神社との関わり(祭、提灯、神輿)からヒントを得て、できた紙からねぶたをつくることを考えている。現在、紙の加工のデザインを考案中であるという。B高等学校にねぶたに詳しい教員がおり、「ねぶた部」との連携を予定している。また、近隣の大学の大学祭で服紙プロジェクトの発表、大学祭来場者へのインタビュー、これまでの服紙プロジェクトの取組の内容の展示を行った。
3つ目は児童が身近な学校の教員ではない様々な背景を持った大人(PTA、地域住民、企業、自治体職員、大学教員など)との話合いを通して課題解決を図ろうとする取り組みである。話合い活動で互いのよさを認識し合う特別活動の要素も含まれている。教育振興基本計画(文部科学省2023,p.8)では、「自分のよさや可能性の認識」、「あらゆる他者を価値のある存在として尊重する」ことや「多様な人々との協働」を通して、「持続可能な社会の創り手」になることを目指すことが示されている。「課題解決などを通じて、持続可能な社会を維持・発展させていくこと」が期待されている。
教育振興基本計画(p.10)には「ウェルビーイングが実現される社会は、子供から大人まで一人一人が担い手となって創っていくものである。」とあり、「誰もが地域や社会とのつながりや国際的なつながりを持つことができるような教育を推進することで、個人と社会のウェルビーイングの実現を目指すことが重要である。」とある。本実践では、地域とのつながりのみならず、服を紙に加工する高知県の工場や、ねぶた祭の青森県とのつながりができた。服をリサイクルすることは地球的課題と向き合い、世界との共通課題を意識することでもある。
児童の資質・能力育成の観点からはSociety 5.0に必要な資質・能力として「主体性」、「リーダーシップ」、「創造力」、「課題設定・解決能力」、「論理的思考力」、「表現力」、「チームワーク」などが挙げられている。本実践では特に「主体性」「課題解決能力」「創造力」「チームワーク」の育成が見込まれる。「主体性」に関しては、紙に加工するための白い服を集めることや、積極的に自分のアイデアを話すことで発揮される。「課題解決能力」に関しては、服から生まれた紙を有効に活用しようと考えることで育成される。「創造力」に関しては、リサイクルされた紙をどのように使うかについてのアイデアの話合いから育成される。「チームワーク」に関しては、各班でのアイデアの共有から始まる。大人を交えた話合いで子どもたちだけでは思いつかないような発想が生まれ、大人たちも子どもたちの現代的な新しい発想に驚かされる。はじめはメモ帳やはがきなどが児童から出されていたが、保護者などの大人の意見を聞くことが足場掛け(スキャフォールディング)となり、問題解決能力や創造力が生まれている。
一連の活動を通して教育振興基本計画が目指す「多様な価値観に基づいて地球規模課題の解決等をけん引する人材を育成していくこと」の達成が見込まれる。OECDのEducation 2030の観点からは、授業を担当された教員チームの企画力と児童の主体性で、教師と生徒の両者のエージェンシーを共に伸ばすことが可能となる。教員チームの企画力に関して効果的であったことは、テーマを決めるにあたり、身近な環境問題への関心を喚起できるように清掃局の方のお話を聞く機会を総合的な学習の時間に設定したことである。お話を聞いたことに触発され、児童の環境問題への関心が高まり、「リサイクル」「アップサイクル」をテーマとした服紙プロジェクトへとつながる取り組みが始まった。
ウェルビーイングの観点からは、物を大切にすることと、ものの活用法を考えることが児童のウェルビーイングにつながる。学校外の大人との交流による多様な価値観の育成、主体性・エージェンシーの育成につながっている。教師のウェルビーイングとしては、一市民として子どもたちと共に地球的課題に向き合えることが大きいが、児童のウェルビーイングを実感することが教師のウェルビーイングになるという感覚が大切である。
課題としては、教員の休日の労働時間増が挙げられる。活動と深い関わりがある学校内外の行事は土日に行われることが多く、児童生徒の引率に教師が参加することになる。休日に児童生徒が外とのつながりを持ち、活動することは大変貴重な体験となり、教師にとっても学びにはなるものの、教員の働き方改革の観点からは検討が必要である。代休が取りやすい仕組みを考えるなど今後の組織上の改革が望まれる。
(下島泰子)
3.4 世田谷区立A小学校の教育実践の成果と課題―豊かな心の育成の視点から
世田谷区立A小学校の服紙プロジェクトには、「紙でねぶたを作る、絵手紙を作って地域の方々に送る」などという活動があり、道徳教育の内容項目「C 主として集団や社会との関わりに関すること」の「17 伝統と文化の尊重、国や郷土を愛する態度」に該当する。この内容項目では、我が国や郷土の伝統と文化を尊重し、それらを育んできた我が国や郷土を愛する心を持つことが求められている。さらに、第5学年及び第6学年に対して、我が国や郷土の伝統と文化を大切にし、先人の努力を知り、国や郷土を愛する心をもつことが求められている(文部科学省,2017)。また、ウェルビーイングは、身体的、精神的、社会的に良好な状態を指し、地域の文化はこれを支える重要な要素となる(文化庁, 2023)。世田谷区立A小学校の教育実践の中での祭りや地域の伝統行事について、地域コミュニティの一体感を高め、人々の社会的なつながりを強化することができ、ウェルビーイングの向上も期待できる。
道徳教育では、2017(平成29)年版小学校学習指導要領第1章総則に示す道徳教育の目標に基づき、よりよく生きるための基盤となる道徳性を養うため、道徳的諸価値についての理解を基に、自己を見つめ、物事を広い視野から多面的・多角的に考え、人間としての生き方についての考えを深める学習を通して、道徳的な判断力、心情、実践意欲と態度が育てられる。また、道徳教育の内容項目の伝統文化の尊重については、日本の伝統や文化に対する関心や理解を深め、それを尊重し、継承・発展させる態度が育成される。一方、豊かな心の育成においては、他人を思いやる心、生命や人権を尊重する心、自然や美しいものに感動する心などを育む教育が行われている。伝統文化の尊重が豊かな心の育成に与える影響は多岐にわたり、個人の感性や価値観を深めるだけでなく、他者や社会、自然とのつながりを大切にする姿勢を育むことに直結する。特に日本では、伝統文化を通じて豊かな心を育むことが重視されている。
例えば、世田谷区立A小学校の服紙プロジェクトでは、伝統文化に触れる機会が提供され、子どもたちの感性や人間性を育てる取り組みが行われ、子どもたちは地域社会とのつながりを感じ、豊かな心を育むことができる。伝統文化を尊重することで、個人は自己理解を深め、感性を豊かにし、他者や自然との調和を重視する心を育むことが期待できる。その結果、思いやりや感謝、共感といった「豊かな心」の要素が醸成され、社会全体の調和や幸福にも寄与する。伝統文化を通じた学びは、心の豊かさと持続可能な未来を育む重要な土台と言える。
また、ウェルビーイングは、身体的、精神的、社会的に良好な状態を指し、伝統文化はこれを支える重要な要素となるため、伝統文化の尊重を通じて、ウェルビーイングの向上にもつながると考えられる。伝統文化の尊重とウェルビーイングには深い関係があり、特に豊かな心は、ウェルビーイングの概念と密接に結びついている。文化庁(2002)により、子どもの文化体験活動の推進が豊かな人間性と多様な個性の育成に関係していると指摘されている。豊かな人間性と多様な個性を育むためには、学校や家庭、地域において、子どもたちが文化活動に参加し、文化に関する様々な体験の機会の充実を図ることが重要であるため、文化体験活動の取組を一層進めていく必要があると考えられる。
さらに、豊かな心の育成には、特別活動、総合的な学習の時間、道徳教育が重要な役割を果たしている。これらの活動を通じて、子どもたちは他者を思いやる心や社会性を育むことができる。特別活動では、学級活動や学校行事などを通じて、協力や責任感を学ぶことを通して、子どもたちは集団の中での役割を理解し、他者との関わり方を学ぶことができる。総合的な学習の時間では、テーマに基づいた探究活動やプロジェクト学習を行うことを通して、子どもたちは自ら考え、問題解決能力を養うとともに、社会や自然に対する理解を深めることができる。道徳教育では、生命の尊重や人権の大切さ、正義感や公正さを学んで、道徳科の授業だけでなく、日常の授業や生活の中で道徳的な価値観を育むことが重要である。 (元笑予)
4 結論「日本社会に根差したウェルビーイングの向上」を図り、豊かな心を育成するカリキュラムの構想
本研究では、世田谷区立A小学校の服紙プロジェクトの実践を取り上げ、「日本社会に根差したウェルビーイングの向上」を図り、豊かな心を育成する体験活動について考察を進めてきた。本実践は、総合的な学習の時間としての実践であるが、その成立の基盤として特別活動があり、さらに道徳科及び各教科の学びが一体となって、本実践を単なる調べて、まとめて、発表する総合的な学習に終わらせず、社会的課題の解決と児童の日常生活の向上を結びつけた意義ある実践として展開されている。本実践の特徴とその意義について、本研究の目的に照らして、以下の点を指摘することができる。
①特別活動で培われた「よりよい人間関係づくり」や「話合い」の能力が基盤となり、児童同士、児童と教師のみならず地域の様々な背景をもった大人との関わり合い、話合いを通して、多様な価値観、考え方を育み、地域や児童自身の生活の改善、向上に取り組む視点及び具体的な解決の方法を豊かなものにしている。
②①とも関わるが、日頃の学校行事等で育まれた多様な他者との交流を通して課題解決を図る取り組みが、「持続可能な社会の創り手」としてのよりよい地域・社会づくりへの探究活動につながり、児童の主体性・エージェンシーを育み、個人のウェルビーイングと集団(社会)のウェルビーイングの一体的実現を図る過程として機能している。
③総合的な学習の時間と特別活動の学びが一体となることによって生活に即した道徳教育の機能が発揮され、児童は地域の伝統や文化を現在の課題解決の視点と結びつけて捉えることができ、地域社会の形成者としての自分を見つめ、地域社会とのつながりを実感し、自分たちの生活をよりよいものとして実現していく生活づくりの過程として「豊かな心」が実現されている。
筆者は、林・安井・鈴木他(2025)において、特別活動を基軸として、各教科、道徳科、総合的な学習(探究)の時間の意味と役割を明らかにし、子どもたちの生活課題の探究(=経験)の発展過程に即して、それらの学びを個人のウェルビーイングと集団のウェルビーイングの一体的実現の過程として、相互環流的に関連づけ、発展させていくカリキュラム・モデル(図1)を提案した。上記の特徴と意義を持つ世田谷区立A小学校の実践は、総合的な学習の時間、特別活動、道徳科、各教科が相互環流的に関連しながら、「日本社会に根差したウェルビーイングの向上」を図り、豊かな心を育成するカリキュラムの好例と言うことができる。今後、さらに、実践事例の分析を進め、個人のウェルビーイングと集団のウェルビーイングを一体的に実現する過程としてのこのカリキュラム・モデルの有効性を検証していくことが今後の課題である。
図1 特別活動と各教科、道徳科、総合的な学習(探究)の時間を往還させていく螺旋型カリキュラムのイメージ
(安井一郎)
〔備考〕
事例は世田谷区立A小学校の伊勢祐美子主幹教諭による実践である。本研究はJSPS科研費18K02563、24K05993の助成を受けた。
引用文献
文化庁(2002). 文化を大切にする社会の構築について(答申) https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/sokai/sokai_2/shakaikochiku_toshin/(2024年11月20日アクセス)
文化庁(2023).文化に関する世論調査(令和4年度調査) https://www.bunka.go.jp/tokei_hakusho_shuppan/tokeichosa/pdf/93714701_02.pdf (2024年11月20日アクセス)
外務省(2024).持続可能な開発目標(SDGs) https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/sdgs/pdf/SDGs_mokuhyou.pdf(2024年12月10日アクセス)
林尚示・安井一郎・鈴木樹・眞壁玲子・元笑予・下島泰子(2025). 「日本社会に根差したウェルビーイングの向上」を図る特別活動の実践課題―特別活動で育成する豊かな心との関連から― 東京学芸大学紀要 総合教育科学系 76
文部科学省(2023).教育振興基本計画 https://www.mext.go.jp/content/20230615-mxt_soseisk02-100000597_01.pdf(2024年10月8日アクセス)
文部科学省 今後の教育課程、学習指導及び学習評価等の在り方に関する有識者検討会(2024). 今後の教育課程、学習指導及び学習評価等の在り方に関する有識者検討会 論点整理 https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/184/mext_01892.html(2024年12月8日アクセス)
文部科学省(2017). 小学校学習指導要領(平成29年告示)解説 特別の教科 道徳編 平成29年7月 https://www.mext.go.jp/content/220221-mxt_kyoiku02-100002180_002.pdf(2024年11月20日アクセス)