抄録
人間の音声知覚の頑健性に寄与していると考えられる前語彙的な聴覚特性を解説した.まず,音響処理レベルでの特性としてマスキングレベル差,共変調マスキング特性,及び視覚の影響について述べた.続いて音素修復現象を取り上げ,時間的に分散する音素情報の知覚的統合や知覚的統合における話者性情報の関与,同時的に話者が存在するときの分散聴取能力や音素特徴の知覚的統合について述べた.調音結合により分散する情報が物理的な音素境界を越えて知覚的に統合され音声知覚の頑健性に寄与する一方,分散聴取能力は意外に低く,いったん音素特徴が抽出されると話者性にかかわらず知覚的統合が起こることを示した.知覚的統合の起きる範囲と関連する音声の知覚単位の言語依存性についても言及し,高次レベルの処理との関連についても考察した.また,話者性に対する音声知覚の頑健性についても触れた.最後にこれらの結果を総合して柔軟で適応的な人間の音声知覚の特徴について述べ,今後の研究方向や機械音声認識との関連について論じ,幾つかの提言を行った.