渓流に生息するヒガシカワトンボ(Mnais costalis)のオレンジ翅型オスは、産卵基質である朽木などを中心になわばりを張り、メスの飛来を待つ。メスは、梢の上から眺めたり、付近を飛行しながら、着地する産卵基質を選択する。 その際、メスの選択の対象となっているのは、産卵基質の質なのか、なわばりオスの個体の質なのかは明らかになっていない。産卵基質の質を選択すれば、オス間で質の高い産卵基質をめぐる競争が生じ、間接的に質の高いオスを選択できるだろう。一方で、オスの求愛ディスプレイや、オレンジ翅型オスの翅色の濃さがResource Holding Potentialの尺度となるのであれば、直接オスの質を判断できるかもしれない。 茨城県御前山において、人工の産卵基質として、大小5本ずつのバルサ材を2mおきに交互に設置し、それぞれのバルサ材に飛来したメスの数を記録し、なわばりを張ったオスの体サイズと翅色の濃さを測定した。観察期間中に2度、隣り合うバルサ材の大小を交換した。バルサ材の大きさが変わっても、なわばりオスは元の位置になわばりを張ったので、産卵基質の質だけを操作することができた。また、オスをすべて除去する日を2日作り、メスだけによる産卵場所選択を観察した。 メスの飛来数を、なわばりオスの体サイズと翅色の濃さ、およびバルサ材の大きさをパラメータとして重回帰分析にかけたところ、飛来数はバルサ材の大きさと有意な相関があり、大きいバルサ材に多くのメスが飛来していることが確認された。しかし、なわばりオスの体サイズや翅色の濃さと飛来数の間に相関は見られなかった。 従って、メスは質の高い産卵基質を好み、オスの質を直接評価しているのではないことが示唆された。