抄録
カツラは冷温帯の渓畔林を構成する林冠木である。埼玉県秩父山地の渓畔林においては林冠木の10%を占めて点在しており、林内には稚樹や実生ははほとんどみられない。このカツラの更新機構を解明するために、繁殖戦略を中心に、生活史特性を明らかにした。 渓流に沿って距離1170m、面積4.71haの調査地を設定し、DBH>4cmの毎木調査を行なった。このときに幹の周りに発生している萌芽数も計測した。この調査地内の0.54haのプロットに20個のシードトラップを設置し、1995年から2004年まで10年間種子生産量を測定した。2000年から5年間は調査地内のすべての個体の開花・結実量を双眼鏡による目視で把握した。 10年間の種子生産には豊凶の差はあるものの、毎年大量の種子生産を行なっていた。雌雄の個体とも林冠木は毎年開花し結実していた。発芽サイトは粒子の細かい無機質の土壌か倒木上に限られており、それらの実生も秋には大部分が消失した。カツラの株は多くが周辺に萌芽を発生させており、主幹が枯死した後はこれらの萌芽が成長することによって長期間個体の維持をはかっていた。カツラの立地環境を把握した結果、かなり大きなサイズの礫上に更新していることが判明した。また、カツラの亜高木は、サワグルミが一斉更新した大規模攪乱サイトのパッチの中に位置し、樹齢もサワグルミとほぼ一致した。 以上の結果から、カツラの更新は毎年大量の種子を散布しながら、非常にまれな大規模攪乱地内のセーフサイトで定着し、萌芽によって長期間その場所を占有し続けることで成立していると考えられた。