ファルマシア
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数式なしの統計のお話
第6回 生物統計学と教育
なぜ日本で生物統計家が少ないのか?
酒井 弘憲
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2014 年 50 巻 12 号 p. 1240-1241

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抄録

あっという間に1年が過ぎ去ろうとしている.隔月でこの連載を始めたのが2月号で,今回がいよいよ最終回である.読者の皆さんには,少しでも統計に親しみを持って頂けたであろうか?
時期的に,ほぼ毎晩,忘年会という方もいらっしゃるだろう.懇意にさせていただいている某旧帝国大学医学部教授は,去年の12月は忘年会の付き合いだけで80万円も使っちゃったよ,とこぼしておられた.そこまで義理を立てずともよかろうと思うが,今年はどうであろうか?
ところで,多くの人が,お店選びにインターネットやガイドブックを利用されていることと思うが,例えば,あるガイドブックを参考にあなたが利用したことのないレストランに行くことを仮定しよう.初めて入るレストランは美味しいか,否か?
そのガイドブックは星の数でレストランをランク付けしていて,あなたが行こうとしているレストランには,3つ星がついているとしよう.しかし,ガイドブックの取材のときだけ上手く立ち回ってよい評価をつけてもらっている可能性も疑われ,ガイドブックで3つ星がついていても本当に美味しい店であるのはせいぜい4割の確率(A)とみて,6割はガイドブックの評価が誇張である確率(B)だと厳しめに考えることにする.あるレストランにフラリと入った場合,このガイドブックの評価通りに料理が美味しいという確率を8割(C)としておく(逆に評価が誇張でまずい料理を出す確率は2割).ガイドブックの評価は低いが料理は美味しいという場合もあるので,その確率を3割(D)とする(ガイドブックの評価も低くて,まずい料理を出す確率は7割).
このガイドブックを参考にして入ったレストランの料理が美味しくてあなたは大満足したとすると,その確率は以下のように計算される(タイトルで“数式なし”と宣言しながら最後に数式を出して申し訳ない).
   A×C      0.4×0.8
——————=——————————=0.64
(A×C)+(B×D) (0.4×0.8)+(0.6×0.3)
もしも,行き当たりばったりでレストランに入ろうものならば,その店の料理が美味しいかどうかはハラハラ,ドキドキであろう.しかし,ガイドブックなどである程度の事前情報が分かっていれば,それなりに安心してそのレストランに入ることができる.
上述の計算のように,このガイドブックに対する信頼性という意味での確率が0.4から0.64に上昇しているので,このガイドブックを参考にして,後日,別の3つ星評価のレストランに行き,美味しい料理が出てくれば,ガイドブックの評価に対する信頼性はさらに上がって
   0.64×0.8
———————————=0.83
(0.64×0.8)+(0.36×0.3)
になる.これなら安心してそのレストランに彼女をエスコートできるだろう.
このように多くの人は経験(統計の世界では「事前確率」と呼ぶ)に基づき,修正を重ねた行動を取っているものである.厳密には正しい説明とは言えないのだが,このような考えをベースにしたものがベイズ流(ベイジアン)と呼ばれる統計手法であり,社会の様々な分野で活用されている.簡単に言うと,「未来を知ろうとすれば過去を振り返る必要がある」ということである.「21世紀はベイズの時代」として,2000年代にマイクロソフト社やグーグル社などが競って多くのベイズ統計家を囲い込もうとしたことは記憶に新しい.医薬の世界では許認可が絡むので,どうしても白か黒かをはっきりさせるために「検定」中心の頻度論が主流の考え方(平たく言えば,p値で0.05を超えるか超えないかだけを気にする)になっているが,実際の診療の現場を含め実生活では,事前情報に基づいた行動をしていることが多く,医薬品開発の世界でももっとベイズ的アプローチが使われてもよいと考える.
ちなみにベイズのお墓は,ロンドンの金融街,シティの外れに苔むしてたたずんでいる.同所には,ロビンソン・クルーソーの作者ダニエル・デフォーの立派なお墓も建っている.

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© 2014 The Pharmaceutical Society of Japan
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