2018 年 2018 巻 38 号 p. 41-58
イギリス国民がEU離脱を選択した背景には,市場統合によって所得格差が拡大したからとされる。確かに,OECDあるいはIMFの分析によれば,所得格差を示す代表的指標であるジニ係数をみると,概ね域内で上昇傾向にあり,所得格差は拡大しつつある。それでは,所得格差の拡大をもたらせた要因は,市場統合なのであろうか。
伝統的な貿易理論によれば,市場統合により域内で次のような生産再編が行われる可能性が強い。すなわち,EU域内で熟練労働力が相対的に豊富である北欧・西側諸国は熟練労働力に集約的な財の生産に特化し,逆に中東欧諸国では未熟練労働力が相対的に豊富であるため,未熟練労働力に集約的な財の生産に特化する。さらに,市場統合を通じて,両財の交換を行うことになる。その結果,北欧・西側諸国では,熟練労働者の賃金が上昇することにより,所得格差が拡大する。また,最近,注目されつつある新々貿易理論によれば,労働生産性の高い企業は域内においても多国籍化を図り,そのことにより,さらなる生産性引き上げが実現する可能性がある。その結果,多国籍企業に雇用される労働者と国内企業で雇用される労働者の間で所得格差が拡大することが推測される。
また,市場統合が不完全な税制分野についても,域内で多国籍展開を行っている企業は節税の機会を利用する可能性がある点も,同様に所得格差の拡大をもたらしてるともいえる。所得格差の拡大は,いずれ経済成長にも影響することが考えられ,従来以上に所得格差の是正策が必要になるとみられる。