抄録
本論考では、小説の共同性付与メカニズムに関して、ネオ・サイバネティクスと総称され る基礎情報学の議論に基づきながら、創作者の心的システムに検討を加えた。従来、言語芸術であ る小説の我が国に於ける分析は、文献学的アプローチと構造主義的アプローチが主であった。そこ で本論考では、小説の創作者と受容者の関係を情報現象として捉え、構成主義の観点からシステム 論的考察を試みた。今回明らかになったのは、創作者の心的システム内部に疑似客観的な想定が織 り込まれているという事態である。二人称的な心的システム同士の対話と三人称的な社会システム は、創作者の心的システム内部で上位 HACS と下位 HACS のトップダウン的かつボトムアップ的な 拘束と交換を通じて相互作用的に混在している。要するに創作者の共同性付与メカニズムに資する 心的システム内部には、二人称的な対話と社会システムが疑似的に階層化されており、この「疑似 客観性」に基づくボトムアップ型とトップダウン型の相互作用的な循環を通じた生命情報と社会情 報の往還こそが、小説の共同性付与メカニズムの生成に関する HACS モデルを用いた分析である。 この心的システム内部に疑似的な階層性があるという仮説モデルの導出は、言語芸術を越えた芸術 領域全般を考察する上で、新たな境地を切り開く認識利得を有している。